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第17話 選択は、静かに下される
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第17話 選択は、静かに下される
翌朝。
城は、いつも通りの静けさに包まれていた。
――静かすぎるほどに。
セレナは、いつもより早く目を覚まし、身支度を整えていた。
鏡に映る自分の顔は、落ち着いている。
少なくとも、そう見えた。
(逃げない、と言ったのですもの)
それは、クロードに向けた言葉であり、
同時に、自分自身への宣言でもあった。
***
執務室。
クロードは、すでに席についていた。
昨夜から、ほとんど眠っていない。
王宮からの圧力。
評議会の動き。
外交上の火種。
だが――
(問題は、そこじゃない)
彼の視線は、扉へ向いていた。
ノック。
「入れ」
セレナが入ってくる。
いつもと変わらない所作。
だが、どこか“決意”の輪郭がある。
「公爵」 「……クロードでいい」
もう、訂正するのは自然だった。
「クロード。
少し、時間をいただけますか」 「もちろんだ」
彼女は、机の前に立つのではなく、
彼の正面に、きちんと向き合って立った。
「王宮の件ですが」 「聞いている」 「私は……一つ、提案があります」
クロードは、黙って頷く。
「白い結婚を、“否定”する必要はありません」 「……続けてくれ」
「でも、“盾”のままではいられない。
王宮は、そこを突いてきます」
セレナの声は、冷静だった。
「ですから――
私たちが、内側から定義し直すのです」
クロードの眉が、わずかに動く。
「定義、だと?」 「はい」
彼女は、一歩踏み出した。
「白い結婚であるかどうかは、
“触れたか”“同衾したか”では決まりません」
言葉を選びながら、続ける。
「互いを尊重し、守り、
人生を共にする意思があるかどうか」
クロードの胸が、強く打った。
「それなら――」
セレナは、はっきりと言った。
「私たちは、もう夫婦です」
沈黙。
重く、しかし不快ではない沈黙。
「……それは」 「覚悟の、表明です」
彼女は、視線を逸らさない。
「王宮がどう言おうと、
私はここに残ります」
「セレナ……」
クロードは、椅子から立ち上がった。
「君は、それで――」 「後悔しません」
即答だった。
「私は、もう“便利な役割”には戻らない。
ここで、あなたと生きることを選びます」
その言葉は、
彼の中で最後の迷いを切り落とした。
「……分かった」
低く、しかし確かな声。
「なら、私も選ぶ」
クロードは、一歩近づく。
「白い結婚という言葉を、
外向けの呼称として残す」
セレナが、瞬きをする。
「だが、内側では違う」 「……どう違うのですか」
彼は、ほんの一瞬だけ迷い――
そして、言った。
「君は、私の妻だ。
守る対象ではない。並び立つ存在だ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「それで、十分ですわ」
セレナは、微笑んだ。
その瞬間。
執務室の重たい空気が、すっとほどけた。
***
その日の午後。
公爵家から、正式な回答が王宮へ送られた。
――
アイゼン公爵家として、
婚姻の正当性に一切の疑義はない。
本件について、これ以上の干渉は
内政不干渉の原則に反するものと見なす。
――
簡潔で、強い文面。
王宮は、沈黙した。
***
夕刻。
テラスに並び立つ二人。
「……静かですね」 「ああ」
風が、柔らかく吹く。
「選択は、これで良かったのでしょうか」 「良かった」
クロードは、迷いなく答えた。
「静かすぎて、拍子抜けしますわ」 「嵐は、静かな決断のあとに来るものだ」
セレナは、くすっと笑った。
「では、嵐も一緒に」 「ああ。一緒にだ」
白い結婚。
それはもう、逃げ場ではない。
選び取った、関係だった。
夜空に、星が灯る。
静かに。
だが、確かに。
二人は、同じ方向を見ていた。
---
翌朝。
城は、いつも通りの静けさに包まれていた。
――静かすぎるほどに。
セレナは、いつもより早く目を覚まし、身支度を整えていた。
鏡に映る自分の顔は、落ち着いている。
少なくとも、そう見えた。
(逃げない、と言ったのですもの)
それは、クロードに向けた言葉であり、
同時に、自分自身への宣言でもあった。
***
執務室。
クロードは、すでに席についていた。
昨夜から、ほとんど眠っていない。
王宮からの圧力。
評議会の動き。
外交上の火種。
だが――
(問題は、そこじゃない)
彼の視線は、扉へ向いていた。
ノック。
「入れ」
セレナが入ってくる。
いつもと変わらない所作。
だが、どこか“決意”の輪郭がある。
「公爵」 「……クロードでいい」
もう、訂正するのは自然だった。
「クロード。
少し、時間をいただけますか」 「もちろんだ」
彼女は、机の前に立つのではなく、
彼の正面に、きちんと向き合って立った。
「王宮の件ですが」 「聞いている」 「私は……一つ、提案があります」
クロードは、黙って頷く。
「白い結婚を、“否定”する必要はありません」 「……続けてくれ」
「でも、“盾”のままではいられない。
王宮は、そこを突いてきます」
セレナの声は、冷静だった。
「ですから――
私たちが、内側から定義し直すのです」
クロードの眉が、わずかに動く。
「定義、だと?」 「はい」
彼女は、一歩踏み出した。
「白い結婚であるかどうかは、
“触れたか”“同衾したか”では決まりません」
言葉を選びながら、続ける。
「互いを尊重し、守り、
人生を共にする意思があるかどうか」
クロードの胸が、強く打った。
「それなら――」
セレナは、はっきりと言った。
「私たちは、もう夫婦です」
沈黙。
重く、しかし不快ではない沈黙。
「……それは」 「覚悟の、表明です」
彼女は、視線を逸らさない。
「王宮がどう言おうと、
私はここに残ります」
「セレナ……」
クロードは、椅子から立ち上がった。
「君は、それで――」 「後悔しません」
即答だった。
「私は、もう“便利な役割”には戻らない。
ここで、あなたと生きることを選びます」
その言葉は、
彼の中で最後の迷いを切り落とした。
「……分かった」
低く、しかし確かな声。
「なら、私も選ぶ」
クロードは、一歩近づく。
「白い結婚という言葉を、
外向けの呼称として残す」
セレナが、瞬きをする。
「だが、内側では違う」 「……どう違うのですか」
彼は、ほんの一瞬だけ迷い――
そして、言った。
「君は、私の妻だ。
守る対象ではない。並び立つ存在だ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「それで、十分ですわ」
セレナは、微笑んだ。
その瞬間。
執務室の重たい空気が、すっとほどけた。
***
その日の午後。
公爵家から、正式な回答が王宮へ送られた。
――
アイゼン公爵家として、
婚姻の正当性に一切の疑義はない。
本件について、これ以上の干渉は
内政不干渉の原則に反するものと見なす。
――
簡潔で、強い文面。
王宮は、沈黙した。
***
夕刻。
テラスに並び立つ二人。
「……静かですね」 「ああ」
風が、柔らかく吹く。
「選択は、これで良かったのでしょうか」 「良かった」
クロードは、迷いなく答えた。
「静かすぎて、拍子抜けしますわ」 「嵐は、静かな決断のあとに来るものだ」
セレナは、くすっと笑った。
「では、嵐も一緒に」 「ああ。一緒にだ」
白い結婚。
それはもう、逃げ場ではない。
選び取った、関係だった。
夜空に、星が灯る。
静かに。
だが、確かに。
二人は、同じ方向を見ていた。
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