婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第10話 力を示す覚悟

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第10話 力を示す覚悟

王太子の使者を退けた翌日。
ローマン公爵邸は、表面上こそ平穏を保っていたが、その内側では確実に歯車が回り始めていた。

「……王宮は、しばらく静かになるでしょう」

朝の執務室で、グレイ・ローマン公爵はそう結論づけた。

机の上には、各方面から集められた報告書が並んでいる。王太子派の動き、貴族院の反応、王都周辺の治安状況――どれも無視できない内容ばかりだった。

「“静かになる”って、良い意味?」

アルフレッドが首を傾げる。

「表向きはな」

グレイは淡々と答えた。

「だが、水面下では必ず探りが入る」

「特に――」

視線が、ミントへ向けられる。

「お前の“力”についてだ」

ミントは、静かに頷いた。

「ええ」

「私が“口だけの存在ではない”ことを、
疑っている人は多いでしょう」

ナンシーが、腕を組む。

「昨日のやり取りを聞けば、
十分分かりそうなものだけど」

「言葉は、都合よく解釈されます」

ミントは、冷静に言った。

「ですが」

「力は、否定できません」

室内に、短い沈黙が落ちる。

ジョーが、慎重に口を開いた。

「……ミント」

「もしかして」

「何か、するつもりか?」

ミントは、一拍置いてから答えた。

「準備は、必要だと考えています」

「準備?」

「はい」

彼女は、静かに言葉を続ける。

「王都は、今、危うい均衡の上にあります」

「王太子派と、その他の貴族派閥」

「そこに、私という不確定要素が加わった」

「何も起きない方が、不自然です」

グレイは、目を細めた。

「……魔獣の動きか」

「はい」

ミントは、即答した。

「最近、王都周辺の魔力濃度が、
わずかに上昇しています」

その一言で、全員の表情が変わった。

「それ、本当?」

ナンシーが声を潜める。

「ええ」

「まだ、騎士団が警戒を強めるほどではありません」

「ですが」

「小規模な侵攻が起きても、おかしくない状態です」

アルフレッドが、顔をしかめる。

「……つまり」

「見せ場が来る、ってこと?」

「見せ場、ではありません」

ミントは、きっぱりと言った。

「必要なときに、必要な力を使うだけです」

その日の午後。

ミントは、ロシナンテを連れて、屋敷の外れにある訓練場へ向かっていた。

「ヒヒン」

(意訳:今日は飛ぶ?)

「いいえ」

ミントは、ロシナンテの首元を優しく撫でる。

「今日は、地上で十分です」

訓練場には、グレイと三人の子供たち、そして数名の信頼できる騎士だけが集められていた。

「……ここまで人を制限するとは」

ジョーが、小声で呟く。

「力を見せるなら」

ミントは、淡々と答える。

「見せる相手は、選びます」

彼女は、訓練場の中央に立った。

深く息を吸い、目を閉じる。

(……王都で使う前に)

(制御を、再確認)

次の瞬間。

空気が、わずかに震えた。

「……っ」

騎士の一人が、思わず息を呑む。

ミントの足元から、淡い光の魔法陣が広がる。複雑だが、無駄のない構成。魔法学院の高等課程でも、ここまで洗練された陣は稀だ。

「詠唱、なし……?」

ナンシーが、目を見開く。

「当然です」

ミントは、目を開けた。

「戦場では、時間は命ですから」

彼女が軽く手を上げると、訓練用に設置された岩塊が、静かに浮かび上がった。

「……浮遊魔法?」

「基礎の応用です」

次の瞬間。

岩塊は、音もなく分解され、砂のように崩れ落ちた。

「……っ!」

騎士たちが、思わず後ずさる。

「分解……?」

「魔力構造を、直接解いています」

ミントは、冷静に説明する。

「破壊ではありません」

「無力化です」

グレイは、目を離さずに言った。

「……王都で使えば」

「建物を壊さず、魔獣だけを処理できる」

「はい」

ミントは、頷いた。

「被害を最小限に抑えられます」

そして。

最後に、彼女は静かに魔法陣を変化させた。

淡い光が、訓練場全体を包み込む。

「これは……?」

ジョーが、喉を鳴らす。

「エリアヒールです」

ミントの声は、穏やかだった。

「最大範囲・最大効率」

次の瞬間。

訓練中にできていた小さな傷、疲労、古傷の痛みまでが、洗い流されるように消えていく。

「……嘘でしょ」

ナンシーが、自分の手を見つめる。

「昨日の訓練の筋肉痛が……」

「消えた……」

アルフレッドは、呆然と呟いた。

魔法が消え、静寂が戻る。

ミントは、軽く息を吐いた。

「以上です」

「これが」

一拍置く。

「私が、前に出る覚悟の根拠です」

グレイは、しばらく沈黙した後、低く言った。

「……十分すぎる」

「王太子が、手を引かない理由も分かる」

ミントは、首を横に振る。

「私を欲しがる理由が、
“力”だけであるなら」

「なおさら、渡せません」

「私は」

「誰かの切り札になるつもりはありません」

「――公爵夫人として」

「守る側に、立ちます」

その言葉に、ロシナンテが小さく鼻を鳴らした。

「ヒヒン」

(意訳:覚悟、確認)

グレイは、静かに告げた。

「……ならば」

「次に何かが起きたとき」

「お前は、私の背ではなく」

「前に立つことになる」

ミントは、迷いなく頷いた。

「はい」

その瞬間。

誰もが理解した。

――この少女は、
“守られる存在”では終わらない。

王都に嵐が訪れたとき、
最初に立ち向かうのは、
間違いなく――

ミント・マリーベルである。

そして、その嵐は。
すでに、王都の外縁で、
静かに牙を研いでいた。
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