『婚約者に売られましたが、買い戻したのは皇帝でした ――メイド扱いのはずが、なぜか溺愛されています

鷹 綾

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第38話 揺れる中央

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第38話 揺れる中央

 変化は、外からではなく――
 内側から起き始めた。


---

「……中央で、騒がしくなっています」

 朝の報告で、書記官が慎重に切り出す。

「具体的には?」

「グラント商会内部で、
 契約方針を巡る対立が表面化しています」

 フェリス・リンクスは、手を止めた。

(……来た)

 切った糸は、外に影響を与える前に、
 まず自分たちの手を縛る。


---

「下請けが、戻らない?」

「はい。
 むしろ、
 フェリス領との直接契約を理由に、
 独立を進めています」

 書記官は、言葉を選ぶ。

「……中央の統制が、
 効かなくなりつつあると」

 フェリスは、静かに頷いた。

 当然だ。

 無理に締めれば、
 人は逃げる。

 それも、
 逃げ先が“安全”だと分かっていれば。


---

 昼。

 帝都から、非公式の打診が届く。

 名は伏せられていたが、
 文面は明らかに、
 中央中枢に近い。

> 現行の取引条件について、
再検討の余地はあるか。



 フェリスは、即答しなかった。

 代わりに、書簡を机に置く。

「……誰から?」

「“関係者”としか」

 フェリスは、小さく笑った。

「関係者、ですか」

 都合のいい言葉だ。


---

「返書は?」

「しません」

 一同が、息を呑む。

「こちらから条件を動かす理由は、
 まだありません」

 強気ではない。
 事実だ。

「動くなら、向こうです」


---

 夕刻。

 別の報告が入る。

「中央系商会の一部が、
 水面下で当領との再接触を試みています」

「公式には?」

「ありません」

 フェリスは、机に指を置く。

「……公式でなければ、受けません」

 裏口は、
 必ず歪みを残す。


---

 夜。

 フェリスは、静かな執務室で、一人考えていた。

 売られた時、
 自分は“商品”だった。

 価値を決めるのは、他人。
 値段をつけるのも、他人。

 だが今は――

(価値を、こちらが決めている)

 取引条件。
 関係の距離。
 踏み込ませる範囲。

 すべて、
 自分の判断だ。


---

 机の上に、皇帝からの短い私信が置かれていた。

> 中央は、
自分で揺らした床に、
足を取られている。

焦るな。
いま、
一番危険なのは、
勝ったと思うことだ。



 フェリスは、ゆっくりと息を吐いた。

(……ええ)

 勝ってはいない。
 まだ、均衡が崩れただけ。


---

 窓の外、夜風が、灯りを揺らす。

 フェリス・リンクスは、この夜、確信していた。

 中央が揺れているのは、
 誰かが殴ったからではない。

 自分で、無理な力をかけたからだ。

 そして――
 こちらがすべきことは、
 その揺れを止めることでも、
 煽ることでもない。

 倒れない位置で、
 静かに立ち続けること。

 それが、
 この局面での、
 最も残酷で、
 最も確実な一手なのだと。
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