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第22話 過去からの干渉
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第22話 過去からの干渉
それは、予想していたよりも早かった。
王都からの来客が去ってから三日後。
グラナート公爵家に、正式な使者が訪れた。
封筒に刻まれた紋章を見た瞬間、ヴェルティアは静かに息を吸った。
(……やはり、来たわね)
差出人は、かつての婚約者――王太子アルベリク。
内容は、簡潔だった。
『旧知として、一度話がしたい』
『誤解があるなら、解いておくべきだ』
どこまでも、“上から”の文面。
ヴェルティアは、紙を折り畳み、机に置いた。
(誤解?)
思わず、内心で失笑する。
捨てられた理由は、明確だった。
彼が望んだのは、“扱いやすい婚約者”であって、
対等な伴侶ではなかった。
「……返事は?」
書斎に入ってきたセーブルが、淡々と尋ねる。
ヴェルティアは、手紙を差し出した。
セーブルは、一読しただけで内容を理解したようだった。
「断るか?」
命令でも、誘導でもない。
ただの確認。
「……いいえ」
ヴェルティアは、はっきりと言った。
「会います」
セーブルの視線が、わずかに鋭くなる。
「理由は?」
「拒絶するためです」
迷いのない声。
「逃げたままでは、
“過去に縛られていない”とは言えませんから」
セーブルは、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「……私も同席する」
「え?」
「これは、私の妻への正式な接触だ」
静かな声。
だが、その奥には、確かな不快感があった。
「一人で対処できる、という顔をしているな」
「……はい」
「だが、今回は違う」
セーブルは、言葉を選ぶように一拍置く。
「これは、君の過去であると同時に、
我々の現在への干渉だ」
ヴェルティアは、その意味を理解した。
(……守られる、というより)
(一緒に立つ、ということ)
「分かりました」
彼女は、静かに頷いた。
面会の場は、王都ではなく、
グラナート公爵家の応接室とされた。
それ自体が、明確な意思表示だった。
当日。
扉の向こうに現れたアルベリク王太子は、
かつてと変わらぬ、尊大な態度を崩していなかった。
「久しいな、ヴェルティア」
名を呼ぶ声に、懐かしさはない。
「お久しぶりです、殿下」
彼女は、淡々と頭を下げた。
その様子に、アルベリクは一瞬だけ眉を動かす。
(……以前と、違う)
だが、それを認めることはしない。
「噂は聞いている。
白い結婚だそうだな」
直球だった。
ヴェルティアは、わずかに微笑んだ。
「噂は、噂です」
「否定しないのか」
「説明する義務は、ございません」
その瞬間、空気が冷えた。
「……相変わらずだな。
可愛げがない」
その言葉が、応接室に落ちる。
かつてなら、胸を抉っただろう。
だが今は――。
「その言葉を理由に、
殿下は私を手放されたのでは?」
静かな反論。
アルベリクは、一瞬言葉に詰まった。
「……誤解だ」
「いいえ」
ヴェルティアは、はっきりと否定した。
「私は、誤解されていたのではありません。
理解される必要がなかっただけです」
セーブルが、ゆっくりと口を開く。
「話は、それだけか」
その低い声に、アルベリクは初めて彼を正面から見た。
「……グラナート公爵」
「私の妻に、過去の評価を押し付けるのはやめていただきたい」
言葉は丁寧。
だが、一切の譲歩はない。
「彼女は、私の妻であり、
私の選択だ」
その一言が、決定打だった。
アルベリクの顔が、わずかに歪む。
「……君は、後悔する」
矛先は、ヴェルティアに向けられた。
「白い結婚など、結局は逃げだ。
私の元にいれば――」
「それ以上は、不要です」
ヴェルティアが、きっぱりと言った。
立ち上がり、彼を見据える。
「私は、殿下の元を離れて、
一度も後悔しておりません」
その言葉に、嘘はなかった。
「選ばれなかったのではありません。
私は、降りました」
アルベリクは、何も言えなかった。
退室したあと。
応接室には、静寂が戻る。
ヴェルティアは、ゆっくりと息を吐いた。
「……疲れました」
「だろうな」
セーブルは、短く答えた。
「だが、よく拒絶した」
“守られた”のではない。
“認められた”のだ。
「……もう、過去は追ってきませんね」
「追ってきても、関係ない」
セーブルは、はっきりと言った。
「君は、今ここにいる」
その言葉に、ヴェルティアは小さく笑った。
(……過去からの干渉)
それは、終わった。
彼女はもう、
誰かの評価に怯える存在ではない。
拒絶する力を持ち、
選ぶ側として、ここに立っている。
白から色へ変わり始めた関係は、
過去を振り切るほどに――
確かな強さを備え始めていた。
それは、予想していたよりも早かった。
王都からの来客が去ってから三日後。
グラナート公爵家に、正式な使者が訪れた。
封筒に刻まれた紋章を見た瞬間、ヴェルティアは静かに息を吸った。
(……やはり、来たわね)
差出人は、かつての婚約者――王太子アルベリク。
内容は、簡潔だった。
『旧知として、一度話がしたい』
『誤解があるなら、解いておくべきだ』
どこまでも、“上から”の文面。
ヴェルティアは、紙を折り畳み、机に置いた。
(誤解?)
思わず、内心で失笑する。
捨てられた理由は、明確だった。
彼が望んだのは、“扱いやすい婚約者”であって、
対等な伴侶ではなかった。
「……返事は?」
書斎に入ってきたセーブルが、淡々と尋ねる。
ヴェルティアは、手紙を差し出した。
セーブルは、一読しただけで内容を理解したようだった。
「断るか?」
命令でも、誘導でもない。
ただの確認。
「……いいえ」
ヴェルティアは、はっきりと言った。
「会います」
セーブルの視線が、わずかに鋭くなる。
「理由は?」
「拒絶するためです」
迷いのない声。
「逃げたままでは、
“過去に縛られていない”とは言えませんから」
セーブルは、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「……私も同席する」
「え?」
「これは、私の妻への正式な接触だ」
静かな声。
だが、その奥には、確かな不快感があった。
「一人で対処できる、という顔をしているな」
「……はい」
「だが、今回は違う」
セーブルは、言葉を選ぶように一拍置く。
「これは、君の過去であると同時に、
我々の現在への干渉だ」
ヴェルティアは、その意味を理解した。
(……守られる、というより)
(一緒に立つ、ということ)
「分かりました」
彼女は、静かに頷いた。
面会の場は、王都ではなく、
グラナート公爵家の応接室とされた。
それ自体が、明確な意思表示だった。
当日。
扉の向こうに現れたアルベリク王太子は、
かつてと変わらぬ、尊大な態度を崩していなかった。
「久しいな、ヴェルティア」
名を呼ぶ声に、懐かしさはない。
「お久しぶりです、殿下」
彼女は、淡々と頭を下げた。
その様子に、アルベリクは一瞬だけ眉を動かす。
(……以前と、違う)
だが、それを認めることはしない。
「噂は聞いている。
白い結婚だそうだな」
直球だった。
ヴェルティアは、わずかに微笑んだ。
「噂は、噂です」
「否定しないのか」
「説明する義務は、ございません」
その瞬間、空気が冷えた。
「……相変わらずだな。
可愛げがない」
その言葉が、応接室に落ちる。
かつてなら、胸を抉っただろう。
だが今は――。
「その言葉を理由に、
殿下は私を手放されたのでは?」
静かな反論。
アルベリクは、一瞬言葉に詰まった。
「……誤解だ」
「いいえ」
ヴェルティアは、はっきりと否定した。
「私は、誤解されていたのではありません。
理解される必要がなかっただけです」
セーブルが、ゆっくりと口を開く。
「話は、それだけか」
その低い声に、アルベリクは初めて彼を正面から見た。
「……グラナート公爵」
「私の妻に、過去の評価を押し付けるのはやめていただきたい」
言葉は丁寧。
だが、一切の譲歩はない。
「彼女は、私の妻であり、
私の選択だ」
その一言が、決定打だった。
アルベリクの顔が、わずかに歪む。
「……君は、後悔する」
矛先は、ヴェルティアに向けられた。
「白い結婚など、結局は逃げだ。
私の元にいれば――」
「それ以上は、不要です」
ヴェルティアが、きっぱりと言った。
立ち上がり、彼を見据える。
「私は、殿下の元を離れて、
一度も後悔しておりません」
その言葉に、嘘はなかった。
「選ばれなかったのではありません。
私は、降りました」
アルベリクは、何も言えなかった。
退室したあと。
応接室には、静寂が戻る。
ヴェルティアは、ゆっくりと息を吐いた。
「……疲れました」
「だろうな」
セーブルは、短く答えた。
「だが、よく拒絶した」
“守られた”のではない。
“認められた”のだ。
「……もう、過去は追ってきませんね」
「追ってきても、関係ない」
セーブルは、はっきりと言った。
「君は、今ここにいる」
その言葉に、ヴェルティアは小さく笑った。
(……過去からの干渉)
それは、終わった。
彼女はもう、
誰かの評価に怯える存在ではない。
拒絶する力を持ち、
選ぶ側として、ここに立っている。
白から色へ変わり始めた関係は、
過去を振り切るほどに――
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