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第3話 守られるべき平民令嬢
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第3話 守られるべき平民令嬢
王都の社交界は、思った以上に現金だった。
昨夜まで「完璧な王太子妃候補」と持て囃されていたヴェルティア・アルセインの名は、今や“過去の人”として扱われつつある。代わりに、人々の興味を一身に集めていたのは、アルベリク・レオルド王太子の新しい想い人――平民出身の令嬢だった。
「なんて健気なのかしら」 「殿下を支えようと一生懸命で……」 「やはり、守ってあげたくなる女性が一番ですわね」
貴族令嬢たちは、柔らかな笑みを浮かべながら口々にそう語る。
その言葉の端々には、無意識の優越感と、わずかな好奇心が滲んでいた。
平民令嬢――名をリリアと言った。
彼女は決して目立つ容姿ではない。だが、控えめな微笑みと、困ったように伏せられる視線が、「庇護欲」を刺激するタイプだった。
「殿下……私、こんな場にいていいのでしょうか……」
王宮の一室。
豪奢な調度品に囲まれながら、リリアは小さく肩をすくめる。
「何を言う」
アルベリクは即座に否定した。
「君は特別だ。
身分など関係ない。私は、君を守ると決めた」
その言葉に、リリアはぱっと顔を上げ、潤んだ瞳で王太子を見つめる。
「……ありがとうございます、殿下」
その様子に、アルベリクは満足げに頷いた。
(これだ)
彼が求めていたのは、まさにこういう反応だった。
自分の言葉一つで、相手の表情が変わる。
頼られ、感謝され、必要とされる。
かつて婚約者だったヴェルティアは、違った。
何を言っても冷静で、先回りし、完璧に処理する。
自分が導いているはずなのに、いつの間にか“支えられている”立場になっている錯覚。
(男として、あれは息苦しかった)
アルベリクは、そう自分に言い聞かせるように、リリアの肩に手を置いた。
一方その頃。
アルセイン公爵家の一室で、ヴェルティアは社交界の報告書に目を通していた。
執事が、淡々と情報を読み上げる。
「……王太子殿下は、新しい令嬢を伴い、次回の夜会にも出席予定とのことです」 「社交界では、“庇護される純真な平民令嬢”として好意的な噂が広まっております」
「そう」
ヴェルティアは、特に表情を変えずに頷いた。
(予想通りね)
むしろ、想定よりも早い。
アルベリクは、自分が“正しい選択をした”と証明したくて仕方がないのだろう。
――私を切り捨てた判断は間違っていない。
――新しい女性こそが理想だ。
そう思い込むために、周囲の賛同が必要なのだ。
「お嬢様……」
執事が、わずかに言い淀む。
「……何か?」
「いえ。ただ……」 「皆様、お嬢様が取り乱さないことを、不思議に思っておられるようで」
ヴェルティアは、ふっと小さく笑った。
「泣いてほしいのかしら」
「……おそらく」
「困ったものね」
彼女は窓の外に視線を向ける。
そこにあるのは、いつもと変わらない王都の景色。
(私が泣いたところで、何が変わるというの)
むしろ、泣けば“可哀想な捨てられた令嬢”として、消費されるだけだ。
――守られるべき存在。
その言葉が、脳裏をよぎる。
(あの方は、きっと気づいていない)
守られる必要があるということは、
同時に、自分で立てないということでもある。
ヴェルティアは、机に置かれた一通の書簡に視線を落とした。
差出人は、セーブル・フォン・グラナート。
まだ開封していない。
だが、彼女はなぜか、その存在を強く意識していた。
(私は……守られたいわけじゃない)
求めているのは、対等であること。
そして、自由。
一方、王宮では小さな混乱が起き始めていた。
「殿下、この資料の件ですが……」 「それは次の会議では?」
「いえ、すでに期限が……」
侍従たちのやり取りが、どこか噛み合わない。
アルベリクは苛立ちを隠さず、声を荒げた。
「そんな些細なこと、各自で判断しろ!」
だが、その“些細なこと”こそが、国政を支えていた歯車だった。
かつて、それらを無言で整えていた人物がいたことを、
誰もまだ、はっきりとは口にしない。
――守られるべき平民令嬢。
――完璧すぎて不要とされた元婚約者。
その対比が、ゆっくりと、しかし確実に、
王都の運命を分け始めていた。
ヴェルティア・アルセインは、まだ何もしていない。
ただ、黙って自分の場所に立っているだけだ。
それでも世界は、少しずつ彼女のいない“歪み”を露わにし始めていた。
王都の社交界は、思った以上に現金だった。
昨夜まで「完璧な王太子妃候補」と持て囃されていたヴェルティア・アルセインの名は、今や“過去の人”として扱われつつある。代わりに、人々の興味を一身に集めていたのは、アルベリク・レオルド王太子の新しい想い人――平民出身の令嬢だった。
「なんて健気なのかしら」 「殿下を支えようと一生懸命で……」 「やはり、守ってあげたくなる女性が一番ですわね」
貴族令嬢たちは、柔らかな笑みを浮かべながら口々にそう語る。
その言葉の端々には、無意識の優越感と、わずかな好奇心が滲んでいた。
平民令嬢――名をリリアと言った。
彼女は決して目立つ容姿ではない。だが、控えめな微笑みと、困ったように伏せられる視線が、「庇護欲」を刺激するタイプだった。
「殿下……私、こんな場にいていいのでしょうか……」
王宮の一室。
豪奢な調度品に囲まれながら、リリアは小さく肩をすくめる。
「何を言う」
アルベリクは即座に否定した。
「君は特別だ。
身分など関係ない。私は、君を守ると決めた」
その言葉に、リリアはぱっと顔を上げ、潤んだ瞳で王太子を見つめる。
「……ありがとうございます、殿下」
その様子に、アルベリクは満足げに頷いた。
(これだ)
彼が求めていたのは、まさにこういう反応だった。
自分の言葉一つで、相手の表情が変わる。
頼られ、感謝され、必要とされる。
かつて婚約者だったヴェルティアは、違った。
何を言っても冷静で、先回りし、完璧に処理する。
自分が導いているはずなのに、いつの間にか“支えられている”立場になっている錯覚。
(男として、あれは息苦しかった)
アルベリクは、そう自分に言い聞かせるように、リリアの肩に手を置いた。
一方その頃。
アルセイン公爵家の一室で、ヴェルティアは社交界の報告書に目を通していた。
執事が、淡々と情報を読み上げる。
「……王太子殿下は、新しい令嬢を伴い、次回の夜会にも出席予定とのことです」 「社交界では、“庇護される純真な平民令嬢”として好意的な噂が広まっております」
「そう」
ヴェルティアは、特に表情を変えずに頷いた。
(予想通りね)
むしろ、想定よりも早い。
アルベリクは、自分が“正しい選択をした”と証明したくて仕方がないのだろう。
――私を切り捨てた判断は間違っていない。
――新しい女性こそが理想だ。
そう思い込むために、周囲の賛同が必要なのだ。
「お嬢様……」
執事が、わずかに言い淀む。
「……何か?」
「いえ。ただ……」 「皆様、お嬢様が取り乱さないことを、不思議に思っておられるようで」
ヴェルティアは、ふっと小さく笑った。
「泣いてほしいのかしら」
「……おそらく」
「困ったものね」
彼女は窓の外に視線を向ける。
そこにあるのは、いつもと変わらない王都の景色。
(私が泣いたところで、何が変わるというの)
むしろ、泣けば“可哀想な捨てられた令嬢”として、消費されるだけだ。
――守られるべき存在。
その言葉が、脳裏をよぎる。
(あの方は、きっと気づいていない)
守られる必要があるということは、
同時に、自分で立てないということでもある。
ヴェルティアは、机に置かれた一通の書簡に視線を落とした。
差出人は、セーブル・フォン・グラナート。
まだ開封していない。
だが、彼女はなぜか、その存在を強く意識していた。
(私は……守られたいわけじゃない)
求めているのは、対等であること。
そして、自由。
一方、王宮では小さな混乱が起き始めていた。
「殿下、この資料の件ですが……」 「それは次の会議では?」
「いえ、すでに期限が……」
侍従たちのやり取りが、どこか噛み合わない。
アルベリクは苛立ちを隠さず、声を荒げた。
「そんな些細なこと、各自で判断しろ!」
だが、その“些細なこと”こそが、国政を支えていた歯車だった。
かつて、それらを無言で整えていた人物がいたことを、
誰もまだ、はっきりとは口にしない。
――守られるべき平民令嬢。
――完璧すぎて不要とされた元婚約者。
その対比が、ゆっくりと、しかし確実に、
王都の運命を分け始めていた。
ヴェルティア・アルセインは、まだ何もしていない。
ただ、黙って自分の場所に立っているだけだ。
それでも世界は、少しずつ彼女のいない“歪み”を露わにし始めていた。
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