婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

文字の大きさ
12 / 40

第12話 最前線へ

しおりを挟む
第12話 最前線へ

王都全体に鳴り響く警鐘は、夜の静寂を完全に引き裂いていた。

低く、重く、絶え間なく続くその音は、人々に「逃げろ」と告げる音であり、同時に「戦え」と命じる音でもある。

「西門、第二防衛線に魔獣接近!」

「南門付近、結界の亀裂拡大!」

「民間人の避難、想定より遅れています!」

伝令の声が、執務棟の臨時指揮室に飛び交う。

地図の前に立つグレイ・ローマン公爵は、冷静に状況を見極めていた。王都防衛の総指揮を任されている以上、一つの判断ミスが数百、数千の命に直結する。

「……西門は持つ」

短く告げる。

「だが、南門は時間の問題だ」

「大型個体が混じっています!」

「結界に耐性を持つ種です!」

グレイは、わずかに歯を噛みしめた。

「……厄介だな」

その少し後ろで、ミント・マリーベルは静かに立っていた。

小さな身体。
十歳の少女。

だが、その視線は、誰よりも戦場を正確に捉えている。

「公爵様」

ミントは、地図の南門付近を指さした。

「この地点」

「結界の亀裂に、魔力が集中しています」

「放置すれば、突破は確実です」

「分かっている」

グレイは即答した。

「だが、今は騎士団を――」

「間に合いません」

ミントの声は、淡々としていた。

「騎士団が到着する前に、
結界が破られます」

室内の空気が、一気に張り詰める。

参謀役の騎士が、躊躇いがちに口を開いた。

「……公爵閣下」

「例の件を……?」

グレイは、ミントを見た。

その視線には、迷いと、葛藤と、責任が混じっている。

「……ミント」

「本当に、行くつもりか」

ミントは、はっきりと頷いた。

「はい」

「ここで止めなければ、
王都に被害が出ます」

「私なら」

一拍置いて。

「最小限で、終わらせられます」

その言葉は、決して驕りではなかった。

事実を述べているだけだ。

グレイは、深く息を吸い、そして――決断した。

「……許可する」

室内が、静まり返る。

「ローマン公爵家の婚約者としてではない」

「王都防衛の戦力として」

「前に出ろ」

ミントは、胸に手を当て、深く一礼した。

「命令、拝命します」

次の瞬間。

彼女は踵を返し、指揮室を後にした。

中庭。

ロシナンテが、すでにミントを待っていた。

その様子は、いつもののんびりしたロバとは明らかに違う。蹄が地面を踏み鳴らし、全身から抑えきれない魔力が微かに漏れ出している。

「……待たせました」

ミントが声をかけると、ロシナンテは低く鳴いた。

「ヒヒン……!」

(意訳:やっとだ)

「まだ、姿は変えません」

ミントは、そっと言い聞かせる。

「王都の中です」

「空は、外で使いましょう」

ロシナンテは一瞬、不満そうに耳を伏せたが、すぐに頷くように首を振った。

「ヒヒン」

(意訳:了解)

ミントは、軽やかにその背に乗る。

その光景を見た騎士の一人が、思わず目を見開いた。

「……ロ、ロバに乗って最前線へ?」

「気にするな!」

別の騎士が叫ぶ。

「公爵閣下直々の命令だ!」

「道を開けろ!」

門が開かれ、ミントとロシナンテは夜の王都へと駆け出した。

石畳を蹴る蹄の音は軽く、しかし迷いがない。

「……速い」

「馬並みだ……いや、それ以上か?」

周囲の騎士たちが驚愕する中、ロシナンテは一直線に南門へ向かう。

そして――

南門前。

結界の亀裂から、黒い影が溢れ出そうとしていた。

牙を剥く魔獣たち。
空気を震わせる咆哮。
恐怖に顔を歪める兵士たち。

「……間に合った」

ミントは、静かに呟いた。

ロシナンテが足を止める。

「ヒヒン」

(意訳:ここだな)

「ええ」

ミントは、ゆっくりと背から降り、前に出た。

小さな背中が、南門の最前線に立つ。

「……子ども?」

「何をしている、下がれ!」

兵士たちの叫びが飛ぶ。

だが、次の瞬間。

ミントの足元に、巨大な魔法陣が展開された。

夜を照らす、圧倒的な光。

「な……っ」

「詠唱、なし……!?」

ミントは、静かに手を掲げる。

「対象、魔獣群」

「範囲、南門前方」

「……殲滅ではありません」

彼女の声は、戦場にありながら、驚くほど冷静だった。

「排除します」

次の瞬間。

結界に触れていた魔獣たちの身体が、内側から崩れ始める。

爆発はない。
血も飛ばない。

ただ、魔力構造が解かれ、存在そのものが“ほどけて”いく。

「……消えた?」

「嘘だろ……」

前線の兵士たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。

だが、それで終わりではない。

亀裂から漏れ出していた魔力の奔流に、ミントは視線を向けた。

「……これが、原因ですね」

彼女は、さらに魔法陣を重ねる。

複雑で、しかし完璧に制御された構成。

「結界補強……いいえ」

「再構築」

光が収束し、亀裂がゆっくりと閉じていく。

まるで、最初から傷などなかったかのように。

沈黙。

南門前にいた全員が、言葉を失っていた。

「……終わった?」

誰かが、かすれた声で呟く。

ミントは、小さく息を吐いた。

「はい」

「ここは、もう安全です」

その瞬間。

張り詰めていた緊張が一気に解け、膝をつく兵士が続出した。

「……助かった」

「本当に……」

ミントは、振り返り、ロシナンテのもとへ戻る。

「行きましょう」

「次は、西門です」

ロシナンテは、嬉しそうに鼻を鳴らした。

「ヒヒン!」

(意訳:次だ!)

その背に再び跨り、ミントは夜の王都を駆ける。

ロバに見えるその存在が、
実は“空を駆ける獣”であることを、
この時、知る者はまだいない。

だが。

王都防衛の最前線に立つ小さな影は、
確実に――

戦況を塗り替え始めていた。

嵐は、すでに始まっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...