8 / 40
第8話 公爵夫人(予定)としての自覚
しおりを挟む
第8話 公爵夫人(予定)としての自覚
ローマン公爵邸に、いつになく緊張した空気が流れていた。
理由は単純だ。
王宮からの正式な使者が、本日、この屋敷を訪れることになっていたからである。
「……確認するわよ」
ナンシーは、朝の応接室で腕を組み、ミントを上から下まで見つめていた。
「服装、問題なし」
「髪型、落ち着いてる」
「姿勢……いつも通り、完璧」
「……正直、私より貴族っぽいのが腹立つわね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ミントは静かに答えた。
年相応の装いではあるが、決して子供じみてはいない。淡い色合いのドレスは控えめながらも上質で、動きやすさと格式を両立していた。
その足元では、ロシナンテが大人しく伏せている。
「ヒヒン」
(意訳:今日は静かにしている日)
「お願いですから、今日は羽を生やさないでくださいね」
ミントが小声で言うと、ロシナンテは耳を伏せた。
「ヒヒン……」
(意訳:状況次第)
「……不安になる返事はやめて」
そこへ、ジョーとアルフレッドが応接室に入ってくる。
「父上は?」
ジョーが尋ねると、使用人が一礼した。
「公爵様は執務室にて、使者をお迎えになる準備を」
「いよいよ、か」
アルフレッドが息を吐く。
「王宮が、ミントをどう扱うか」
「確認しに来た、ってところだろうな」
ミントは、静かに頷いた。
「その通りです」
「今日の訪問は、“私の立場の再確認”が目的でしょう」
ナンシーが、ちらりとミントを見る。
「……怖くないの?」
「怖い、というより」
ミントは、少し考えてから答えた。
「覚悟が必要な場面です」
ほどなくして、応接室の扉が開く。
入ってきたのは、王宮文官の装いをした中年の男だった。表情は丁寧だが、その視線は鋭い。
「ローマン公爵家に、王宮よりの使者として参りました」
「同席を許可する」
低く告げたのは、グレイ・ローマン公爵だった。
彼は、ミントの隣ではなく、少し距離を取った位置に立っている。あくまで“主”として。
使者は一礼し、視線をミントへ向けた。
「……こちらが」
「ミント・マリーベル伯爵令嬢ですね」
「はい」
ミントは、正確な角度で一礼した。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
使者は、一瞬だけ目を細める。
(……落ち着きすぎている)
その内心を悟らせることなく、使者は口を開いた。
「本日は、王宮より、二点ほど確認を」
「一つ」
「あなたが、ローマン公爵の“婚約者”として、
この家に滞在している事実について」
「二つ」
「今後、王都および王家との関係性について」
ミントは、グレイを一瞬だけ見てから、前に出た。
「お答えします」
その行動に、使者の眉がわずかに動く。
「……ご自身で?」
「はい」
ミントは、はっきりと言った。
「婚約者本人として」
グレイは、何も言わずに頷いた。
使者は、姿勢を正す。
「では、伺いましょう」
「あなたは、この婚約を」
「“望んで”受け入れたのですか?」
その問いに、室内の空気が張り詰める。
ミントは、迷いなく答えた。
「はい」
「私は、自身の判断で、この婚約を選びました」
「それは」
使者は続ける。
「年齢差を含め、
十分に理解した上での決断ですか?」
「理解しています」
「三十歳差」
「先妻との死別」
「三人の成人前後の子供たち」
一つずつ、確認するように述べる。
ミントは、すべてに頷いた。
「すべて承知の上です」
使者は、少し沈黙し――核心に踏み込んだ。
「……では」
「あなたは」
「ローマン公爵の“妻”になる覚悟がありますか」
その瞬間。
アルフレッドが息を呑み、
ナンシーが拳を握り、
ジョーが一歩踏み出しかけた。
だが、ミントは一切動じなかった。
「はい」
静かだが、揺るぎない声。
「あります」
使者は、驚きを隠さなかった。
「……それは」
「恋愛感情を含めて、ですか?」
ミントは、首を横に振った。
「いいえ」
「それは、まだ分かりません」
正直な答えだった。
「ですが」
視線を上げ、真っ直ぐに告げる。
「私は、ローマン公爵家の未来を担う立場になる覚悟を持っています」
「公爵夫人(予定)として」
「家を守り」
「責任を引き受け」
「必要とあらば、矢面にも立ちます」
使者は、完全に言葉を失っていた。
十歳の少女から出てくる言葉ではない。
だが――否定できない“重み”があった。
グレイが、低く口を開く。
「彼女は」
「私の意思を無視しているわけではない」
「私が拒めば、婚約は成立しない」
「だが」
一拍。
「彼女は、誰よりも理解している」
「この婚約の意味を」
使者は、深く息を吐き、深々と頭を下げた。
「……承知しました」
「王宮には」
「ローマン公爵の婚約者は、
形式だけの存在ではない」
「そう、報告いたします」
その言葉に、ナンシーが小さく笑った。
「……やっと、認めたわね」
アルフレッドも、肩の力を抜く。
「完全に、格上だったな」
使者が去った後、応接室には静寂が戻った。
ミントは、ふっと息を吐く。
「……終わりましたね」
グレイは、彼女を見下ろし、静かに言った。
「無茶をした」
「ですが」
ミントは、まっすぐ答える。
「必要なことでした」
「私は」
一拍置いて。
「未来の公爵夫人です」
「ならば」
「その自覚を、示すべきだと思いました」
グレイは、しばらく彼女を見つめ――
そして、わずかに口元を緩めた。
「……十分すぎるほどだ」
その様子を見ていたロシナンテが、誇らしげに鼻を鳴らす。
「ヒヒン」
(意訳:公爵夫人(予定)、お見事)
こうして。
ミント・マリーベルは、
名実ともに――
ローマン公爵家の“未来”として、
王宮に認知された。
だが、それは同時に。
彼女が、
王都という巨大な舞台の
“最前線”に立ったことを意味していた。
ローマン公爵邸に、いつになく緊張した空気が流れていた。
理由は単純だ。
王宮からの正式な使者が、本日、この屋敷を訪れることになっていたからである。
「……確認するわよ」
ナンシーは、朝の応接室で腕を組み、ミントを上から下まで見つめていた。
「服装、問題なし」
「髪型、落ち着いてる」
「姿勢……いつも通り、完璧」
「……正直、私より貴族っぽいのが腹立つわね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ミントは静かに答えた。
年相応の装いではあるが、決して子供じみてはいない。淡い色合いのドレスは控えめながらも上質で、動きやすさと格式を両立していた。
その足元では、ロシナンテが大人しく伏せている。
「ヒヒン」
(意訳:今日は静かにしている日)
「お願いですから、今日は羽を生やさないでくださいね」
ミントが小声で言うと、ロシナンテは耳を伏せた。
「ヒヒン……」
(意訳:状況次第)
「……不安になる返事はやめて」
そこへ、ジョーとアルフレッドが応接室に入ってくる。
「父上は?」
ジョーが尋ねると、使用人が一礼した。
「公爵様は執務室にて、使者をお迎えになる準備を」
「いよいよ、か」
アルフレッドが息を吐く。
「王宮が、ミントをどう扱うか」
「確認しに来た、ってところだろうな」
ミントは、静かに頷いた。
「その通りです」
「今日の訪問は、“私の立場の再確認”が目的でしょう」
ナンシーが、ちらりとミントを見る。
「……怖くないの?」
「怖い、というより」
ミントは、少し考えてから答えた。
「覚悟が必要な場面です」
ほどなくして、応接室の扉が開く。
入ってきたのは、王宮文官の装いをした中年の男だった。表情は丁寧だが、その視線は鋭い。
「ローマン公爵家に、王宮よりの使者として参りました」
「同席を許可する」
低く告げたのは、グレイ・ローマン公爵だった。
彼は、ミントの隣ではなく、少し距離を取った位置に立っている。あくまで“主”として。
使者は一礼し、視線をミントへ向けた。
「……こちらが」
「ミント・マリーベル伯爵令嬢ですね」
「はい」
ミントは、正確な角度で一礼した。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
使者は、一瞬だけ目を細める。
(……落ち着きすぎている)
その内心を悟らせることなく、使者は口を開いた。
「本日は、王宮より、二点ほど確認を」
「一つ」
「あなたが、ローマン公爵の“婚約者”として、
この家に滞在している事実について」
「二つ」
「今後、王都および王家との関係性について」
ミントは、グレイを一瞬だけ見てから、前に出た。
「お答えします」
その行動に、使者の眉がわずかに動く。
「……ご自身で?」
「はい」
ミントは、はっきりと言った。
「婚約者本人として」
グレイは、何も言わずに頷いた。
使者は、姿勢を正す。
「では、伺いましょう」
「あなたは、この婚約を」
「“望んで”受け入れたのですか?」
その問いに、室内の空気が張り詰める。
ミントは、迷いなく答えた。
「はい」
「私は、自身の判断で、この婚約を選びました」
「それは」
使者は続ける。
「年齢差を含め、
十分に理解した上での決断ですか?」
「理解しています」
「三十歳差」
「先妻との死別」
「三人の成人前後の子供たち」
一つずつ、確認するように述べる。
ミントは、すべてに頷いた。
「すべて承知の上です」
使者は、少し沈黙し――核心に踏み込んだ。
「……では」
「あなたは」
「ローマン公爵の“妻”になる覚悟がありますか」
その瞬間。
アルフレッドが息を呑み、
ナンシーが拳を握り、
ジョーが一歩踏み出しかけた。
だが、ミントは一切動じなかった。
「はい」
静かだが、揺るぎない声。
「あります」
使者は、驚きを隠さなかった。
「……それは」
「恋愛感情を含めて、ですか?」
ミントは、首を横に振った。
「いいえ」
「それは、まだ分かりません」
正直な答えだった。
「ですが」
視線を上げ、真っ直ぐに告げる。
「私は、ローマン公爵家の未来を担う立場になる覚悟を持っています」
「公爵夫人(予定)として」
「家を守り」
「責任を引き受け」
「必要とあらば、矢面にも立ちます」
使者は、完全に言葉を失っていた。
十歳の少女から出てくる言葉ではない。
だが――否定できない“重み”があった。
グレイが、低く口を開く。
「彼女は」
「私の意思を無視しているわけではない」
「私が拒めば、婚約は成立しない」
「だが」
一拍。
「彼女は、誰よりも理解している」
「この婚約の意味を」
使者は、深く息を吐き、深々と頭を下げた。
「……承知しました」
「王宮には」
「ローマン公爵の婚約者は、
形式だけの存在ではない」
「そう、報告いたします」
その言葉に、ナンシーが小さく笑った。
「……やっと、認めたわね」
アルフレッドも、肩の力を抜く。
「完全に、格上だったな」
使者が去った後、応接室には静寂が戻った。
ミントは、ふっと息を吐く。
「……終わりましたね」
グレイは、彼女を見下ろし、静かに言った。
「無茶をした」
「ですが」
ミントは、まっすぐ答える。
「必要なことでした」
「私は」
一拍置いて。
「未来の公爵夫人です」
「ならば」
「その自覚を、示すべきだと思いました」
グレイは、しばらく彼女を見つめ――
そして、わずかに口元を緩めた。
「……十分すぎるほどだ」
その様子を見ていたロシナンテが、誇らしげに鼻を鳴らす。
「ヒヒン」
(意訳:公爵夫人(予定)、お見事)
こうして。
ミント・マリーベルは、
名実ともに――
ローマン公爵家の“未来”として、
王宮に認知された。
だが、それは同時に。
彼女が、
王都という巨大な舞台の
“最前線”に立ったことを意味していた。
7
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜
六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。
極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた!
コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。
和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」
これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる