婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第8話 公爵夫人(予定)としての自覚

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第8話 公爵夫人(予定)としての自覚

ローマン公爵邸に、いつになく緊張した空気が流れていた。

理由は単純だ。
王宮からの正式な使者が、本日、この屋敷を訪れることになっていたからである。

「……確認するわよ」

ナンシーは、朝の応接室で腕を組み、ミントを上から下まで見つめていた。

「服装、問題なし」

「髪型、落ち着いてる」

「姿勢……いつも通り、完璧」

「……正直、私より貴族っぽいのが腹立つわね」

「褒め言葉として受け取っておきます」

ミントは静かに答えた。

年相応の装いではあるが、決して子供じみてはいない。淡い色合いのドレスは控えめながらも上質で、動きやすさと格式を両立していた。

その足元では、ロシナンテが大人しく伏せている。

「ヒヒン」

(意訳:今日は静かにしている日)

「お願いですから、今日は羽を生やさないでくださいね」

ミントが小声で言うと、ロシナンテは耳を伏せた。

「ヒヒン……」

(意訳:状況次第)

「……不安になる返事はやめて」

そこへ、ジョーとアルフレッドが応接室に入ってくる。

「父上は?」

ジョーが尋ねると、使用人が一礼した。

「公爵様は執務室にて、使者をお迎えになる準備を」

「いよいよ、か」

アルフレッドが息を吐く。

「王宮が、ミントをどう扱うか」

「確認しに来た、ってところだろうな」

ミントは、静かに頷いた。

「その通りです」

「今日の訪問は、“私の立場の再確認”が目的でしょう」

ナンシーが、ちらりとミントを見る。

「……怖くないの?」

「怖い、というより」

ミントは、少し考えてから答えた。

「覚悟が必要な場面です」

ほどなくして、応接室の扉が開く。

入ってきたのは、王宮文官の装いをした中年の男だった。表情は丁寧だが、その視線は鋭い。

「ローマン公爵家に、王宮よりの使者として参りました」

「同席を許可する」

低く告げたのは、グレイ・ローマン公爵だった。

彼は、ミントの隣ではなく、少し距離を取った位置に立っている。あくまで“主”として。

使者は一礼し、視線をミントへ向けた。

「……こちらが」

「ミント・マリーベル伯爵令嬢ですね」

「はい」

ミントは、正確な角度で一礼した。

「本日は、お時間をいただきありがとうございます」

使者は、一瞬だけ目を細める。

(……落ち着きすぎている)

その内心を悟らせることなく、使者は口を開いた。

「本日は、王宮より、二点ほど確認を」

「一つ」

「あなたが、ローマン公爵の“婚約者”として、
この家に滞在している事実について」

「二つ」

「今後、王都および王家との関係性について」

ミントは、グレイを一瞬だけ見てから、前に出た。

「お答えします」

その行動に、使者の眉がわずかに動く。

「……ご自身で?」

「はい」

ミントは、はっきりと言った。

「婚約者本人として」

グレイは、何も言わずに頷いた。

使者は、姿勢を正す。

「では、伺いましょう」

「あなたは、この婚約を」

「“望んで”受け入れたのですか?」

その問いに、室内の空気が張り詰める。

ミントは、迷いなく答えた。

「はい」

「私は、自身の判断で、この婚約を選びました」

「それは」

使者は続ける。

「年齢差を含め、
十分に理解した上での決断ですか?」

「理解しています」

「三十歳差」

「先妻との死別」

「三人の成人前後の子供たち」

一つずつ、確認するように述べる。

ミントは、すべてに頷いた。

「すべて承知の上です」

使者は、少し沈黙し――核心に踏み込んだ。

「……では」

「あなたは」

「ローマン公爵の“妻”になる覚悟がありますか」

その瞬間。

アルフレッドが息を呑み、
ナンシーが拳を握り、
ジョーが一歩踏み出しかけた。

だが、ミントは一切動じなかった。

「はい」

静かだが、揺るぎない声。

「あります」

使者は、驚きを隠さなかった。

「……それは」

「恋愛感情を含めて、ですか?」

ミントは、首を横に振った。

「いいえ」

「それは、まだ分かりません」

正直な答えだった。

「ですが」

視線を上げ、真っ直ぐに告げる。

「私は、ローマン公爵家の未来を担う立場になる覚悟を持っています」

「公爵夫人(予定)として」

「家を守り」

「責任を引き受け」

「必要とあらば、矢面にも立ちます」

使者は、完全に言葉を失っていた。

十歳の少女から出てくる言葉ではない。

だが――否定できない“重み”があった。

グレイが、低く口を開く。

「彼女は」

「私の意思を無視しているわけではない」

「私が拒めば、婚約は成立しない」

「だが」

一拍。

「彼女は、誰よりも理解している」

「この婚約の意味を」

使者は、深く息を吐き、深々と頭を下げた。

「……承知しました」

「王宮には」

「ローマン公爵の婚約者は、
形式だけの存在ではない」

「そう、報告いたします」

その言葉に、ナンシーが小さく笑った。

「……やっと、認めたわね」

アルフレッドも、肩の力を抜く。

「完全に、格上だったな」

使者が去った後、応接室には静寂が戻った。

ミントは、ふっと息を吐く。

「……終わりましたね」

グレイは、彼女を見下ろし、静かに言った。

「無茶をした」

「ですが」

ミントは、まっすぐ答える。

「必要なことでした」

「私は」

一拍置いて。

「未来の公爵夫人です」

「ならば」

「その自覚を、示すべきだと思いました」

グレイは、しばらく彼女を見つめ――

そして、わずかに口元を緩めた。

「……十分すぎるほどだ」

その様子を見ていたロシナンテが、誇らしげに鼻を鳴らす。

「ヒヒン」

(意訳:公爵夫人(予定)、お見事)

こうして。

ミント・マリーベルは、
名実ともに――

ローマン公爵家の“未来”として、
王宮に認知された。

だが、それは同時に。

彼女が、
王都という巨大な舞台の
“最前線”に立ったことを意味していた。
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