婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第16話 呼び出しと、静かな覚悟

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第16話 呼び出しと、静かな覚悟

ローマン公爵邸に、王宮からの正式な文書が届いたのは、その日の正午前だった。

封蝋には、はっきりと王家の紋章が刻まれている。
それを見ただけで、使用人の背筋が伸びた。

「……来ましたね」

書簡を受け取ったミント・マリーベルは、落ち着いた声でそう呟いた。

彼女の隣には、グレイ・ローマン公爵が立っている。封を切る前から、内容の見当はついていた。

「王宮への“招請”だろう」

「はい」

ミントは、ゆっくりと封蝋を割る。

中身を一読し、短く息を吐いた。

「やはり」

「王太子殿下同席のもと、
昨夜の魔獣侵攻についての“事情聴取”」

「名目は、報告と感謝」

「実質は――」

「確認、ですね」

グレイが言葉を継ぐ。

「お前が、どこまでの存在なのかを」

部屋の空気が、静かに張り詰める。

ナンシーが、腕を組んだ。

「……行くの?」

「ええ」

ミントは、迷いなく頷いた。

「行かない理由はありません」

アルフレッドが、思わず声を上げる。

「でもさ!」

「王宮だよ?」

「王太子殿下もいるんだろ?」

「何を言われるか……」

「分かっています」

ミントは、静かに微笑んだ。

「だからこそ」

「ローマン公爵家の婚約者として、
正面から出向きます」

グレイは、彼女を見下ろし、低く言った。

「私も同行する」

「当然だ」

「王宮が、お前一人を呼び出す理由はない」

ミントは、深く一礼した。

「ありがとうございます」

その直後。

ロシナンテが、部屋の隅から顔を出した。

「ヒヒン」

(意訳:面倒そうだな)

「ええ」

ミントは苦笑する。

「ですが、避けられません」

「あなたは――」

ロシナンテを見て、一瞬考え。

「……留守番、ですね」

ロシナンテが、露骨に不満そうに鼻を鳴らした。

「ヒヒン!」

(意訳:不服)

「王宮で羽を生やすわけにはいきません」

「今回は、私一人で十分です」

しばらく睨み合いのような沈黙の後、ロシナンテは渋々頷いた。

「ヒヒン……」

(意訳:無事で帰れ)

王宮へ向かう馬車の中。

重厚な内装の中で、車輪の音だけが静かに響いていた。

「……緊張しているか」

グレイが、ふと尋ねる。

「いいえ」

ミントは、正直に答えた。

「想定内です」

「王宮は」

「私を評価し、
同時に測ろうとしています」

「利用できるか」

「制御できるか」

「……恐ろしくはないか」

「恐ろしいのは」

ミントは、少しだけ間を置いた。

「曖昧なまま扱われることです」

「だから」

「今日、はっきりさせます」

グレイは、小さく息を吐いた。

「……十歳の少女の言葉とは思えんな」

「年齢は、免罪符にはなりませんから」

その返答に、グレイはわずかに口元を緩めた。

王宮。

高い天井と、磨き上げられた大理石の床。
変わらぬ威圧感。

応接の間には、すでに数名の貴族と文官、そして――

ロードレオン王太子がいた。

「……久しいな」

王太子の視線が、ミントを捉える。

そこには、かつての軽視はない。
あるのは、明確な“関心”だった。

「お久しぶりです、殿下」

ミントは、正確な礼を取る。

「本日は、お招きいただきありがとうございます」

「形式ばる必要はない」

王太子は、柔らかく言った。

「昨夜の件について」

「王都を救ってくれたこと、
王家として感謝している」

「光栄です」

ミントは、淡々と答える。

「ですが」

王太子の声音が、わずかに変わる。

「いくつか、
直接聞いておきたいことがある」

「承知しています」

ミントは、一歩前に出た。

「私に関することでしたら、
何でもお答えします」

その場の空気が、静まり返る。

王太子は、彼女をじっと見つめ――
ゆっくりと口を開いた。

「……お前は」

「王家の庇護下に入る意思はないのか」

その問いは、
遠回しでありながら、はっきりとした“誘い”だった。

一瞬。

誰もが、ミントの返答を待つ。

彼女は、目を伏せず、静かに答えた。

「ありません」

即答だった。

「私は」

「ローマン公爵家の婚約者です」

「それ以上でも、それ以下でもありません」

王太子の目が、わずかに見開かれる。

「……即答だな」

「迷う理由が、ありません」

ミントは、はっきりと言った。

「昨夜、王都を守ったのは」

「王家の命令ではなく」

「自分の意思です」

「その責任を引き受けてくださる方が、
すでにいます」

そう言って、
一歩下がり、グレイの隣に立つ。

「……なるほど」

王太子は、静かに息を吐いた。

「噂以上に」

「揺るがぬ覚悟だ」

その視線には、
後悔と、諦めと、わずかな敬意が混じっていた。

「今日のところは」

「それで十分だ」

そう告げ、王太子は立ち上がる。

「だが」

「王都は、
お前を放っておかない」

「覚えておけ」

ミントは、深く一礼した。

「承知しています」

王宮を出た馬車の中。

しばらく、誰も口を開かなかった。

やがて、グレイが低く言う。

「……よく言い切った」

「はい」

ミントは、静かに答える。

「これで」

「曖昧な立場は、終わりました」

馬車は、公爵邸へと向かう。

その帰路で、ミントは確信していた。

王宮は、もう彼女を“試す段階”を終えた。

これから先に待つのは――
利用か、対立か。

どちらであっても。

彼女は、もう引かない。

それが、
未来のローマン公爵夫人としての、
最初の一線だった。
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