完璧すぎるので捨てられましたが、冷徹公爵と“白い結婚”したら元婚約者が先に壊れました

鷹 綾

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第19話 距離、ゼロではないけれど

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 距離は、確かに保たれていた。

 廊下ですれ違えば、立ち止まって挨拶をする。
 食事は同席するが、席は向かい。
 夜は、それぞれの部屋へ戻る。

 ――形式上は。

(……おかしいですわね)

 セレナは、自室の窓辺で本を閉じた。

 物理的な距離は、むしろ以前より明確だ。
 曖昧さはない。触れない。越えない。

 なのに。

(存在感が、近い)

 城のどこにいても、
 クロードの気配が“分かる”。

 執務室に灯りがつけば、まだ起きている。
 中庭が静かなら、巡回は終わった。
 足音だけで、機嫌まで推測できる。

(……これ、夫婦というより)

(共同生活が長い戦友ですわね)

 ***

 その日の午後。

 セレナは、図書室で資料を整理していた。
 仕事ではない。
 “やりたいからやっている”分類だ。

「……ここにいたか」

 クロードの声。

「どうかなさいました?」 「いや……」

 言い淀むのは珍しい。

「散歩に出るが」 「はい」 「……同行するか?」

 誘い方が、不器用すぎる。

 セレナは、少しだけ考え――頷いた。

「ええ。少しだけ」

 ***

 城の外周を歩く。
 並んで、同じ速度で。

 話題は、取り留めもないものだった。

「最近、城下のパンが甘くなった」 「公爵の顔が穏やかだからでしょう」 「……関係あるのか」 「ありますわ。上が変わると、下も変わります」

 クロードは、苦笑した。

「君が来てから、皆が変わった」 「私が来てから、
 “怒鳴る必要がなくなった”だけです」

 沈黙。

 風が、心地よい。

「……セレナ」 「はい」 「距離は、このままでいいか」

 唐突だったが、
 問いは真剣だった。

「ゼロにする必要は、ない」 「ええ」

 セレナは、立ち止まる。

「今は、この距離が一番、自然ですわ」 「……そうか」

 少しだけ、安堵した声。

「でも」 「……?」

「感情まで距離を取る必要は、ありません」

 クロードの足が、止まった。

「それは――」 「逃げない、という意味です」

 セレナは、静かに続ける。

「触れなくても、
 隣に立たなくても」

 彼を見る。

「私は、ここにいます」

 クロードは、言葉を失った。

(……これは)

(近い。
 距離ゼロより、よほど近い)

 ***

 夜。

 クロードは、執務室で一人、考えていた。

 触れない。
 踏み込まない。
 だが、拒絶もされていない。

(……難しい)

 だが同時に、
 こんな関係を“大切”だと思っている自分がいる。

 その頃、セレナも同じことを考えていた。

(距離があるから、
 安心できる)

(安心できるから、
 感情が育つ)

 それは、
 急がない関係。

 無理に進めない関係。

 でも――

(止まっても、いませんわね)

 夜更け。

 城は静まり返り、
 二人はそれぞれの部屋で、同じ空を見ていた。

 距離は、ゼロではない。

 けれど。

 心の位置は、
 もうとっくに並んでいる。


---
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