婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ～偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う～

第22話: ルキノの懇願

第22話: ルキノの懇願

王宮の北側、静かな回廊の奥にある小部屋。

ルキノ・エドワードは、窓辺に立って外を眺めていた。  
金髪は乱れ、碧眼には深い隈が浮かんでいる。  
王太子の威厳は、すっかり失われていた。

扉が、静かにノックされた。

「……入れ」

入ってきたのは、アプリリアだった。  
淡い緑のドレスを纏い、黒髪を優雅にまとめている。  
隣には、ガイアが控えていた。

ルキノの顔が、一瞬明るくなった。

「アプリリア……来てくれたのか」

アプリリアは、静かに一礼した。

「ルキノ殿下。  
お呼びと伺いましたので」

ルキノは、慌てて椅子を勧めた。

「座ってくれ。  
二人とも」

ガイアは無言でアプリリアの後ろに立ち、警戒を解かない。

ルキノは、深く息を吸った。

「アプリリア。  
俺は……お前に、謝りたい」

アプリリアは、静かに座ったまま、ルキノを見た。

「謝罪……ですか」

ルキノは、膝に手を置き、頭を下げた。

「婚約破棄のすべてが、俺の過ちだった。  
エテルナの言葉を信じ、お前の声を聞かずに……  
公衆の面前で、あんな屈辱を与えた」

その声は、震えていた。

「儀式の時、お前の聖女の力を見た時、  
俺は、すべてを失ったと知った。  
お前を、捨てたのは、俺の人生最大の愚行だった」

アプリリアは、無言で聞いていた。

ルキノが、顔を上げ、必死の目でアプリリアを見つめた。

「もう一度……やり直せないか？  
お前を、王妃に迎えたい。  
王国を、一緒に守りたい。  
俺には、お前が必要だ」

その言葉に、ガイアの瞳が鋭く光った。

アプリリアは、静かに首を振った。

「ルキノ殿下。  
遅すぎます」

ルキノの顔が、青ざめる。

「アプリリア……俺は、本気だ。  
エテルナの嘘に騙された。  
お前への気持ちは、今も変わらない。  
いや、むしろ、失ってから、どれだけお前を愛していたか、わかった」

アプリリアは、立ち上がった。

「愛……ですか。  
あなたは、私を愛していたのではなく、  
『完璧な王妃』を手に入れたかっただけでしょう」

ルキノが、慌てて立ち上がる。

「違う！  
お前の優しさ、強さ、笑顔……  
すべてが、俺の心を満たしていた。  
お前がいなくなってから、毎日が空っぽだ」

アプリリアの声は、冷たかった。

「では、なぜあの時、私の言葉を信じなかったのですか？  
偽の手紙一つで、私を切り捨てた。  
エテルナの涙に、簡単に騙された」

ルキノは、言葉に詰まった。

「……俺は、弱かった。  
王太子としての責任に、怯えていた。  
民の声、貴族の声に、流された」

アプリリアは、一歩近づいた。

「あなたは、無能だったわけではありません。  
ただ、私を、守る強さがなかっただけです」

その言葉が、ルキノの胸を刺す。

ガイアが、静かに口を開いた。

「殿下。  
アプリリアは、もうお前のものじゃない」

ルキノが、ガイアを睨む。

「騎士団長……お前が、アプリリアを……」

アプリリアは、ガイアの手を取った。

「ええ。  
私は、ガイアを選びました。  
彼は、私を守ってくれました。  
辺境で、戦場で、心まで」

ルキノの目から、涙がこぼれた。

「……そうか。  
俺は、すべてを失った」

彼は、ゆっくりと膝をついた。

「アプリリア。  
許しは、乞わない。  
ただ……謝らせてくれ。  
お前に、与えた痛みを、生涯忘れない」

アプリリアは、静かにルキノを見下ろした。

「ルキノ殿下。  
あなたが、王位を失う危機にあるのは知っています。  
民の不満、無能さの露呈……  
でも、それは、あなたが選んだ道の結果です」

ルキノが、震える声で言った。

「王位など、もうどうでもいい。  
お前を、失った時点で、俺はすべてを失った」

アプリリアは、最後に言った。

「では、自分の過ちと、向き合ってください。  
王国を、ちゃんと守れる王になるか、  
それとも、退位するか」

彼女は、ガイアの手を引いて、部屋を出た。

扉が閉まる音。

ルキノは、一人残され、床に崩れ落ちた。

「アプリリア……すまなかった……」

嗚咽が、部屋に響く。

廊下に出たアプリリアは、静かに息を吐いた。

ガイアが、優しく肩を抱く。

「よく、言ったな」

アプリリアは、ガイアに寄りかかった。

「少し、胸が痛かった。  
でも、もう終わったわ」

二人は、手を繋いで歩き始めた。

ルキノの懇願は、冷たく拒否された。

彼の無能さが、さらに露呈した一日。

王位の危機は、現実味を帯び始める。

重臣たちの間では、  
「王太子は、もう限界だ」  
という声が高まっていた。

アプリリアは、もう振り返らない。

ガイアの温もりが、すべて。

ルキノの転落は、  
静かに、しかし確実に進んでいた。

王宮の空は、  
アプリリアの勝利を祝福するように、晴れていた。