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第12話 選ばれなかった王命
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第12話 選ばれなかった王命
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イソファガス邸の応接間は、朝の光に満ちていた。
だが、その穏やかさとは裏腹に、室内の空気は張りつめている。
「……つまり、王命を拒否したと?」
アルト・イソファガスは、低く問い返した。
「はい。正式な通達を破棄し、王城を出ました」
報告役の執事がそう答えると、アルトは深く息を吐いた。
「王太子が黙っているはずがないな……」
その向かいで、キクコ・イソファガスは紅茶を一口含み、静かに微笑んだ。
「ええ。だからこそ、彼は“勇者”なのよ」
「……姉様」
アルトは、無意識にそう呼んでから言い直す。
「キクコ。王太子派が動くぞ。最悪、軍を動かす可能性もある」
「分かっていますわ」
キクコは、扇子を閉じて膝に置いた。
「でも、これは彼自身が選んだ道。
私が代わりに庇うべきではない」
◆ ◆ ◆
その頃、王城。
王太子は執務机を拳で叩いていた。
「命令を拒否しただと!?
勇者風情が、誰のおかげでここまで来られたと思っている!」
側近たちは沈黙を守る。
「……イソファガス家か」
王太子は、冷たい笑みを浮かべた。
「やはり、あの家が背後にいる。
永遠の十七歳――いや、“ただの小娘”のくせに」
その言葉に、ひとりの騎士が前に出た。
「殿下。ジャン・リヒターです」
「何だ」
「勇者ファイエルは、王城正門を出たのち、
イソファガス領へ向かっています」
王太子の目が細まる。
「……好都合だ」
◆ ◆ ◆
イソファガス領へ続く街道。
ファイエルは、馬を降り、徒歩で進んでいた。
剣は背に、表情は穏やかだが、覚悟は決まっている。
(王命を拒めば、敵になる)
それは分かっていた。
それでも。
(あの人のもとへ行くと、決めた)
幼い頃、血にまみれた自分を抱き上げ、
何も言わずに生かしてくれた人。
母ではない。
だが、命を与えてくれた人。
◆ ◆ ◆
邸に到着したファイエルを、キクコは一人で迎えた。
「……早かったわね」
「はい。寄り道をする理由がありませんでした」
彼女は、その顔をじっと見つめる。
「後悔は?」
「ありません」
即答だった。
キクコは、ふっと息をつく。
「そう。なら、ここからは“客人”ではなく、“当事者”よ」
「覚悟しています」
「覚悟だけでは足りないわ」
彼女は、視線を鋭くした。
「王太子は、あなたを見せしめにするつもり。
あなたが屈しなければ、次は――この家を狙う」
「……!」
「だから言っておくわ」
キクコは、静かに、しかしはっきりと告げた。
「私は、王太子に従うつもりはない」
その言葉に、ファイエルは息を呑んだ。
「それは……」
「ええ。
あなたのためではなく、私自身の選択よ」
◆ ◆ ◆
その直後。
門番の慌ただしい声が響いた。
「王城騎士団、到着!
指揮官は――ジャン・リヒター様です!」
砂煙の向こうから、騎士団が姿を現す。
先頭に立つリヒターは、馬を止め、邸を見上げた。
「勇者ファイエル。
王命違反の件で、同行を願う」
沈黙。
その間に、キクコが一歩前へ出た。
「お断りします」
その場が、凍りついた。
「彼は、イソファガス家の保護下にあります」
「……キクコ様」
リヒターは、苦渋の表情を浮かべる。
「これは、王命です」
「王命でも、越えてはならない一線がありますわ」
キクコは、まっすぐ彼を見据えた。
「あなたほどの騎士なら、分かるでしょう?」
リヒターは、拳を強く握りしめ――やがて、膝を折った。
「……本日は、引きます」
騎士団がざわめく。
「ですが、次はありません」
「ええ。次は“話し合い”では済まないでしょうね」
◆ ◆ ◆
騎士団が去った後。
ファイエルは、深く頭を下げた。
「……申し訳ありません」
「謝らないで」
キクコは、静かに言う。
「あなたは、正しいことをした」
そして、少しだけ微笑んだ。
「でも、これで引き返せなくなったわね」
「はい」
ファイエルは、迷いなく答えた。
こうして。
勇者は王命に背き、
イソファガス家は王太子と敵対する道を選んだ。
それが、王国全体を揺るがす始まりになることを――
まだ誰も、完全には理解していなかった。
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イソファガス邸の応接間は、朝の光に満ちていた。
だが、その穏やかさとは裏腹に、室内の空気は張りつめている。
「……つまり、王命を拒否したと?」
アルト・イソファガスは、低く問い返した。
「はい。正式な通達を破棄し、王城を出ました」
報告役の執事がそう答えると、アルトは深く息を吐いた。
「王太子が黙っているはずがないな……」
その向かいで、キクコ・イソファガスは紅茶を一口含み、静かに微笑んだ。
「ええ。だからこそ、彼は“勇者”なのよ」
「……姉様」
アルトは、無意識にそう呼んでから言い直す。
「キクコ。王太子派が動くぞ。最悪、軍を動かす可能性もある」
「分かっていますわ」
キクコは、扇子を閉じて膝に置いた。
「でも、これは彼自身が選んだ道。
私が代わりに庇うべきではない」
◆ ◆ ◆
その頃、王城。
王太子は執務机を拳で叩いていた。
「命令を拒否しただと!?
勇者風情が、誰のおかげでここまで来られたと思っている!」
側近たちは沈黙を守る。
「……イソファガス家か」
王太子は、冷たい笑みを浮かべた。
「やはり、あの家が背後にいる。
永遠の十七歳――いや、“ただの小娘”のくせに」
その言葉に、ひとりの騎士が前に出た。
「殿下。ジャン・リヒターです」
「何だ」
「勇者ファイエルは、王城正門を出たのち、
イソファガス領へ向かっています」
王太子の目が細まる。
「……好都合だ」
◆ ◆ ◆
イソファガス領へ続く街道。
ファイエルは、馬を降り、徒歩で進んでいた。
剣は背に、表情は穏やかだが、覚悟は決まっている。
(王命を拒めば、敵になる)
それは分かっていた。
それでも。
(あの人のもとへ行くと、決めた)
幼い頃、血にまみれた自分を抱き上げ、
何も言わずに生かしてくれた人。
母ではない。
だが、命を与えてくれた人。
◆ ◆ ◆
邸に到着したファイエルを、キクコは一人で迎えた。
「……早かったわね」
「はい。寄り道をする理由がありませんでした」
彼女は、その顔をじっと見つめる。
「後悔は?」
「ありません」
即答だった。
キクコは、ふっと息をつく。
「そう。なら、ここからは“客人”ではなく、“当事者”よ」
「覚悟しています」
「覚悟だけでは足りないわ」
彼女は、視線を鋭くした。
「王太子は、あなたを見せしめにするつもり。
あなたが屈しなければ、次は――この家を狙う」
「……!」
「だから言っておくわ」
キクコは、静かに、しかしはっきりと告げた。
「私は、王太子に従うつもりはない」
その言葉に、ファイエルは息を呑んだ。
「それは……」
「ええ。
あなたのためではなく、私自身の選択よ」
◆ ◆ ◆
その直後。
門番の慌ただしい声が響いた。
「王城騎士団、到着!
指揮官は――ジャン・リヒター様です!」
砂煙の向こうから、騎士団が姿を現す。
先頭に立つリヒターは、馬を止め、邸を見上げた。
「勇者ファイエル。
王命違反の件で、同行を願う」
沈黙。
その間に、キクコが一歩前へ出た。
「お断りします」
その場が、凍りついた。
「彼は、イソファガス家の保護下にあります」
「……キクコ様」
リヒターは、苦渋の表情を浮かべる。
「これは、王命です」
「王命でも、越えてはならない一線がありますわ」
キクコは、まっすぐ彼を見据えた。
「あなたほどの騎士なら、分かるでしょう?」
リヒターは、拳を強く握りしめ――やがて、膝を折った。
「……本日は、引きます」
騎士団がざわめく。
「ですが、次はありません」
「ええ。次は“話し合い”では済まないでしょうね」
◆ ◆ ◆
騎士団が去った後。
ファイエルは、深く頭を下げた。
「……申し訳ありません」
「謝らないで」
キクコは、静かに言う。
「あなたは、正しいことをした」
そして、少しだけ微笑んだ。
「でも、これで引き返せなくなったわね」
「はい」
ファイエルは、迷いなく答えた。
こうして。
勇者は王命に背き、
イソファガス家は王太子と敵対する道を選んだ。
それが、王国全体を揺るがす始まりになることを――
まだ誰も、完全には理解していなかった。
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