『婚約者に売られましたが、買い戻したのは皇帝でした ――メイド扱いのはずが、なぜか溺愛されています

鷹 綾

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第25話 戻らない居場所

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第25話 戻らない居場所

 朝の光が、領主館の回廊に差し込んでいた。

 フェリス・リンクスは、静かな足取りで窓辺に立ち、庭を見下ろしている。
 取調と報告が一段落し、町はひとまずの安堵に包まれていた。

 だが――
 彼女の胸の内は、落ち着いてはいなかった。

(……終わった、わけじゃない)

 闇の一部は捕らえた。
 真実も、表に出た。

 それでも、心のどこかが、ざらついている。


---

「失礼いたします」

 扉を叩いたのは、帝都からの使者だった。

「リンクス子爵より、書簡をお預かりしております」

 フェリスの指先が、わずかに止まる。

 ――父。

 かつて、自分を信じなかった人。

「……ありがとうございます」

 受け取った封書は、思ったより軽かった。

 だが、開く手は、重い。


---

 書簡は、簡潔だった。

> フェリスへ

先の件、帝都より正式な通達を受けた。

お前に不義がなかったこと、
そして、バロン男爵の虚偽が事実であったことを、
ようやく理解した。

父として、
家長として、
判断を誤ったことを認める。

もし、戻る気があるなら――
子爵家は、門を閉ざさない。



 そこまで読んで、フェリスは手を止めた。

 謝罪は、ある。
 形式的ではない。

 だが――
 遅すぎた。


---

 フェリスは、窓の外に視線を向けた。

 庭では、役人たちが忙しなく動き、
 修繕の相談をする民の姿も見える。

 この地で、自分は――
 逃げずに立っている。

(……私は、もう)

 売られた少女ではない。
 追放された令嬢でもない。

 そして――
 戻る場所を探す者でもない。


---

 昼。

 フェリスは、執務室に侍女を呼んだ。

「返書を、書きます」

 白紙に向かい、ペンを取る。

 言葉は、すぐに浮かんだ。

> 父上へ

事実をご理解いただけたこと、感謝します。

ですが、私は戻りません。

あの時、探されなかった私と、
今ここで立っている私とは、
同じではないからです。

私には、
守るべき領地と、
信じてくれた人々がいます。

どうか、
それを尊重してください。



 簡潔で、冷静で、
 そして――
 揺るがない。


---

 夕刻。

 返書を渡し終えた後、フェリスは静かに息を吐いた。

「……後悔は、ありませんか」

 侍女が、控えめに尋ねる。

 フェリスは、首を横に振った。

「ありません」

 即答だった。

「許すことと、戻ることは、別です」

 それが、今の自分の答えだ。


---

 夜。

 帝都から、もう一通の書簡が届く。

 皇帝アーシュ・レーシャーの、私信だった。

> 選んだな。

それでいい。
君の居場所は、
“用意されるもの”ではなく、
“築いた場所”だ。



 フェリスは、そっと微笑んだ。

(……ええ)

 売られた過去があったからこそ、
 選べる今がある。

 フェリス・リンクスは、この日、静かに区切りをつけた。

 かつての家は、
 もう戻る場所ではない。

 だが――
 失ったわけでもない。

 自分は、前に進んだ。

 それだけで、十分だった。
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