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第10話 力を示す覚悟
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第10話 力を示す覚悟
王太子の使者を退けた翌日。
ローマン公爵邸は、表面上こそ平穏を保っていたが、その内側では確実に歯車が回り始めていた。
「……王宮は、しばらく静かになるでしょう」
朝の執務室で、グレイ・ローマン公爵はそう結論づけた。
机の上には、各方面から集められた報告書が並んでいる。王太子派の動き、貴族院の反応、王都周辺の治安状況――どれも無視できない内容ばかりだった。
「“静かになる”って、良い意味?」
アルフレッドが首を傾げる。
「表向きはな」
グレイは淡々と答えた。
「だが、水面下では必ず探りが入る」
「特に――」
視線が、ミントへ向けられる。
「お前の“力”についてだ」
ミントは、静かに頷いた。
「ええ」
「私が“口だけの存在ではない”ことを、
疑っている人は多いでしょう」
ナンシーが、腕を組む。
「昨日のやり取りを聞けば、
十分分かりそうなものだけど」
「言葉は、都合よく解釈されます」
ミントは、冷静に言った。
「ですが」
「力は、否定できません」
室内に、短い沈黙が落ちる。
ジョーが、慎重に口を開いた。
「……ミント」
「もしかして」
「何か、するつもりか?」
ミントは、一拍置いてから答えた。
「準備は、必要だと考えています」
「準備?」
「はい」
彼女は、静かに言葉を続ける。
「王都は、今、危うい均衡の上にあります」
「王太子派と、その他の貴族派閥」
「そこに、私という不確定要素が加わった」
「何も起きない方が、不自然です」
グレイは、目を細めた。
「……魔獣の動きか」
「はい」
ミントは、即答した。
「最近、王都周辺の魔力濃度が、
わずかに上昇しています」
その一言で、全員の表情が変わった。
「それ、本当?」
ナンシーが声を潜める。
「ええ」
「まだ、騎士団が警戒を強めるほどではありません」
「ですが」
「小規模な侵攻が起きても、おかしくない状態です」
アルフレッドが、顔をしかめる。
「……つまり」
「見せ場が来る、ってこと?」
「見せ場、ではありません」
ミントは、きっぱりと言った。
「必要なときに、必要な力を使うだけです」
その日の午後。
ミントは、ロシナンテを連れて、屋敷の外れにある訓練場へ向かっていた。
「ヒヒン」
(意訳:今日は飛ぶ?)
「いいえ」
ミントは、ロシナンテの首元を優しく撫でる。
「今日は、地上で十分です」
訓練場には、グレイと三人の子供たち、そして数名の信頼できる騎士だけが集められていた。
「……ここまで人を制限するとは」
ジョーが、小声で呟く。
「力を見せるなら」
ミントは、淡々と答える。
「見せる相手は、選びます」
彼女は、訓練場の中央に立った。
深く息を吸い、目を閉じる。
(……王都で使う前に)
(制御を、再確認)
次の瞬間。
空気が、わずかに震えた。
「……っ」
騎士の一人が、思わず息を呑む。
ミントの足元から、淡い光の魔法陣が広がる。複雑だが、無駄のない構成。魔法学院の高等課程でも、ここまで洗練された陣は稀だ。
「詠唱、なし……?」
ナンシーが、目を見開く。
「当然です」
ミントは、目を開けた。
「戦場では、時間は命ですから」
彼女が軽く手を上げると、訓練用に設置された岩塊が、静かに浮かび上がった。
「……浮遊魔法?」
「基礎の応用です」
次の瞬間。
岩塊は、音もなく分解され、砂のように崩れ落ちた。
「……っ!」
騎士たちが、思わず後ずさる。
「分解……?」
「魔力構造を、直接解いています」
ミントは、冷静に説明する。
「破壊ではありません」
「無力化です」
グレイは、目を離さずに言った。
「……王都で使えば」
「建物を壊さず、魔獣だけを処理できる」
「はい」
ミントは、頷いた。
「被害を最小限に抑えられます」
そして。
最後に、彼女は静かに魔法陣を変化させた。
淡い光が、訓練場全体を包み込む。
「これは……?」
ジョーが、喉を鳴らす。
「エリアヒールです」
ミントの声は、穏やかだった。
「最大範囲・最大効率」
次の瞬間。
訓練中にできていた小さな傷、疲労、古傷の痛みまでが、洗い流されるように消えていく。
「……嘘でしょ」
ナンシーが、自分の手を見つめる。
「昨日の訓練の筋肉痛が……」
「消えた……」
アルフレッドは、呆然と呟いた。
魔法が消え、静寂が戻る。
ミントは、軽く息を吐いた。
「以上です」
「これが」
一拍置く。
「私が、前に出る覚悟の根拠です」
グレイは、しばらく沈黙した後、低く言った。
「……十分すぎる」
「王太子が、手を引かない理由も分かる」
ミントは、首を横に振る。
「私を欲しがる理由が、
“力”だけであるなら」
「なおさら、渡せません」
「私は」
「誰かの切り札になるつもりはありません」
「――公爵夫人として」
「守る側に、立ちます」
その言葉に、ロシナンテが小さく鼻を鳴らした。
「ヒヒン」
(意訳:覚悟、確認)
グレイは、静かに告げた。
「……ならば」
「次に何かが起きたとき」
「お前は、私の背ではなく」
「前に立つことになる」
ミントは、迷いなく頷いた。
「はい」
その瞬間。
誰もが理解した。
――この少女は、
“守られる存在”では終わらない。
王都に嵐が訪れたとき、
最初に立ち向かうのは、
間違いなく――
ミント・マリーベルである。
そして、その嵐は。
すでに、王都の外縁で、
静かに牙を研いでいた。
王太子の使者を退けた翌日。
ローマン公爵邸は、表面上こそ平穏を保っていたが、その内側では確実に歯車が回り始めていた。
「……王宮は、しばらく静かになるでしょう」
朝の執務室で、グレイ・ローマン公爵はそう結論づけた。
机の上には、各方面から集められた報告書が並んでいる。王太子派の動き、貴族院の反応、王都周辺の治安状況――どれも無視できない内容ばかりだった。
「“静かになる”って、良い意味?」
アルフレッドが首を傾げる。
「表向きはな」
グレイは淡々と答えた。
「だが、水面下では必ず探りが入る」
「特に――」
視線が、ミントへ向けられる。
「お前の“力”についてだ」
ミントは、静かに頷いた。
「ええ」
「私が“口だけの存在ではない”ことを、
疑っている人は多いでしょう」
ナンシーが、腕を組む。
「昨日のやり取りを聞けば、
十分分かりそうなものだけど」
「言葉は、都合よく解釈されます」
ミントは、冷静に言った。
「ですが」
「力は、否定できません」
室内に、短い沈黙が落ちる。
ジョーが、慎重に口を開いた。
「……ミント」
「もしかして」
「何か、するつもりか?」
ミントは、一拍置いてから答えた。
「準備は、必要だと考えています」
「準備?」
「はい」
彼女は、静かに言葉を続ける。
「王都は、今、危うい均衡の上にあります」
「王太子派と、その他の貴族派閥」
「そこに、私という不確定要素が加わった」
「何も起きない方が、不自然です」
グレイは、目を細めた。
「……魔獣の動きか」
「はい」
ミントは、即答した。
「最近、王都周辺の魔力濃度が、
わずかに上昇しています」
その一言で、全員の表情が変わった。
「それ、本当?」
ナンシーが声を潜める。
「ええ」
「まだ、騎士団が警戒を強めるほどではありません」
「ですが」
「小規模な侵攻が起きても、おかしくない状態です」
アルフレッドが、顔をしかめる。
「……つまり」
「見せ場が来る、ってこと?」
「見せ場、ではありません」
ミントは、きっぱりと言った。
「必要なときに、必要な力を使うだけです」
その日の午後。
ミントは、ロシナンテを連れて、屋敷の外れにある訓練場へ向かっていた。
「ヒヒン」
(意訳:今日は飛ぶ?)
「いいえ」
ミントは、ロシナンテの首元を優しく撫でる。
「今日は、地上で十分です」
訓練場には、グレイと三人の子供たち、そして数名の信頼できる騎士だけが集められていた。
「……ここまで人を制限するとは」
ジョーが、小声で呟く。
「力を見せるなら」
ミントは、淡々と答える。
「見せる相手は、選びます」
彼女は、訓練場の中央に立った。
深く息を吸い、目を閉じる。
(……王都で使う前に)
(制御を、再確認)
次の瞬間。
空気が、わずかに震えた。
「……っ」
騎士の一人が、思わず息を呑む。
ミントの足元から、淡い光の魔法陣が広がる。複雑だが、無駄のない構成。魔法学院の高等課程でも、ここまで洗練された陣は稀だ。
「詠唱、なし……?」
ナンシーが、目を見開く。
「当然です」
ミントは、目を開けた。
「戦場では、時間は命ですから」
彼女が軽く手を上げると、訓練用に設置された岩塊が、静かに浮かび上がった。
「……浮遊魔法?」
「基礎の応用です」
次の瞬間。
岩塊は、音もなく分解され、砂のように崩れ落ちた。
「……っ!」
騎士たちが、思わず後ずさる。
「分解……?」
「魔力構造を、直接解いています」
ミントは、冷静に説明する。
「破壊ではありません」
「無力化です」
グレイは、目を離さずに言った。
「……王都で使えば」
「建物を壊さず、魔獣だけを処理できる」
「はい」
ミントは、頷いた。
「被害を最小限に抑えられます」
そして。
最後に、彼女は静かに魔法陣を変化させた。
淡い光が、訓練場全体を包み込む。
「これは……?」
ジョーが、喉を鳴らす。
「エリアヒールです」
ミントの声は、穏やかだった。
「最大範囲・最大効率」
次の瞬間。
訓練中にできていた小さな傷、疲労、古傷の痛みまでが、洗い流されるように消えていく。
「……嘘でしょ」
ナンシーが、自分の手を見つめる。
「昨日の訓練の筋肉痛が……」
「消えた……」
アルフレッドは、呆然と呟いた。
魔法が消え、静寂が戻る。
ミントは、軽く息を吐いた。
「以上です」
「これが」
一拍置く。
「私が、前に出る覚悟の根拠です」
グレイは、しばらく沈黙した後、低く言った。
「……十分すぎる」
「王太子が、手を引かない理由も分かる」
ミントは、首を横に振る。
「私を欲しがる理由が、
“力”だけであるなら」
「なおさら、渡せません」
「私は」
「誰かの切り札になるつもりはありません」
「――公爵夫人として」
「守る側に、立ちます」
その言葉に、ロシナンテが小さく鼻を鳴らした。
「ヒヒン」
(意訳:覚悟、確認)
グレイは、静かに告げた。
「……ならば」
「次に何かが起きたとき」
「お前は、私の背ではなく」
「前に立つことになる」
ミントは、迷いなく頷いた。
「はい」
その瞬間。
誰もが理解した。
――この少女は、
“守られる存在”では終わらない。
王都に嵐が訪れたとき、
最初に立ち向かうのは、
間違いなく――
ミント・マリーベルである。
そして、その嵐は。
すでに、王都の外縁で、
静かに牙を研いでいた。
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