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第29話 境界に立つ者
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第29話 境界に立つ者
朝霧が、領地の外縁を白く覆っていた。
フェリス・リンクスは、境界標の前に立ち、静かに周囲を見渡す。
見張りの兵は緊張を保っているが、過度ではない。――それが、この地の“今”の状態だった。
(……守れている)
だが、守れているからこそ、踏み込もうとする者が現れる。
---
「領主様」
兵の一人が、小さく声を落とす。
「先ほどから、向こうの丘に人影が」
フェリスは、双眼鏡を受け取り、覗いた。
数人。
武装は控えめ。
だが、動きは洗練されている。
(……偵察ね)
敵意を見せず、
しかし、確実に測っている。
「追いません」
フェリスは、即断した。
「見せたいのは、“余裕”です」
兵が、理解したように頷く。
---
正午。
境界線を挟んだ向こう側から、使者が一人、歩いてきた。
馬も、護衛も連れていない。
「ここより先は、当領です」
兵が、定型の文句を告げる。
「承知している」
使者は、穏やかな口調で答えた。
「私は、帝都の某家より参った」
“某家”。
名を伏せる時点で、意図は明白だ。
---
フェリスが、一歩前に出る。
「用件は?」
「ご当主は、あなたを高く評価している」
「評価は、必要ありません」
フェリスは、遮った。
「要件を」
使者は、わずかに眉を動かす。
「……協力の打診です」
「どの立場で?」
短い問い。
「帝国の安定のために」
フェリスは、しばし黙った後、答えた。
「安定とは、誰にとっての?」
使者は、答えられなかった。
---
「ここから先は、入りません」
フェリスは、境界標に手を置いた。
「この線は、
力ではなく、合意で引かれています」
視線を、真っ直ぐ向ける。
「踏み越えるなら、
名を名乗り、条件を示してください」
使者は、深く一礼した。
「……今日は、引きます」
それだけ言い残し、踵を返す。
越えなかった。
それが、何よりの結果だった。
---
領主館に戻り、フェリスは簡潔な記録を残した。
誰が来たか。
何を言ったか。
何を言わなかったか。
(……言わなかったことの方が、多い)
そこに、本音がある。
---
夕刻。
辺境伯代理ローディスから、短い暗号文。
> 今日は線を守った。
次は、線を動かそうとする。
準備を。
フェリスは、地図を広げ、境界線をなぞる。
(……動かす、か)
奪われるのではなく、
奪いに行くのでもない。
交渉で、再定義する。
---
夜。
皇帝アーシュ・レーシャーからの私信が届いた。
> 境界に立つ者は、
いずれ境界を決める側になる。
立ち方を、忘れるな。
フェリスは、灯りを落とし、静かに息を吐いた。
売られた少女だった頃、
境界は、他人が引くものだった。
だが今は――
越えさせない境界を、自分で決めている。
フェリス・リンクスは、この日、確信した。
境界とは、壁ではない。
覚悟を示す線だ。
そしてその線を引ける者こそが、
次の局面へ進む資格を持つのだと。
朝霧が、領地の外縁を白く覆っていた。
フェリス・リンクスは、境界標の前に立ち、静かに周囲を見渡す。
見張りの兵は緊張を保っているが、過度ではない。――それが、この地の“今”の状態だった。
(……守れている)
だが、守れているからこそ、踏み込もうとする者が現れる。
---
「領主様」
兵の一人が、小さく声を落とす。
「先ほどから、向こうの丘に人影が」
フェリスは、双眼鏡を受け取り、覗いた。
数人。
武装は控えめ。
だが、動きは洗練されている。
(……偵察ね)
敵意を見せず、
しかし、確実に測っている。
「追いません」
フェリスは、即断した。
「見せたいのは、“余裕”です」
兵が、理解したように頷く。
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正午。
境界線を挟んだ向こう側から、使者が一人、歩いてきた。
馬も、護衛も連れていない。
「ここより先は、当領です」
兵が、定型の文句を告げる。
「承知している」
使者は、穏やかな口調で答えた。
「私は、帝都の某家より参った」
“某家”。
名を伏せる時点で、意図は明白だ。
---
フェリスが、一歩前に出る。
「用件は?」
「ご当主は、あなたを高く評価している」
「評価は、必要ありません」
フェリスは、遮った。
「要件を」
使者は、わずかに眉を動かす。
「……協力の打診です」
「どの立場で?」
短い問い。
「帝国の安定のために」
フェリスは、しばし黙った後、答えた。
「安定とは、誰にとっての?」
使者は、答えられなかった。
---
「ここから先は、入りません」
フェリスは、境界標に手を置いた。
「この線は、
力ではなく、合意で引かれています」
視線を、真っ直ぐ向ける。
「踏み越えるなら、
名を名乗り、条件を示してください」
使者は、深く一礼した。
「……今日は、引きます」
それだけ言い残し、踵を返す。
越えなかった。
それが、何よりの結果だった。
---
領主館に戻り、フェリスは簡潔な記録を残した。
誰が来たか。
何を言ったか。
何を言わなかったか。
(……言わなかったことの方が、多い)
そこに、本音がある。
---
夕刻。
辺境伯代理ローディスから、短い暗号文。
> 今日は線を守った。
次は、線を動かそうとする。
準備を。
フェリスは、地図を広げ、境界線をなぞる。
(……動かす、か)
奪われるのではなく、
奪いに行くのでもない。
交渉で、再定義する。
---
夜。
皇帝アーシュ・レーシャーからの私信が届いた。
> 境界に立つ者は、
いずれ境界を決める側になる。
立ち方を、忘れるな。
フェリスは、灯りを落とし、静かに息を吐いた。
売られた少女だった頃、
境界は、他人が引くものだった。
だが今は――
越えさせない境界を、自分で決めている。
フェリス・リンクスは、この日、確信した。
境界とは、壁ではない。
覚悟を示す線だ。
そしてその線を引ける者こそが、
次の局面へ進む資格を持つのだと。
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