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第12話 溺愛は、静かに始まる
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第12話 溺愛は、静かに始まる
――変化は、音もなく始まった。
派手な言葉も、甘い宣言もない。
ただ、日常の隙間に、少しずつ。
その朝、私は書斎で本を読んでいた。
孤児院関連の資料――ではない。
純粋な娯楽小説だ。
(……読んでいて、罪悪感がない)
それだけで、かなりの進歩だと思う。
ノック。
「セレナ」 「どうぞ」
クロードが入ってくる。
手には、書類一式。
「これ、目を通してほしい」 「……あら?」
反射的に受け取りかけて、私は止まった。
「公爵」 「なんだ」 「“今日は自由行動”では?」 「そうだ」
彼は、即答した。
「だから、頼み方を変えた」 「……頼み方?」
「“見てくれたら助かる”。
義務ではない」
私は、書類と彼の顔を見比べる。
(……ずるい)
王宮時代なら、
“至急”“当然”“君がやるべき”
そのどれかだった。
「……では、一部だけ」 「十分だ」
それだけ言って、彼は引いた。
机の向かいには座らない。
立ったまま、待つ。
(圧をかけない……ですって?)
私は、思わず苦笑した。
***
昼食後。
「散歩に行く」 「……お仕事では?」 「休養だ」
断定。
庭園を歩く。
風は穏やかで、木陰が心地よい。
「王宮では、こういう時間は?」 「ありませんでした」
即答。
「“何も生まない時間”は、無駄だと」 「……間違いだな」
クロードは、そう言った。
「人は、余白がないと壊れる」
その言葉は、
まるで“経験談”のようだった。
「……公爵も?」 「昔はな」
それ以上、彼は語らなかった。
でも――十分だった。
沈黙が、気まずくない。
それが、何より不思議だ。
***
夕刻。
私は、部屋でうとうとしてしまったらしい。
気づくと、肩に何かが掛けられている。
――外套。
クロードのものだ。
「……起きているか」 「……少しだけ」
彼は、外套を直そうとして、
私の指先に、わずかに触れた。
一瞬。
何も起きない。
なのに、心臓だけが反応する。
「冷える」 「……はい」
彼は、それ以上近づかない。
触れない。
奪わない。
でも、守る。
(……溺愛って)
(こんなに、静かでしたのね)
夜。
私は、ベッドに入りながら考える。
白い結婚。
契約。
合理性。
それらは、まだここにある。
でも――
(その上に、
“気遣い”という、余計な層が重なってきていますわ)
重いわけではない。
むしろ、温かい。
その頃、クロードは執務室にいた。
「……落ち着かないな」
独り言が、零れる。
彼は気づいていない。
自分がすでに、
“契約以上”をしていることに。
そして私は――
(……嫌じゃない)
それどころか。
(このまま、
少しずつ仕様変更されても……)
そう思ってしまった時点で、
溺愛は、もう始まっている。
---
――変化は、音もなく始まった。
派手な言葉も、甘い宣言もない。
ただ、日常の隙間に、少しずつ。
その朝、私は書斎で本を読んでいた。
孤児院関連の資料――ではない。
純粋な娯楽小説だ。
(……読んでいて、罪悪感がない)
それだけで、かなりの進歩だと思う。
ノック。
「セレナ」 「どうぞ」
クロードが入ってくる。
手には、書類一式。
「これ、目を通してほしい」 「……あら?」
反射的に受け取りかけて、私は止まった。
「公爵」 「なんだ」 「“今日は自由行動”では?」 「そうだ」
彼は、即答した。
「だから、頼み方を変えた」 「……頼み方?」
「“見てくれたら助かる”。
義務ではない」
私は、書類と彼の顔を見比べる。
(……ずるい)
王宮時代なら、
“至急”“当然”“君がやるべき”
そのどれかだった。
「……では、一部だけ」 「十分だ」
それだけ言って、彼は引いた。
机の向かいには座らない。
立ったまま、待つ。
(圧をかけない……ですって?)
私は、思わず苦笑した。
***
昼食後。
「散歩に行く」 「……お仕事では?」 「休養だ」
断定。
庭園を歩く。
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「王宮では、こういう時間は?」 「ありませんでした」
即答。
「“何も生まない時間”は、無駄だと」 「……間違いだな」
クロードは、そう言った。
「人は、余白がないと壊れる」
その言葉は、
まるで“経験談”のようだった。
「……公爵も?」 「昔はな」
それ以上、彼は語らなかった。
でも――十分だった。
沈黙が、気まずくない。
それが、何より不思議だ。
***
夕刻。
私は、部屋でうとうとしてしまったらしい。
気づくと、肩に何かが掛けられている。
――外套。
クロードのものだ。
「……起きているか」 「……少しだけ」
彼は、外套を直そうとして、
私の指先に、わずかに触れた。
一瞬。
何も起きない。
なのに、心臓だけが反応する。
「冷える」 「……はい」
彼は、それ以上近づかない。
触れない。
奪わない。
でも、守る。
(……溺愛って)
(こんなに、静かでしたのね)
夜。
私は、ベッドに入りながら考える。
白い結婚。
契約。
合理性。
それらは、まだここにある。
でも――
(その上に、
“気遣い”という、余計な層が重なってきていますわ)
重いわけではない。
むしろ、温かい。
その頃、クロードは執務室にいた。
「……落ち着かないな」
独り言が、零れる。
彼は気づいていない。
自分がすでに、
“契約以上”をしていることに。
そして私は――
(……嫌じゃない)
それどころか。
(このまま、
少しずつ仕様変更されても……)
そう思ってしまった時点で、
溺愛は、もう始まっている。
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