婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第30話 守られる側の決断

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第30話 守られる側の決断

王太子との再接近が終わってから、王都は一時的に静まり返った。

嵐の前の静けさ――
というよりも、皆が次に何が起きるのかを測りかねている沈黙だった。

ローマン公爵邸では、いつも通りの朝が訪れていた。

「ミント様、こちらが本日の予定です」

使用人が差し出した書類に、ミント・マリーベルは目を通す。

・管理局との技術協議
・文官組合との基準調整
・北区修繕の進捗確認

……どれも、地味で、派手さのないものばかりだ。

「平和ですね」

ミントがそう言うと、ナンシーが苦笑した。

「嵐の中心にいた人ほど、
そう言うのよ」

「嵐、でしたか?」

「自覚ないの?」

「……あまり」

それは、冗談ではなかった。

ミントにとって、王太子の再婚約話も、文官組合との摩擦も、
すべて「やるべきことをやった結果」に過ぎない。

だが――
その“結果”を、最も強く意識している人物がいた。

ローマン公爵、グレイ・ローマンである。

その日の夜。

公爵は、ミントを執務室に呼び出した。

「……少し、話をしたい」

「はい、公爵様」

二人きりの執務室。

重厚な机と、壁一面の書棚。
だが、今の空気は、仕事のそれではなかった。

グレイは、しばらく沈黙した後、低く切り出す。

「王太子との件」

「……聞いている」

「はい」

「もし」

一拍。

「私が」

「公爵として」

「君を守りきれないと、
判断した場合」

「君は、どうする?」

その問いは、重かった。

政治的にも。
個人的にも。

ミントは、すぐには答えなかった。

だが、迷っていたわけではない。

「……その場合」

彼女は、はっきりと言った。

「私は」

「ここに、残ります」

グレイは、目を見開く。

「……なぜだ」

「王太子のもとに戻る、
という選択もある」

「より安全で」

「より強い立場だ」

ミントは、首を振った。

「確かに」

「“守られる”という意味では」

「王宮の方が、
安全かもしれません」

「ですが」

「私は」

「守られる場所ではなく」

「一緒に守る場所を、
選びました」

沈黙。

グレイは、静かに息を吐いた。

「……君は」

「自分が、
守られる側だという自覚が」

「薄すぎる」

「そうでしょうか」

ミントは、穏やかに答える。

「私は」

「守られてきました」

「父に」

「学園に」

「そして」

「今は、
ローマン公爵家に」

「だからこそ」

「守られるだけでは、
足りないのです」

グレイは、机に手を置いた。

「……私は」

「40歳だ」

「君より、
30も年上だ」

「経験も、
立場も」

「本来なら」

「私が、
君を導くべき立場だ」

ミントは、まっすぐに見つめ返す。

「はい」

「ですが」

「公爵様が」

「私を、
“守るべき存在”として
見てくださったからこそ」

「私は」

「ここに、
立てています」

「……?」

「婚約者であっても」

「娘のように扱われていても」

「“役に立つから”ではなく」

「“居ていい”と、
認めていただいた」

「それが」

「私にとっては」

「何よりの、安全でした」

グレイは、言葉を失った。

しばらくして、低く呟く。

「……ならば」

「一つ、
確認させてくれ」

「はい」

「君は」

「私を、
どう見ている?」

一瞬。

ミントの頬に、わずかに熱が宿る。

だが、彼女は視線を逸らさなかった。

「……未来の」

「夫です」

はっきりと。

逃げも、照れもなく。

「年齢差は、
理解しています」

「世間の目も」

「政治的な見方も」

「ですが」

「それでも」

「私は」

「グレイ・ローマン公爵の、
隣に立ちたい」

沈黙が、長く続いた。

やがて。

グレイは、深く息を吸い――
ゆっくりと、頭を下げた。

「……分かった」

「ならば」

「私も」

「覚悟を、
決めよう」

「?」

「これからは」

「君を」

「守られる存在としてではなく」

「対等な婚約者として、
扱う」

ミントは、驚いたように目を瞬かせ――
そして、静かに微笑んだ。

「ありがとうございます」

「ですが」

「一つだけ」

「条件があります」

「条件?」

「はい」

ミントは、はっきりと言う。

「それでも」

「時々は」

「父親のように、
叱ってください」

グレイは、一瞬呆けた顔をし――
次の瞬間、小さく笑った。

「……難しい要求だな」

その夜。

ミントは、庭でロシナンテの首を撫でていた。

「……決断しました」

「ヒヒン」

(意訳:知ってた)

「ええ」

「私は」

「守られる側でも」

「守る側でもなく」

「一緒に、
責任を負う側になります」

ロシナンテが、静かに羽を震わせる。

「ヒヒン」

(意訳:覚悟)

王都は、まだ不安定だ。

制度も、信頼も、完全ではない。

だが。

ローマン公爵家の中で、
一つの関係だけは、確かに形を変えた。

それは、
年齢差でも、
立場でも、
政治でもない。

意志によって結ばれた、
対等な婚約だった。

そしてそれは――
次なる嵐に向けた、
確かな礎でもあった。
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