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第11話 白い結婚、仕様書にない温度
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第11話 白い結婚、仕様書にない温度
翌朝。
――つまり、私の人生から「王宮」という案件が完全に消えた翌朝。
私は、珍しく早く目が覚めてしまった。
(……静かですわね)
怒鳴り声も、至急の呼び出しもない。
時間に追われる気配すらない。
ベッドの中で、ぼんやりと思う。
(これが、“何も起きない朝”……)
悪くない。
むしろ、癖になりそうだ。
ノックは三回。
規則正しく、控えめ。
「奥様、お目覚めでいらっしゃいますか」
メイド長の声だ。
「ええ、どうぞ」
「本日の予定ですが……」
私は、身構えた。
反射的に。
「――特に、ございません」 「……はい?」
「公爵様より、“夫人は自由行動”とのご指示です」
……自由行動。
私は、ゆっくりと瞬きをした。
「本当に?」 「はい。なお、朝食はご一緒にとのことです」
それは……
自由行動に含まれるのでしょうか。
***
朝食の席。
クロードは、いつも通り静かにパンを口にしていた。
「……何か?」
視線に気づき、短く問われる。
「いいえ。ただ……」 「?」 「白い結婚の仕様書に、“毎朝一緒に朝食”は含まれていましたか?」
彼の手が、ぴたりと止まった。
「……いや」 「ですよね」
私は紅茶を一口飲む。
「では、これは?」 「……効率がいい」 「何の?」 「情報共有だ」
――出ました。
合理性という名の万能ワード。
「昨夜、王宮からの正式文書が届いた」 「ええ。もう終わった話ですわ」 「それでも、君に知らせるべきだと思った」
私は、少しだけ驚いた。
“知らせる義務がある”ではなく、
“知らせたい”に近い言い方だったから。
「……ありがとうございます」
その言葉に、クロードはわずかに視線を逸らした。
「それと」 「はい」 「今日は、城下の視察に出る」 「……お仕事ですか?」 「半分は。半分は……」
言葉を探す、ほんの一瞬。
「君のためだ」 「……私の?」
「王宮の件が片付いた。
君は、次に何をしたい?」
その問いは、
これまで一度も、誰からも向けられたことがなかった。
「……考えたことが、ありませんでした」 「なら、考える時間が必要だ」
それは、命令でも契約でもない。
ただの、提案。
(……ずるいですわ)
こんな言い方をされたら、
断る理由が見つからない。
***
城下町は、穏やかだった。
店先の人々は、私を見ると一瞬驚き、
すぐに、自然に頭を下げる。
「公爵夫人様」 「……こんにちは」
“様”と呼ばれているのに、
何かを求められない。
それが、妙に新鮮だった。
「ここは、孤児院だ」
クロードが、立ち止まる。
「以前、支援が滞っていた」 「……王宮の、ですね」 「ああ。今は、公爵領が直接管理している」
子どもたちの笑い声が、聞こえた。
胸の奥が、少しだけ痛む。
――かつて、私が守ろうとしていた場所。
「関わりたいなら、関わっていい」 「……条件は?」 「ない」
私は、足を止めた。
「それは……危険ですわ」 「何がだ」 「私、放っておくと、全部やります」 「それで?」 「自覚なく、働きすぎます」
彼は、少し考えてから言った。
「では、制限をつける」 「公爵が?」 「夫として」
心臓が、跳ねた。
(……今、何と?)
私は、慌てて視線を逸らす。
「……白い結婚、ですよね」 「そうだ」 「なら、“夫として”は仕様外では?」 「仕様は、更新できる」
淡々とした声。
なのに、不意打ち。
「君は、もう一人で抱えなくていい」 「……」
言葉が、出てこなかった。
守られる、というのは。
こんなにも、静かで、温度があるものなのか。
城に戻る馬車の中。
「今日は、どうだった」
クロードが聞く。
「……少し、疲れました」 「休め」 「はい」
素直に、そう答えられた自分に驚く。
白い結婚。
形式だけの関係。
けれど――
(仕様書にない温度が、増えてきていますわね)
それを、不安だとは思わなかった。
むしろ。
(……悪くない)
そう思ってしまった時点で、
もう“ただの契約”ではないのかもしれない。
翌朝。
――つまり、私の人生から「王宮」という案件が完全に消えた翌朝。
私は、珍しく早く目が覚めてしまった。
(……静かですわね)
怒鳴り声も、至急の呼び出しもない。
時間に追われる気配すらない。
ベッドの中で、ぼんやりと思う。
(これが、“何も起きない朝”……)
悪くない。
むしろ、癖になりそうだ。
ノックは三回。
規則正しく、控えめ。
「奥様、お目覚めでいらっしゃいますか」
メイド長の声だ。
「ええ、どうぞ」
「本日の予定ですが……」
私は、身構えた。
反射的に。
「――特に、ございません」 「……はい?」
「公爵様より、“夫人は自由行動”とのご指示です」
……自由行動。
私は、ゆっくりと瞬きをした。
「本当に?」 「はい。なお、朝食はご一緒にとのことです」
それは……
自由行動に含まれるのでしょうか。
***
朝食の席。
クロードは、いつも通り静かにパンを口にしていた。
「……何か?」
視線に気づき、短く問われる。
「いいえ。ただ……」 「?」 「白い結婚の仕様書に、“毎朝一緒に朝食”は含まれていましたか?」
彼の手が、ぴたりと止まった。
「……いや」 「ですよね」
私は紅茶を一口飲む。
「では、これは?」 「……効率がいい」 「何の?」 「情報共有だ」
――出ました。
合理性という名の万能ワード。
「昨夜、王宮からの正式文書が届いた」 「ええ。もう終わった話ですわ」 「それでも、君に知らせるべきだと思った」
私は、少しだけ驚いた。
“知らせる義務がある”ではなく、
“知らせたい”に近い言い方だったから。
「……ありがとうございます」
その言葉に、クロードはわずかに視線を逸らした。
「それと」 「はい」 「今日は、城下の視察に出る」 「……お仕事ですか?」 「半分は。半分は……」
言葉を探す、ほんの一瞬。
「君のためだ」 「……私の?」
「王宮の件が片付いた。
君は、次に何をしたい?」
その問いは、
これまで一度も、誰からも向けられたことがなかった。
「……考えたことが、ありませんでした」 「なら、考える時間が必要だ」
それは、命令でも契約でもない。
ただの、提案。
(……ずるいですわ)
こんな言い方をされたら、
断る理由が見つからない。
***
城下町は、穏やかだった。
店先の人々は、私を見ると一瞬驚き、
すぐに、自然に頭を下げる。
「公爵夫人様」 「……こんにちは」
“様”と呼ばれているのに、
何かを求められない。
それが、妙に新鮮だった。
「ここは、孤児院だ」
クロードが、立ち止まる。
「以前、支援が滞っていた」 「……王宮の、ですね」 「ああ。今は、公爵領が直接管理している」
子どもたちの笑い声が、聞こえた。
胸の奥が、少しだけ痛む。
――かつて、私が守ろうとしていた場所。
「関わりたいなら、関わっていい」 「……条件は?」 「ない」
私は、足を止めた。
「それは……危険ですわ」 「何がだ」 「私、放っておくと、全部やります」 「それで?」 「自覚なく、働きすぎます」
彼は、少し考えてから言った。
「では、制限をつける」 「公爵が?」 「夫として」
心臓が、跳ねた。
(……今、何と?)
私は、慌てて視線を逸らす。
「……白い結婚、ですよね」 「そうだ」 「なら、“夫として”は仕様外では?」 「仕様は、更新できる」
淡々とした声。
なのに、不意打ち。
「君は、もう一人で抱えなくていい」 「……」
言葉が、出てこなかった。
守られる、というのは。
こんなにも、静かで、温度があるものなのか。
城に戻る馬車の中。
「今日は、どうだった」
クロードが聞く。
「……少し、疲れました」 「休め」 「はい」
素直に、そう答えられた自分に驚く。
白い結婚。
形式だけの関係。
けれど――
(仕様書にない温度が、増えてきていますわね)
それを、不安だとは思わなかった。
むしろ。
(……悪くない)
そう思ってしまった時点で、
もう“ただの契約”ではないのかもしれない。
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