婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第11話 嵐の前触れ

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第11話 嵐の前触れ

王都の空気が、わずかに変わり始めたのは、その日の夕刻だった。

ローマン公爵邸の高台に立つ見張り塔から見下ろす王都は、いつもと変わらぬ喧騒に包まれている。商人の呼び声、馬車の軋む音、人々の笑い声――どれも平和そのものだ。

だが。

「……違和感があります」

ミント・マリーベルは、欄干に手を置き、遠くを見つめていた。

「どのあたりだ?」

隣に立つグレイ・ローマン公爵が、低く尋ねる。

「音、です」

ミントは、静かに答えた。

「人の声は、いつも通りです」

「ですが」

「魔力の流れが、不自然に淀んでいます」

グレイは眉をひそめた。

「結界に異常は?」

「結界そのものは、まだ健在です」

「ただ」

ミントは、視線を王都の外縁――森の方向へ向ける。

「外側から、
押されている感覚があります」

その言葉を裏付けるように、塔の下で待機していた騎士の一人が駆け上がってきた。

「公爵閣下!」

「西門付近の巡回隊より、報告です!」

「魔獣の目撃情報が、複数――」

「数は?」

グレイが即座に問う。

「まだ少数ですが、
通常の生息域を大きく外れています!」

ミントは、静かに目を閉じた。

(……やはり)

(来ますね)

塔の空気が、一段と張り詰める。

「王都防衛の配置を、即座に確認しろ」

グレイの声は、冷静だった。

「騎士団には、警戒レベルを一段階上げるよう伝達」

「ですが、まだ“侵攻”と呼ぶほどでは――」

「十分だ」

グレイは遮った。

「“異常”が出た時点で、
最悪を想定するのが仕事だ」

ミントは、ゆっくりと息を吐き、振り返った。

「公爵様」

「私も、動きます」

グレイは、一瞬だけ彼女を見つめ――

低く言った。

「まだだ」

「今は、準備に徹する」

「……承知しました」

その返答に、迷いはなかった。

夜。

公爵邸の中庭では、騎士たちが慌ただしく行き交っていた。武具の点検、通信魔法の再確認、負傷者収容の準備――すべてが、無言の緊張感の中で進められている。

ミントは、その様子を少し離れた場所から見ていた。

「ヒヒン……」

足元で、ロシナンテが落ち着かない様子で地面を踏み鳴らす。

「……あなたも、感じていますね」

ミントが囁くと、ロシナンテは耳をぴんと立てた。

「ヒヒン」

(意訳:近い)

「やはり」

ミントは、ロシナンテの首元に手を伸ばし、優しく撫でる。

その体温は、いつもより少し高かった。

(……抑えている)

(無理をさせていますね)

ロシナンテ――ペガサスの幼生。

その力は、王都で露見すれば、確実に混乱を招く。だからこそ、今は“ロバ”でいる必要があった。

「もう少しだけ、我慢してください」

「必要な時には――」

言葉を切り、夜空を見上げる。

「必ず、頼ります」

ロシナンテは、静かに鼻を鳴らした。

「ヒヒン」

(意訳:了承)

そのとき。

王都の外から、微かな衝撃が伝わってきた。

――ドン。

地面が、わずかに揺れる。

騎士たちが、一斉に顔を上げた。

「……今のは?」

「爆発音?」

「いや……」

ミントは、即座に判断した。

「魔獣です」

「大型個体が、
結界に触れました」

ほぼ同時に、警鐘が鳴り響く。

低く、重く、王都全体を揺らす音。

「侵攻警報――!」

「西門、南門付近に反応!」

騎士たちが、走り出す。

グレイは、即座に指示を飛ばした。

「第一・第二部隊を、西門へ!」

「第三部隊は、南門の内側で待機!」

「民間人の避難誘導を最優先だ!」

その指示の的確さに、混乱は最小限に抑えられていた。

ミントは、一歩前に出る。

「公爵様」

「……分かっている」

グレイは、低く答えた。

「まだ、前に出るな」

「だが」

一瞬、視線を合わせる。

「必要になれば、許可する」

ミントは、深く頷いた。

「ありがとうございます」

王都の外縁。

結界の向こう側で、複数の影が蠢いている。

闇に紛れて見えにくいが、確実に“数”が増えているのが分かる。

「……思ったより」

ミントは、呟いた。

「集まりが早い」

その瞬間。

ロシナンテが、低く唸るように鳴いた。

「ヒヒン……」

(意訳:空、呼ばれている)

ミントは、ロシナンテを見下ろす。

「……まだ、です」

「今は、耐えてください」

だが。

結界が、再び大きく揺れた。

今度は、明確に“割れる”音が混じっている。

「……っ」

騎士の一人が、叫んだ。

「結界、耐久値低下!」

「このままでは――!」

ミントは、グレイを振り返った。

「公爵様」

その目には、恐れはない。

ただ、覚悟だけがあった。

「前に出る準備は、整っています」

グレイは、一瞬だけ目を閉じ――

次に開いたとき、その瞳には決断が宿っていた。

「……まだ命令は出さない」

「だが」

「その時が来たら、迷わず行け」

ミントは、静かに微笑んだ。

「はい」

王都の夜空は、雲に覆われ始めている。

嵐は、もう目の前だ。

そしてその嵐の中心へ向かう道は――
確実に、ミントの足元へと伸びていた。
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