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第40話 選び続ける未来
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第40話 選び続ける未来
春の朝は、音が柔らかい。
グラナート公爵邸の庭では、木々の若葉が風に揺れ、陽光が淡く反射していた。
華やかな祝賀も、劇的な幕引きもない。
ただ、静かに季節が巡っている。
ヴェルティア・フォン・グラナートは、庭の小径を歩きながら、その光景を眺めていた。
(……終わったのね)
そう思って、すぐに否定する。
(違う。始まったの)
物語が終わる、という感覚はない。
むしろ、肩の力が抜けたという感覚に近かった。
白い結婚として始まった関係。
守るための距離。
選び続ける覚悟。
約束という形。
祝福と現実。
そして――最後の問い。
すべてを経て、今ここに立っている。
「……考え事か」
背後から、穏やかな声がした。
セーブル・フォン・グラナート。
彼は、もう“突然現れる存在”ではない。
振り返らなくても、そこにいると分かる存在だった。
「ええ、少し」
ヴェルティアは微笑む。
「でも、もう迷いではありません」
「そうか」
セーブルは、それ以上を問わなかった。
二人は、並んで庭を歩く。
触れてはいないが、距離は自然に近い。
「……評議会の件だが」
彼が言う。
「再調整案が、正式に通った」
「そうですか」
驚きはない。
「想定通りですね」
「君が言った通りだった」
象徴ではなく、機能を選ぶ。
派手さより、継続性。
それは、二人が“自分たちらしい”と選んだ答えだった。
「……これから」
ヴェルティアが、静かに口を開く。
「忙しくなりますね」
「ああ」
セーブルは、否定しない。
「楽な道ではない」
「承知しています」
彼女は、歩みを止め、彼を見る。
「それでも」
一拍置いて、続ける。
「私は、今の自分を、嫌いではありません」
セーブルは、わずかに目を細めた。
「それは、強い言葉だ」
「ええ」
ヴェルティアは、はっきりと頷く。
「昔は……
選ばれなかった自分を、
どこかで責めていました」
完璧であろうとした自分。
可愛げがないと言われた自分。
捨てられたという事実。
「でも今は」
彼女は、空を見上げる。
「選ばれなかったからこそ、
ここに立てたと思えます」
それは、過去を美化する言葉ではない。
清算の果てに得た、実感だった。
セーブルは、静かに彼女の言葉を受け止める。
「……私は」
彼が、低く言う。
「君を、救ったつもりはない」
「分かっています」
「だが」
一拍。
「君と選び続けることは、
私自身を、救っている」
その言葉に、
ヴェルティアの胸が、静かに温かくなった。
依存ではない。
補完でもない。
並んで歩くという意味。
庭の奥、木陰に置かれたベンチに腰を下ろす。
風が、優しく吹き抜ける。
「……もし」
ヴェルティアが、ふと口にする。
「これから、意見が食い違うことがあっても」
「あるだろうな」
即答。
「それでも」
彼女は、視線を逸らさずに言う。
「今日までのことを、
忘れないでいたいです」
「何をだ」
「選んだこと」
セーブルは、ゆっくりと頷いた。
「忘れない」
短いが、確かな言葉。
それで、十分だった。
白い結婚は、もうどこにもない。
それは否定されるものでも、隠すものでもない。
ただ――
通過した道として、そこにある。
夕方、屋敷に戻る。
使用人たちの挨拶は、変わらない。
だが、その眼差しは、穏やかだ。
誰も、二人の関係を説明しようとはしない。
それが、すでに“普通”になっている証拠だった。
夜。
窓辺に立ち、灯りの落ちた庭を眺める。
「……静かですね」
ヴェルティアが言う。
「ああ」
セーブルは、彼女の隣に立つ。
「だが、退屈ではない」
「同感です」
触れ合う手。
それは、確認ではない。
選び続けているという、自然な結果。
この先、何が起きるかは分からない。
困難も、意見の相違も、きっとある。
それでも――
(選ぶ)
(逃げずに)
(一緒に)
それが、二人の答えだった。
白い結婚から始まった物語は、
静かに、しかし確かに――
選び続ける未来へと辿り着いた。
それは、完璧な結末ではない。
だが、
自分たちの足で立つ、最良の終わりだった。
そして同時に――
これから続く日々への、確かな始まりでもあった。
春の朝は、音が柔らかい。
グラナート公爵邸の庭では、木々の若葉が風に揺れ、陽光が淡く反射していた。
華やかな祝賀も、劇的な幕引きもない。
ただ、静かに季節が巡っている。
ヴェルティア・フォン・グラナートは、庭の小径を歩きながら、その光景を眺めていた。
(……終わったのね)
そう思って、すぐに否定する。
(違う。始まったの)
物語が終わる、という感覚はない。
むしろ、肩の力が抜けたという感覚に近かった。
白い結婚として始まった関係。
守るための距離。
選び続ける覚悟。
約束という形。
祝福と現実。
そして――最後の問い。
すべてを経て、今ここに立っている。
「……考え事か」
背後から、穏やかな声がした。
セーブル・フォン・グラナート。
彼は、もう“突然現れる存在”ではない。
振り返らなくても、そこにいると分かる存在だった。
「ええ、少し」
ヴェルティアは微笑む。
「でも、もう迷いではありません」
「そうか」
セーブルは、それ以上を問わなかった。
二人は、並んで庭を歩く。
触れてはいないが、距離は自然に近い。
「……評議会の件だが」
彼が言う。
「再調整案が、正式に通った」
「そうですか」
驚きはない。
「想定通りですね」
「君が言った通りだった」
象徴ではなく、機能を選ぶ。
派手さより、継続性。
それは、二人が“自分たちらしい”と選んだ答えだった。
「……これから」
ヴェルティアが、静かに口を開く。
「忙しくなりますね」
「ああ」
セーブルは、否定しない。
「楽な道ではない」
「承知しています」
彼女は、歩みを止め、彼を見る。
「それでも」
一拍置いて、続ける。
「私は、今の自分を、嫌いではありません」
セーブルは、わずかに目を細めた。
「それは、強い言葉だ」
「ええ」
ヴェルティアは、はっきりと頷く。
「昔は……
選ばれなかった自分を、
どこかで責めていました」
完璧であろうとした自分。
可愛げがないと言われた自分。
捨てられたという事実。
「でも今は」
彼女は、空を見上げる。
「選ばれなかったからこそ、
ここに立てたと思えます」
それは、過去を美化する言葉ではない。
清算の果てに得た、実感だった。
セーブルは、静かに彼女の言葉を受け止める。
「……私は」
彼が、低く言う。
「君を、救ったつもりはない」
「分かっています」
「だが」
一拍。
「君と選び続けることは、
私自身を、救っている」
その言葉に、
ヴェルティアの胸が、静かに温かくなった。
依存ではない。
補完でもない。
並んで歩くという意味。
庭の奥、木陰に置かれたベンチに腰を下ろす。
風が、優しく吹き抜ける。
「……もし」
ヴェルティアが、ふと口にする。
「これから、意見が食い違うことがあっても」
「あるだろうな」
即答。
「それでも」
彼女は、視線を逸らさずに言う。
「今日までのことを、
忘れないでいたいです」
「何をだ」
「選んだこと」
セーブルは、ゆっくりと頷いた。
「忘れない」
短いが、確かな言葉。
それで、十分だった。
白い結婚は、もうどこにもない。
それは否定されるものでも、隠すものでもない。
ただ――
通過した道として、そこにある。
夕方、屋敷に戻る。
使用人たちの挨拶は、変わらない。
だが、その眼差しは、穏やかだ。
誰も、二人の関係を説明しようとはしない。
それが、すでに“普通”になっている証拠だった。
夜。
窓辺に立ち、灯りの落ちた庭を眺める。
「……静かですね」
ヴェルティアが言う。
「ああ」
セーブルは、彼女の隣に立つ。
「だが、退屈ではない」
「同感です」
触れ合う手。
それは、確認ではない。
選び続けているという、自然な結果。
この先、何が起きるかは分からない。
困難も、意見の相違も、きっとある。
それでも――
(選ぶ)
(逃げずに)
(一緒に)
それが、二人の答えだった。
白い結婚から始まった物語は、
静かに、しかし確かに――
選び続ける未来へと辿り着いた。
それは、完璧な結末ではない。
だが、
自分たちの足で立つ、最良の終わりだった。
そして同時に――
これから続く日々への、確かな始まりでもあった。
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