『婚約者に売られましたが、買い戻したのは皇帝でした ――メイド扱いのはずが、なぜか溺愛されています

鷹 綾

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第24話 捕らえられた真実

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第24話 捕らえられた真実

 夜明けの空は、ひどく澄んでいた。

 あれほど重く垂れ込めていた緊張が、一段落したかのように、領主館の庭には静寂が戻っている。
 だが、フェリス・リンクスは分かっていた。

(……嵐が過ぎたわけじゃない)

 嵐の中心が、姿を現しただけだ。


---

 正午。

 旧採石場で確保された者たちが、領主館地下の臨時取調室に集められていた。

 仲介商人。
 私兵の指揮役。
 帳簿管理を任されていた書記。

 誰もが青ざめ、視線を落としている。

「……始めましょう」

 フェリスは、椅子に腰を下ろし、淡々と告げた。

 監察官セレインが隣に立つ。

「帝国法に基づき、供述は記録されます。
 虚偽があれば、刑が重くなる」

 その言葉だけで、数人の肩が震えた。


---

 最初に口を開いたのは、若い書記だった。

「わ、私は……言われた通りに書いただけで……」

「誰に?」

 フェリスの問いは、短い。

「商人の……いえ、
 “その上”です」

 空気が、ぴんと張る。

「名前を」

 書記は、震える声で名を告げた。

 ――帝都に籍を置く、準貴族の名。

 セレインが、静かに息を吐いた。

「……やはり」


---

 次に、商人が崩れ落ちるように語り始めた。

「私たちは、ただの運び役です!
 指示通りに、帳簿を移し、
 人を“商品”として扱っただけで……」

「人を、商品と」

 フェリスの声が、わずかに低くなる。

 商人は、言葉を失った。

「……そう教えられました」

 吐き捨てるような声。

「“帝国は黙認している”と」

 その一言で、すべてが繋がった。


---

「黙認など、していない」

 フェリスは、はっきりと告げた。

「だから、あなたたちはここにいる」

 商人は、顔を覆い、嗚咽を漏らした。


---

 取調は、長時間に及んだ。

 売られた人数。
 流された先。
 仲介した領地。

 フェリスは、一つも聞き漏らさなかった。

 売られた過去を持つ者として。
 そして――
 今は、裁く立場にある者として。


---

 夕刻。

 取調室を出たフェリスは、廊下の窓際で立ち止まった。

 外では、子どもたちの声が聞こえる。
 この領地で、今日も普通に生きている人々。

(……守れた)

 完全ではない。
 だが、確かに――
 守れたものがある。


---

「顔が、少し変わりましたね」

 セレインが、静かに言う。

「そうですか?」

「ええ」

 監察官は、真っ直ぐにフェリスを見る。

「被害者の顔ではない。
 領主の顔です」

 フェリスは、目を伏せ、そして頷いた。

「……そうでありたいです」


---

 その夜。

 帝都へ送る正式報告書が、完成した。

 人身売買の実態。
 関与した貴族の名。
 領地を跨ぐ闇の流れ。

 封をする直前、フェリスは一行だけ、追記した。

> 本件において、
民を“黙認された犠牲”としないことを、
強く望みます。



 それは、領主としての要望であり、
 一人の人間としての願いだった。


---

 深夜。

 アーシュ・レーシャー皇帝から、短い返書が届く。

> 君の願いは、正当だ。
そして――
もう“願う立場”ではない。



 フェリスは、静かに紙を握った。

 売られた少女だった。
 名を奪われた令嬢だった。

 だが今は――

 帝国の闇を、現実に捕らえた者だ。

 フェリス・リンクスは、この日、はっきりと理解した。

 真実は、
 暴かれるだけでは意味がない。

 守る意志を持つ者の手に渡ってこそ、
 価値を持つのだと。

 そして――
 その手は、もう震えていないのだと。
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