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第七話 契約書の山
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第七話 契約書の山
王宮の執務室には、紙の匂いが充満していた。
机の上に積み上がる契約書。
封を切られたばかりの通知。
赤い印が押された支払督促状。
「殿下、こちらもです」
若い官僚が差し出した書類を、アルヴァリオは苛立たしげに奪い取った。
「またか」
そこに並ぶ文字は、どれも同じ内容を告げている。
“保証人不在のため、契約履行不能”。
「南方だけではなかったのか!」
声が荒くなる。
「はい、殿下。東部砦の補給契約、西部交易路整備、港湾整備の追加予算……すべて同様です」
室内が静まり返る。
「すべて……?」
「いずれも、クラウゼル公爵家の保証が前提でございました」
保証。
その言葉が、まるで責めるように響く。
アルヴァリオは契約書を乱暴にめくる。
小さな文字がびっしりと並び、その末尾には自分の署名。
“本契約は、クラウゼル公爵家の保証を前提とする”。
「こんな細かい条文、いちいち読むものか!」
机を叩く。
紙が揺れ、重い沈黙が落ちた。
老宰相が静かに口を開く。
「殿下。契約とは、その細かな条文の積み重ねでございます」
「俺は王太子だぞ!」
「はい。しかし契約は身分に従いません」
淡々とした言葉。
アルヴァリオの胸の奥に、ざらりとした感覚が広がる。
「……ヴェルミリアが確認していたはずだ」
ぽつりと漏れる。
「彼女はいつも、後で整えていた」
宰相は目を伏せた。
「殿下が“任せる”とおっしゃった案件の大半を、彼女が精査しておりました」
任せる。
あまりに軽く使ってきた言葉。
自分は決断だけをし、面倒な処理は彼女が片付ける。
それが当たり前だった。
「だが今は違う」
官僚が恐る恐る告げる。
「保証が外れた契約は、すべて殿下単独責任となります」
単独責任。
その響きが、重くのしかかる。
「南方開発の違約金は?」
「発生しております」
「東部砦は?」
「補給停止の可能性がございます」
「西部交易路は?」
「組合が契約解除を検討中です」
一つ一つ、現実が積み重なる。
アルヴァリオは椅子に腰を落とす。
「なぜ同時に起きる」
「同時ではございません」
宰相が静かに答える。
「すべては以前から存在していた契約です。保証が外れた瞬間、連鎖的に顕在化しただけでございます」
連鎖。
その言葉に、胸が締めつけられる。
自分が糸を切った。
その結果、全体が崩れた。
「……他家に保証を頼め」
絞り出すように言う。
「すでに打診しております」
「結果は」
「三家とも辞退」
アルヴァリオの顔色が変わる。
「なぜだ!」
「公爵家保証の外れた契約は、極めて高リスクとの判断でございます」
信用がない。
それを遠回しに告げられている。
「俺を信用していないというのか」
誰も答えない。
沈黙が、何より雄弁だった。
その頃、公爵邸では。
「王宮、保証先を探しているようですね」
執事が淡々と報告する。
「三家断られました」
私は紅茶を置いた。
「当然です」
「お嬢様、南方の労働者から嘆願が届いております」
「お気の毒ですが、契約違反の責任は王家にございます」
感情ではなく、事実。
「公爵家が例外を作れば、法が崩れます」
私は静かに言う。
「責任の所在を明確にすることが、国を守る第一歩です」
王宮では、契約書の山がさらに積み上がっていた。
未決済。
未処理。
未確認。
アルヴァリオはそれを見つめる。
「……俺は王太子だ」
かすれた声。
だが紙は応えない。
署名はそこにある。
責任もそこにある。
彼はようやく気づき始める。
ヴェルミリアがいなければ、自分は決断だけの王太子に過ぎなかったことを。
そして今、その決断の重みが、すべて自分へと返ってきていることを。
机の上の契約書は減らない。
それどころか、増えていく。
それはまるで、彼が背負うべき責任の山そのものだった。
王宮の執務室には、紙の匂いが充満していた。
机の上に積み上がる契約書。
封を切られたばかりの通知。
赤い印が押された支払督促状。
「殿下、こちらもです」
若い官僚が差し出した書類を、アルヴァリオは苛立たしげに奪い取った。
「またか」
そこに並ぶ文字は、どれも同じ内容を告げている。
“保証人不在のため、契約履行不能”。
「南方だけではなかったのか!」
声が荒くなる。
「はい、殿下。東部砦の補給契約、西部交易路整備、港湾整備の追加予算……すべて同様です」
室内が静まり返る。
「すべて……?」
「いずれも、クラウゼル公爵家の保証が前提でございました」
保証。
その言葉が、まるで責めるように響く。
アルヴァリオは契約書を乱暴にめくる。
小さな文字がびっしりと並び、その末尾には自分の署名。
“本契約は、クラウゼル公爵家の保証を前提とする”。
「こんな細かい条文、いちいち読むものか!」
机を叩く。
紙が揺れ、重い沈黙が落ちた。
老宰相が静かに口を開く。
「殿下。契約とは、その細かな条文の積み重ねでございます」
「俺は王太子だぞ!」
「はい。しかし契約は身分に従いません」
淡々とした言葉。
アルヴァリオの胸の奥に、ざらりとした感覚が広がる。
「……ヴェルミリアが確認していたはずだ」
ぽつりと漏れる。
「彼女はいつも、後で整えていた」
宰相は目を伏せた。
「殿下が“任せる”とおっしゃった案件の大半を、彼女が精査しておりました」
任せる。
あまりに軽く使ってきた言葉。
自分は決断だけをし、面倒な処理は彼女が片付ける。
それが当たり前だった。
「だが今は違う」
官僚が恐る恐る告げる。
「保証が外れた契約は、すべて殿下単独責任となります」
単独責任。
その響きが、重くのしかかる。
「南方開発の違約金は?」
「発生しております」
「東部砦は?」
「補給停止の可能性がございます」
「西部交易路は?」
「組合が契約解除を検討中です」
一つ一つ、現実が積み重なる。
アルヴァリオは椅子に腰を落とす。
「なぜ同時に起きる」
「同時ではございません」
宰相が静かに答える。
「すべては以前から存在していた契約です。保証が外れた瞬間、連鎖的に顕在化しただけでございます」
連鎖。
その言葉に、胸が締めつけられる。
自分が糸を切った。
その結果、全体が崩れた。
「……他家に保証を頼め」
絞り出すように言う。
「すでに打診しております」
「結果は」
「三家とも辞退」
アルヴァリオの顔色が変わる。
「なぜだ!」
「公爵家保証の外れた契約は、極めて高リスクとの判断でございます」
信用がない。
それを遠回しに告げられている。
「俺を信用していないというのか」
誰も答えない。
沈黙が、何より雄弁だった。
その頃、公爵邸では。
「王宮、保証先を探しているようですね」
執事が淡々と報告する。
「三家断られました」
私は紅茶を置いた。
「当然です」
「お嬢様、南方の労働者から嘆願が届いております」
「お気の毒ですが、契約違反の責任は王家にございます」
感情ではなく、事実。
「公爵家が例外を作れば、法が崩れます」
私は静かに言う。
「責任の所在を明確にすることが、国を守る第一歩です」
王宮では、契約書の山がさらに積み上がっていた。
未決済。
未処理。
未確認。
アルヴァリオはそれを見つめる。
「……俺は王太子だ」
かすれた声。
だが紙は応えない。
署名はそこにある。
責任もそこにある。
彼はようやく気づき始める。
ヴェルミリアがいなければ、自分は決断だけの王太子に過ぎなかったことを。
そして今、その決断の重みが、すべて自分へと返ってきていることを。
机の上の契約書は減らない。
それどころか、増えていく。
それはまるで、彼が背負うべき責任の山そのものだった。
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