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第19話 知られざる真実と、知られないままでいいこと
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第19話 知られざる真実と、知られないままでいいこと
---
その日、イソファガス領には珍しく王都からの使者が二人、揃って訪れた。
一人は王宮書記官。
もう一人は、王家直属の歴史編纂官。
どちらも、面倒ごとの匂いしかしない組み合わせだった。
「……嫌な予感しかしないわね」
キクコはテラスで紅茶を飲みながら、屋敷に入っていく二人の背を眺めていた。
◆ ◆ ◆
応接間。
書記官が慎重に口を開く。
「本日は、イソファガス家の系譜について……確認を」
「“確認”ね」
キクコは扇子で口元を隠した。
「確認という言葉は、調査が終わってから使うものよ?」
書記官は咳払いをする。
「……失礼。
正確には、“記録の整合性”についてです」
横にいた歴史編纂官が、分厚い帳簿を机に置いた。
「イソファガス家の家系図には、不自然な点が多すぎます」
「でしょうね」
あっさり肯定され、二人は一瞬言葉に詰まった。
「三百年前から、同じ顔、同じ名前の人物が
“代替わり”として記載され続けている」
「ええ」
「しかも、死亡記録が一切ない」
「でしょうね」
「……否定なさらないのですね?」
「否定しても無駄でしょう?」
キクコは、あっさりと言った。
「あなた方、もう“答え”には辿り着いてる」
◆ ◆ ◆
沈黙。
書記官は意を決したように続ける。
「この事実が公になれば――
聖女の呪い、不老不死、王家との血縁……
王国全体が混乱します」
「ええ。だから?」
「……ですので」
歴史編纂官が、深く頭を下げた。
「この記録を、どう扱うべきか
ご判断を仰ぎに来ました」
キクコは、紅茶を一口飲む。
「つまり、私に“消せ”と言いたいのね?」
「いえ……!」
二人は慌てて否定する。
「消すのではなく、封印を……」
「言い換えただけでしょう」
キクコは静かに立ち上がった。
◆ ◆ ◆
「ねえ」
二人の前に立ち、淡々と告げる。
「真実って、必ずしも“公表する価値”があると思う?」
書記官は言葉に詰まる。
「人はね、
“知ることで救われる真実”と
“知らないほうが幸せな真実”を区別できないの」
扇子を閉じる。
「私が三百年前の聖女だと知って、
誰が幸せになる?」
「……」
「王太子? 王? 貴族? 民?」
キクコは首を横に振る。
「違う。
ただ“利用される”だけよ」
◆ ◆ ◆
歴史編纂官が、低い声で言った。
「……では、この事実は」
「公式には、
存在しなかったことにする」
二人は息を呑む。
「でも、完全に消しはしない」
「……と、申しますと?」
「“知る資格がある者”だけが辿り着ける場所に残す」
キクコは、書棚の一角を指差した。
「王家資料庫・最奥。
王位継承権者本人のみ、立ち入り可」
「……王自身が、知るかどうかを選ぶ、と」
「ええ」
微笑む。
「知った上で、それでも私をどう扱うか。
それを決める覚悟がある者だけが、王に相応しい」
◆ ◆ ◆
二人は深く、深く頭を下げた。
「承知しました。
記録はそのように処理いたします」
扉が閉まり、応接間に静寂が戻る。
◆ ◆ ◆
一人になったキクコは、ソファに腰を下ろした。
「……ふぅ」
天井を見上げる。
「また一つ、“知られなくていい真実”を守っちゃったわね」
その時、ふと脳裏に浮かぶ顔。
――アルフェリット。
――ファイエル。
――レオン。
「……あの子たちには、知らなくていい」
キクコは、静かに笑った。
「私が十七歳だと思ってくれるなら、
それで十分よ」
◆ ◆ ◆
夕暮れ。
庭で剣を振る若者たちの声が聞こえる。
その中に、レオンの声もあった。
「……本当に、変な人生」
そう呟きながらも、キクコの表情は穏やかだった。
知られないままでいい真実。
守られるべき嘘。
それらを引き受けるのが、
永遠の十七歳の役目なのだと――
彼女は、もうとっくに理解していた。
そしてその役目は、
まだ、終わりそうになかった。
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その日、イソファガス領には珍しく王都からの使者が二人、揃って訪れた。
一人は王宮書記官。
もう一人は、王家直属の歴史編纂官。
どちらも、面倒ごとの匂いしかしない組み合わせだった。
「……嫌な予感しかしないわね」
キクコはテラスで紅茶を飲みながら、屋敷に入っていく二人の背を眺めていた。
◆ ◆ ◆
応接間。
書記官が慎重に口を開く。
「本日は、イソファガス家の系譜について……確認を」
「“確認”ね」
キクコは扇子で口元を隠した。
「確認という言葉は、調査が終わってから使うものよ?」
書記官は咳払いをする。
「……失礼。
正確には、“記録の整合性”についてです」
横にいた歴史編纂官が、分厚い帳簿を机に置いた。
「イソファガス家の家系図には、不自然な点が多すぎます」
「でしょうね」
あっさり肯定され、二人は一瞬言葉に詰まった。
「三百年前から、同じ顔、同じ名前の人物が
“代替わり”として記載され続けている」
「ええ」
「しかも、死亡記録が一切ない」
「でしょうね」
「……否定なさらないのですね?」
「否定しても無駄でしょう?」
キクコは、あっさりと言った。
「あなた方、もう“答え”には辿り着いてる」
◆ ◆ ◆
沈黙。
書記官は意を決したように続ける。
「この事実が公になれば――
聖女の呪い、不老不死、王家との血縁……
王国全体が混乱します」
「ええ。だから?」
「……ですので」
歴史編纂官が、深く頭を下げた。
「この記録を、どう扱うべきか
ご判断を仰ぎに来ました」
キクコは、紅茶を一口飲む。
「つまり、私に“消せ”と言いたいのね?」
「いえ……!」
二人は慌てて否定する。
「消すのではなく、封印を……」
「言い換えただけでしょう」
キクコは静かに立ち上がった。
◆ ◆ ◆
「ねえ」
二人の前に立ち、淡々と告げる。
「真実って、必ずしも“公表する価値”があると思う?」
書記官は言葉に詰まる。
「人はね、
“知ることで救われる真実”と
“知らないほうが幸せな真実”を区別できないの」
扇子を閉じる。
「私が三百年前の聖女だと知って、
誰が幸せになる?」
「……」
「王太子? 王? 貴族? 民?」
キクコは首を横に振る。
「違う。
ただ“利用される”だけよ」
◆ ◆ ◆
歴史編纂官が、低い声で言った。
「……では、この事実は」
「公式には、
存在しなかったことにする」
二人は息を呑む。
「でも、完全に消しはしない」
「……と、申しますと?」
「“知る資格がある者”だけが辿り着ける場所に残す」
キクコは、書棚の一角を指差した。
「王家資料庫・最奥。
王位継承権者本人のみ、立ち入り可」
「……王自身が、知るかどうかを選ぶ、と」
「ええ」
微笑む。
「知った上で、それでも私をどう扱うか。
それを決める覚悟がある者だけが、王に相応しい」
◆ ◆ ◆
二人は深く、深く頭を下げた。
「承知しました。
記録はそのように処理いたします」
扉が閉まり、応接間に静寂が戻る。
◆ ◆ ◆
一人になったキクコは、ソファに腰を下ろした。
「……ふぅ」
天井を見上げる。
「また一つ、“知られなくていい真実”を守っちゃったわね」
その時、ふと脳裏に浮かぶ顔。
――アルフェリット。
――ファイエル。
――レオン。
「……あの子たちには、知らなくていい」
キクコは、静かに笑った。
「私が十七歳だと思ってくれるなら、
それで十分よ」
◆ ◆ ◆
夕暮れ。
庭で剣を振る若者たちの声が聞こえる。
その中に、レオンの声もあった。
「……本当に、変な人生」
そう呟きながらも、キクコの表情は穏やかだった。
知られないままでいい真実。
守られるべき嘘。
それらを引き受けるのが、
永遠の十七歳の役目なのだと――
彼女は、もうとっくに理解していた。
そしてその役目は、
まだ、終わりそうになかった。
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