婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第13話 守られる者が、守るとき

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第13話 守られる者が、守るとき

南門の戦闘が終結したという報は、ほぼ同時に王都全域へと伝わった。

だが、その内容は混乱を極めていた。

「魔獣群、消失――?」

「結界が、修復された?」

「誰がやった?」

混線する通信魔法の向こうで、指揮官たちが口々に問いを投げる。

南門を担当していた副官は、震える声で答えるしかなかった。

『……ミント・マリーベル伯爵令嬢です』

『ローマン公爵の……婚約者が……』

その言葉は、即座に指揮系統を駆け上がり、臨時指揮室にいたグレイ・ローマン公爵の耳へ届いた。

「……そうか」

短い返答。

だが、その声には、安堵と同時に、覚悟を決めた者だけが持つ重さがあった。

「西門の状況は?」

「魔獣群、増加傾向!」

「空中型を含みます!」

「騎士団、応戦中ですが――」

「持ちません!」

グレイは、地図を睨みつける。

南門は、すでにミントが抑えた。
だが、西門は、地形の関係上、被害が出やすい。

「……やはり、来るか」

彼は、通信魔法に向かって静かに告げた。

「西門前線へ」

「彼女が向かっている」

一方、その頃。

ミントは、ロシナンテの背に揺られながら、夜の王都を疾走していた。

南門から西門までは距離がある。通常の馬なら、全力でも時間がかかる。

だが。

「……少し、速度を上げても大丈夫です」

ミントが囁くと、ロシナンテは一瞬だけ逡巡し――

「ヒヒン」

(意訳:限界までだな)

次の瞬間。

ロシナンテの脚が、地面を強く蹴った。

風が、唸りを上げる。

「……っ」

周囲の景色が、一気に流れ始めた。

「速……!」

後方を走っていた伝令騎士が、思わず叫ぶ。

「馬じゃない……!」

だが、誰も追いつけない。

ロシナンテは、あくまで“ロバ”の姿のまま、あり得ない速度で夜道を駆け抜けていく。

西門前。

そこは、南門以上に混乱していた。

「空から来るぞ!」

「上だ、上を見ろ!」

夜空を裂くような鳴き声。

羽音。

複数の飛行型魔獣が、結界の上部をかすめながら侵入を試みている。

「迎撃が間に合わない!」

「弓兵、追いつかない!」

兵士たちの叫びが飛び交う中――

「下がってください」

静かな声が、戦場に響いた。

「……?」

兵士たちが、反射的に振り向く。

そこにいたのは、小さな少女と、一頭のロバ。

「……子ども?」

「また……?」

だが、次の瞬間。

ミントは、ロシナンテから降り、夜空を見上げた。

「……空、ですね」

ロシナンテが、低く鳴く。

「ヒヒン……」

(意訳:我慢の限界)

ミントは、一瞬だけ目を閉じた。

(……仕方ありません)

(ここは、最前線)

(隠す余裕は、ありませんね)

「ロシナンテ」

「お願いします」

その言葉を合図に。

ロシナンテの身体が、淡く光を帯びた。

「……え?」

「なに、あれ……?」

兵士たちが、息を呑む。

ロバの背中から、光の線が伸びる。

それは――

羽だった。

白銀に近い、半透明の翼。

夜空の光を受けて、はっきりとした輪郭を持つ。

「……ペガ……」

誰かが、言いかけて言葉を失う。

ロシナンテは、地面を蹴り、空へと舞い上がった。

「……飛んだ」

「ロバが……飛んだ!?」

「違う……あれは……」

混乱する兵士たちの声を背に、ミントは空へ向かう。

夜風が、頬を打つ。

だが、恐怖はなかった。

「対象、飛行型魔獣」

ミントの声は、澄んでいる。

「高度、上空五十」

「数、七――いえ、八」

ロシナンテは、空中でぴたりと静止した。

あり得ない挙動。

「……行けますか」

「ヒヒン!」

(意訳:当然)

ミントは、両手を広げる。

足元――正確には、空中に。

巨大な魔法陣が、展開された。

「詠唱なし……!」

「空中で……!?」

兵士たちが、呆然と見上げる。

「……落としません」

ミントは、はっきりと言った。

「墜とすと、被害が出ます」

「ですから」

「捕らえます」

次の瞬間。

魔法陣から、光の糸が伸びた。

それは、蜘蛛の巣のように広がり、飛行型魔獣たちを包み込む。

「ギィ……!?」

「ギャアッ!」

魔獣たちが暴れるが、糸は切れない。

「……拘束、完了」

ミントは、静かに告げる。

次に。

彼女は、指先を軽く動かした。

「魔力構造――解除」

光の糸が、魔獣の身体に溶け込む。

破壊ではない。
殲滅でもない。

ただ――“飛べなくする”。

魔獣たちは、力を失い、空中で静止したまま、動かなくなった。

「……落ちない?」

「……消えない?」

兵士たちが、混乱する中。

ミントは、静かに命じた。

「地上部隊の皆さん」

「今です」

「安全に回収してください」

一瞬の沈黙。

そして。

「……了解!」

「回収班、前へ!」

兵士たちが動き出す。

空から降ろされる魔獣たちは、すでに無力だった。

誰一人、怪我をしない。

戦場が――静まり返る。

ロシナンテは、ゆっくりと高度を下げ、地上へ戻った。

着地と同時に、翼は光となって消え、再び“ロバ”の姿に戻る。

ミントは、静かに地面へ降り立つ。

その背中を、兵士たちが呆然と見つめていた。

「……」

「……」

誰も、言葉を発せない。

沈黙を破ったのは、年配の騎士だった。

彼は、剣を地面に立て、深く頭を下げた。

「……ありがとうございました」

「あなたが、守ってくださった」

それに続き、次々と兵士たちが膝をつく。

「感謝を……」

「命を……」

ミントは、慌てて首を振った。

「やめてください」

「私は」

「王都に生きる一人として、
当然のことをしただけです」

その言葉に、誰も反論できなかった。

なぜなら。

最前線で、
誰よりも危険な場所に立ち、
誰よりも被害を抑えたのは――

間違いなく、この少女だったからだ。

その頃。

指揮室で報告を受けたグレイ・ローマン公爵は、しばらく無言だった。

「……空を、使ったか」

参謀が、恐る恐る言う。

「目撃者は……かなりの数になります」

「隠しきれません」

グレイは、ゆっくりと頷いた。

「……構わん」

「もう、隠す段階ではない」

彼は、低く告げる。

「守られる者が、守るときが来た」

そして、その名を口にした。

「ミント・マリーベル」

「いや――」

「未来のローマン公爵夫人は」

「王都を救った」

その事実は。

もはや、誰にも否定できないものとなっていた。
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