完璧すぎる令嬢は婚約破棄されましたが、白い結婚のはずが溺愛対象になっていました

鷹 綾

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第39話 最後の問い

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第39話 最後の問い

 夜明け前の空は、まだ色を持たない。

 ヴェルティア・フォン・グラナートは、窓辺に立ち、静かに外を見つめていた。
 眠れなかったわけではない。
 ただ――目が覚めたのだ。

(……今日、だ)

 理由は分かっている。

 それは、事件でも陰謀でもない。
 もっと単純で、もっと重いもの。

 最後の問いが、二人の前に差し出される日。

 背後で、扉が静かに開く。

「……早いな」

 セーブル・フォン・グラナートの声。

「あなたも、同じでしょう」

 ヴェルティアは、振り返らずに答えた。

 彼は、彼女の隣に立つ。
 触れないが、近い距離。

 この距離は、もう迷いではない。

「……評議会から、正式な打診が来た」

 セーブルが、低く告げる。

「はい」

 ヴェルティアは、すでに内容を知っていた。

 王都北方の再編計画。
 複数の貴族家が関与する、大規模な権限移譲。

 そして――
 グラナート公爵家には、象徴的な役割が求められている。

「受ければ、影響力は増す」

 セーブルは、淡々と事実を述べる。

「断れば……」

「“安定を選んだ”と、評価される」

 ヴェルティアが、続きを口にした。

 どちらも、正解だ。
 どちらも、間違いではない。

 だが。

(……私たちの問題は)

(正解かどうか、ではない)

 午前、二人は評議会の場に出席した。

 空気は、静かだが張り詰めている。

「……グラナート公爵」

 評議長が、ゆっくりと言葉を切り出す。

「この件について、
 最終的な意思をお聞かせ願いたい」

 視線が、セーブルに集まる。

 彼は、一歩前に出た。

 だが――
 すぐには答えない。

 わずかに、視線を横へ向ける。

 ヴェルティアの方へ。

 それは、確認でも、依存でもない。

 問いの共有だった。

 ヴェルティアは、静かに頷いた。

 それで、十分だった。

「……この提案は」

 セーブルが、口を開く。

「公爵家にとって、有益です」

 ざわめきが、かすかに走る。

「だが」

 一拍置く。

「我々は、
 “象徴としての役割”を引き受けません」

 空気が、凍りついた。

「理由を」

 評議長が、静かに問う。

 セーブルは、迷いなく答える。

「象徴は、
 人を守るために掲げられるものではなく、
 人を縛るために利用されやすい」

 それは、彼自身の経験から来る言葉だった。

「我々は、
 現場で責任を取る立場でありたい」

 ここで、
 ヴェルティアが一歩、前に出た。

 誰も、止めない。

「補足を、よろしいでしょうか」

 評議長は、頷いた。

「……どうぞ」

「この計画そのものを、否定するつもりはありません」

 ヴェルティアの声は、落ち着いている。

「ただし、
 “選ばれた誰かが象徴になる”構造は、
 長期的には歪みを生みます」

 誰かが、息を呑む。

「私たちは、
 影響力を誇示する立場ではなく、
 機能する立場を選びます」

 それが、
 二人の答えだった。

 評議会は、しばし沈黙に包まれた。

 反論はない。
 だが、理解にも、時間が必要だ。

「……分かりました」

 やがて、評議長が言う。

「この件は、
 その方向で再調整しましょう」

 完全な勝利ではない。
 だが、押し切られもしなかった。

 それで、十分だった。

 評議会を出た後、
 二人は、並んで歩いた。

 言葉は、ない。

 だが、重苦しさはない。

「……これで」

 ヴェルティアが、静かに言う。

「私たちの問いは、終わりましたね」

「ああ」

 セーブルは、頷く。

「最後の問いだった」

 白い結婚から始まった関係。
 距離を測り、
 選び続け、
 約束を交わし、
 祝福と現実を受け止め――

 そして今。

 何を選ばないかを、
 自分たちで決めた。

 それが、最後の答えだった。

 夕方、屋敷に戻る。

 いつもの庭。
 いつもの風。

「……不思議ですね」

 ヴェルティアが、微笑む。

「大きな決断をしたはずなのに、
 心が、とても静かです」

「それは」

 セーブルは、穏やかに言う。

「もう、
 自分たちの軸が、定まっているからだ」

 彼女は、彼を見る。

「……はい」

 その言葉に、迷いはない。

 物語は、終わりへ向かっている。

 だがそれは、
 すべてが決まった、という意味ではない。

 ただ――
 これから、何が起きても、
 二人で選べる。

 それだけが、確かな事実だった。

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