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第38話 祝福と現実
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第38話 祝福と現実
約束は、声高に宣言しなくても、周囲には伝わる。
それは噂という形ではなく、
空気の変化として、貴族社会に染み渡っていくものだった。
王都の社交界では、朝の茶会からすでに話題が定まっていた。
「最近のグラナート公爵家は、落ち着いているそうね」 「ええ。嵐が過ぎた、というより……地盤が固まった感じかしら」
誰も、「白い結婚」という言葉を使わなくなっている。
それが何よりの証拠だった。
ヴェルティア・フォン・グラナートは、その日の午後、王都の邸で開かれる小規模な集まりに出席していた。
形式ばらないが、参加者は選ばれている。
祝福と探りが、同時に投げられる場だ。
(……来るわね)
覚悟はできている。
最初に声をかけてきたのは、年配の侯爵夫人だった。
「ごきげんよう、公爵夫人」
「ごきげんよう」
穏やかな挨拶。
だが、その視線は鋭い。
「最近は、ずいぶんお忙しいとか」
「ええ。ですが、充実しています」
言葉を濁さない。
侯爵夫人は、わずかに目を細めた。
「……良いお顔になりましたわ」
それは、試す言葉ではない。
祝福だ。
「ありがとうございます」
ヴェルティアは、素直に受け取った。
次に声をかけてきたのは、別の貴族だ。
「公爵家として、
今後の方針に変化は?」
直球。
ヴェルティアは、一瞬、セーブルの姿を思い浮かべた。
(……でも、答えるのは私)
「大きな方向性は、変わりません」
落ち着いた声。
「ですが、“誰が隣に立つか”が、
より明確になりました」
場の空気が、ぴんと張る。
曖昧にしない。
逃げない。
「それは、良いことですな」
年配の伯爵が、ゆっくりと頷いた。
「不安定な時代ほど、
曖昧さは不安を呼ぶ」
それは、貴族社会の本音だった。
祝福は、確かにあった。
だが同時に――
現実も、顔を出す。
会がひと段落した頃、
ヴェルティアは、控え室で一息ついていた。
そこへ、セーブルが現れる。
「……大変だったな」
「ええ。でも」
彼女は、微笑む。
「思ったより、穏やかでした」
「それは、君が」
セーブルは、はっきりと言う。
「立場を、曖昧にしなかったからだ」
その言葉に、彼女は頷いた。
「ただ……」
一拍置いて、続ける。
「祝福だけでは、終わりません」
セーブルは、察したように目を細める。
「現実だな」
「はい」
すでに、いくつかの打診が来ている。
提携。
縁談の“再調整”。
公爵家の影響力を、利用しようとする動き。
(……試されている)
それは、
“夫婦として成立した”ことへの反応でもあった。
「……どうするつもりだ」
セーブルが、静かに問う。
「約束通りです」
ヴェルティアは、迷わず答える。
「違和感は、放置しません」
彼女は、彼を見る。
「あなたの立場も、私の選択も、
どちらも尊重した形で、対応します」
それが、二人で決めたやり方だ。
夜。
屋敷に戻ると、
静けさが、二人を包んだ。
「……祝福されるというのは」
ヴェルティアが、ぽつりと言う。
「少し、怖いですね」
「期待が、生まれるからな」
「ええ」
期待は、時に重い。
だが、今は――
逃げない覚悟がある。
「……それでも」
彼女は、はっきりと言う。
「私は、今日を後悔していません」
セーブルは、静かに彼女の手を取った。
「私もだ」
短い言葉。
だが、揺るぎない。
祝福と現実。
その両方を受け止めて、
二人は前へ進む。
クライマックスは、近い。
それは、破滅でも、逆転でもない。
選んだ未来が、本当に試される瞬間。
夜は、静かに更けていった。
嵐の前ではない。
覚悟の前夜だ。
---
約束は、声高に宣言しなくても、周囲には伝わる。
それは噂という形ではなく、
空気の変化として、貴族社会に染み渡っていくものだった。
王都の社交界では、朝の茶会からすでに話題が定まっていた。
「最近のグラナート公爵家は、落ち着いているそうね」 「ええ。嵐が過ぎた、というより……地盤が固まった感じかしら」
誰も、「白い結婚」という言葉を使わなくなっている。
それが何よりの証拠だった。
ヴェルティア・フォン・グラナートは、その日の午後、王都の邸で開かれる小規模な集まりに出席していた。
形式ばらないが、参加者は選ばれている。
祝福と探りが、同時に投げられる場だ。
(……来るわね)
覚悟はできている。
最初に声をかけてきたのは、年配の侯爵夫人だった。
「ごきげんよう、公爵夫人」
「ごきげんよう」
穏やかな挨拶。
だが、その視線は鋭い。
「最近は、ずいぶんお忙しいとか」
「ええ。ですが、充実しています」
言葉を濁さない。
侯爵夫人は、わずかに目を細めた。
「……良いお顔になりましたわ」
それは、試す言葉ではない。
祝福だ。
「ありがとうございます」
ヴェルティアは、素直に受け取った。
次に声をかけてきたのは、別の貴族だ。
「公爵家として、
今後の方針に変化は?」
直球。
ヴェルティアは、一瞬、セーブルの姿を思い浮かべた。
(……でも、答えるのは私)
「大きな方向性は、変わりません」
落ち着いた声。
「ですが、“誰が隣に立つか”が、
より明確になりました」
場の空気が、ぴんと張る。
曖昧にしない。
逃げない。
「それは、良いことですな」
年配の伯爵が、ゆっくりと頷いた。
「不安定な時代ほど、
曖昧さは不安を呼ぶ」
それは、貴族社会の本音だった。
祝福は、確かにあった。
だが同時に――
現実も、顔を出す。
会がひと段落した頃、
ヴェルティアは、控え室で一息ついていた。
そこへ、セーブルが現れる。
「……大変だったな」
「ええ。でも」
彼女は、微笑む。
「思ったより、穏やかでした」
「それは、君が」
セーブルは、はっきりと言う。
「立場を、曖昧にしなかったからだ」
その言葉に、彼女は頷いた。
「ただ……」
一拍置いて、続ける。
「祝福だけでは、終わりません」
セーブルは、察したように目を細める。
「現実だな」
「はい」
すでに、いくつかの打診が来ている。
提携。
縁談の“再調整”。
公爵家の影響力を、利用しようとする動き。
(……試されている)
それは、
“夫婦として成立した”ことへの反応でもあった。
「……どうするつもりだ」
セーブルが、静かに問う。
「約束通りです」
ヴェルティアは、迷わず答える。
「違和感は、放置しません」
彼女は、彼を見る。
「あなたの立場も、私の選択も、
どちらも尊重した形で、対応します」
それが、二人で決めたやり方だ。
夜。
屋敷に戻ると、
静けさが、二人を包んだ。
「……祝福されるというのは」
ヴェルティアが、ぽつりと言う。
「少し、怖いですね」
「期待が、生まれるからな」
「ええ」
期待は、時に重い。
だが、今は――
逃げない覚悟がある。
「……それでも」
彼女は、はっきりと言う。
「私は、今日を後悔していません」
セーブルは、静かに彼女の手を取った。
「私もだ」
短い言葉。
だが、揺るぎない。
祝福と現実。
その両方を受け止めて、
二人は前へ進む。
クライマックスは、近い。
それは、破滅でも、逆転でもない。
選んだ未来が、本当に試される瞬間。
夜は、静かに更けていった。
嵐の前ではない。
覚悟の前夜だ。
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