18 / 34
第十七話 王太子の選択
しおりを挟む
第十七話 王太子の選択
王宮の私室。
重い扉が閉じられ、室内にはアルヴァリオとセシルだけが残された。
セシルの瞳は赤く腫れている。
「殿下……あれは嘘ですわよね?」
震える声。
アルヴァリオは沈黙したまま、窓の外を見ている。
侍女の証言。
筆跡鑑定。
貸出記録。
否定できる材料は、もうない。
「……なぜだ」
低く、押し殺した声。
「どうして、そんなことをした」
セシルの肩が跳ねる。
「だって……お姉様ばかり評価されるのが悔しかったのですもの!」
涙が頬を伝う。
「わたくしだって、殿下のお役に立ちたかった……!」
アルヴァリオは目を閉じる。
彼は知っていた。
セシルが書庫に通っていたことを。
提案書が突然“彼女名義”で上がってきたことを。
だが、問い詰めなかった。
理由は簡単だ。
都合がよかったからだ。
「俺は……」
言葉が止まる。
真実を公表すれば、王太子妃候補の盗用が確定する。
同時に、自分がそれを黙認していたことも露わになる。
守るべきは、何か。
国か。
正義か。
それとも、選んだ“愛”か。
セシルが縋るように近づく。
「殿下は、わたくしを守ると仰いましたわ」
その言葉が刺さる。
舞踏会の夜。
公衆の前で言い放った。
“俺が守る”
あの宣言は、王太子としてではなく、一人の男としての言葉だった。
だが今、求められているのは王としての判断だ。
扉が叩かれる。
「殿下、国王陛下がお呼びでございます」
玉座の間。
国王は重い表情で息子を見つめる。
「事実を確認した」
低い声。
「侍女の証言は信憑性が高い」
アルヴァリオは沈黙する。
「どうする」
短い問い。
それは父としてではなく、王としての問いだった。
アルヴァリオの胸に、ふたつの道が浮かぶ。
真実を認め、セシルを切る。
あるいは、彼女を守り続ける。
「……セシルは」
言葉が喉に詰まる。
国王の視線は厳しい。
「王家は正義を示さねばならぬ」
沈黙。
数秒が、異様に長い。
そしてアルヴァリオは顔を上げた。
「……彼女は、悪意があったわけではありません」
ざわめきが広がる。
「未熟だっただけだ」
国王の目が細くなる。
「殿下、それは擁護ですか」
重臣の問い。
アルヴァリオは拳を握る。
「責任は、俺にある」
その言葉に、場が静まる。
「俺が監督し、許可した」
それは半分の真実。
だが核心は避けている。
盗用の主犯を明確にしない。
自分が背負うと宣言することで、彼女を守る。
「殿下」
国王の声は重い。
「それは王としての判断か」
「……王太子としての責任です」
その瞬間。
国王の瞳に、はっきりと失望が浮かんだ。
王太子は、真実を守らなかった。
愛を選んだ。
公爵邸。
「王太子殿下は、義妹様を庇いました」
報告が届く。
私は静かに頷く。
「そうですか」
「責任は自らにあると」
「……選びましたね」
執事が慎重に問う。
「お嬢様、これで王家の信用はさらに」
「ええ」
私は窓の外を見る。
「国よりも個人を優先した」
それが意味するものは大きい。
盗用は問題だ。
だが、それ以上に重いのは――
王が真実を曖昧にしたこと。
王都では、ささやきが増す。
「殿下は庇ったらしい」
「正義より情か」
「それで国を治められるのか」
比較は避けられない。
冷静な第二王子。
情に流れる王太子。
夜。
セシルは安堵の涙を流す。
「殿下はわたくしを守ってくださった……」
だが、その安堵の裏で。
王太子の立場は、静かに削られている。
守ったのは一人。
失ったのは、国の信頼。
公爵邸の庭で、私はそっと呟く。
「選択は尊重いたします」
その選択が、どんな結末を招くかも。
嵐は、さらに強くなる。
王太子は、道を決めた。
そしてその道は――
王として最も選んではならない方向へと、確実に続いていた。
王宮の私室。
重い扉が閉じられ、室内にはアルヴァリオとセシルだけが残された。
セシルの瞳は赤く腫れている。
「殿下……あれは嘘ですわよね?」
震える声。
アルヴァリオは沈黙したまま、窓の外を見ている。
侍女の証言。
筆跡鑑定。
貸出記録。
否定できる材料は、もうない。
「……なぜだ」
低く、押し殺した声。
「どうして、そんなことをした」
セシルの肩が跳ねる。
「だって……お姉様ばかり評価されるのが悔しかったのですもの!」
涙が頬を伝う。
「わたくしだって、殿下のお役に立ちたかった……!」
アルヴァリオは目を閉じる。
彼は知っていた。
セシルが書庫に通っていたことを。
提案書が突然“彼女名義”で上がってきたことを。
だが、問い詰めなかった。
理由は簡単だ。
都合がよかったからだ。
「俺は……」
言葉が止まる。
真実を公表すれば、王太子妃候補の盗用が確定する。
同時に、自分がそれを黙認していたことも露わになる。
守るべきは、何か。
国か。
正義か。
それとも、選んだ“愛”か。
セシルが縋るように近づく。
「殿下は、わたくしを守ると仰いましたわ」
その言葉が刺さる。
舞踏会の夜。
公衆の前で言い放った。
“俺が守る”
あの宣言は、王太子としてではなく、一人の男としての言葉だった。
だが今、求められているのは王としての判断だ。
扉が叩かれる。
「殿下、国王陛下がお呼びでございます」
玉座の間。
国王は重い表情で息子を見つめる。
「事実を確認した」
低い声。
「侍女の証言は信憑性が高い」
アルヴァリオは沈黙する。
「どうする」
短い問い。
それは父としてではなく、王としての問いだった。
アルヴァリオの胸に、ふたつの道が浮かぶ。
真実を認め、セシルを切る。
あるいは、彼女を守り続ける。
「……セシルは」
言葉が喉に詰まる。
国王の視線は厳しい。
「王家は正義を示さねばならぬ」
沈黙。
数秒が、異様に長い。
そしてアルヴァリオは顔を上げた。
「……彼女は、悪意があったわけではありません」
ざわめきが広がる。
「未熟だっただけだ」
国王の目が細くなる。
「殿下、それは擁護ですか」
重臣の問い。
アルヴァリオは拳を握る。
「責任は、俺にある」
その言葉に、場が静まる。
「俺が監督し、許可した」
それは半分の真実。
だが核心は避けている。
盗用の主犯を明確にしない。
自分が背負うと宣言することで、彼女を守る。
「殿下」
国王の声は重い。
「それは王としての判断か」
「……王太子としての責任です」
その瞬間。
国王の瞳に、はっきりと失望が浮かんだ。
王太子は、真実を守らなかった。
愛を選んだ。
公爵邸。
「王太子殿下は、義妹様を庇いました」
報告が届く。
私は静かに頷く。
「そうですか」
「責任は自らにあると」
「……選びましたね」
執事が慎重に問う。
「お嬢様、これで王家の信用はさらに」
「ええ」
私は窓の外を見る。
「国よりも個人を優先した」
それが意味するものは大きい。
盗用は問題だ。
だが、それ以上に重いのは――
王が真実を曖昧にしたこと。
王都では、ささやきが増す。
「殿下は庇ったらしい」
「正義より情か」
「それで国を治められるのか」
比較は避けられない。
冷静な第二王子。
情に流れる王太子。
夜。
セシルは安堵の涙を流す。
「殿下はわたくしを守ってくださった……」
だが、その安堵の裏で。
王太子の立場は、静かに削られている。
守ったのは一人。
失ったのは、国の信頼。
公爵邸の庭で、私はそっと呟く。
「選択は尊重いたします」
その選択が、どんな結末を招くかも。
嵐は、さらに強くなる。
王太子は、道を決めた。
そしてその道は――
王として最も選んではならない方向へと、確実に続いていた。
0
あなたにおすすめの小説
その言葉、今さらですか?あなたが落ちぶれても、もう助けてあげる理由はありません
有賀冬馬
恋愛
「君は、地味すぎるんだ」――そう言って、辺境伯子息の婚約者はわたしを捨てた。
彼が選んだのは、華やかで社交界の華と謳われる侯爵令嬢。
絶望の淵にいたわたしは、道で倒れていた旅人を助ける。
彼の正体は、なんと隣国の皇帝だった。
「君の優しさに心を奪われた」優しく微笑む彼に求婚され、わたしは皇妃として新たな人生を歩み始める。
一方、元婚約者は選んだ姫に裏切られ、すべてを失う。
助けを乞う彼に、わたしは冷たく言い放つ。
「あなたを助ける義理はありません」。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」
婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。
ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。
表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723)
【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19
【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+
2021/12 異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過
2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる