婚約破棄はあなたの意思でしたわね? ~王太子を廃嫡に追い込み、義妹を平民に落とした公爵令嬢は新時代の王妃になります~

鷹 綾

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第十六話 侍女の証言

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第十六話 侍女の証言

貴族院の廊下は、ひどく静まり返っていた。

重い扉の向こうで、非公開の聴取が行われている。

中央に立つのは、ひとりの若い侍女だった。

名はリーナ。

かつて公爵邸で働いていたが、三ヶ月前に王宮へ移っている。

「緊張なさらなくてよい」

穏やかな声で貴族院議長が告げる。

「事実のみを述べよ」

リーナは深く息を吸った。

「はい」

小さな手が震えている。

だが目は逸らさない。

「セシル様は、書庫の鍵をお持ちでした」

ざわめきが走る。

「公爵令嬢様が不在の折、何度か書庫にお入りになりました」

「目的は」

「……提案書の閲覧です」

「閲覧のみか」

リーナは一瞬、唇を噛む。

そして、はっきりと言った。

「写しを作成しておられました」

沈黙が落ちる。

「命じられたのか」

「はい。わたくしに清書を」

「誰の名で」

「セシル様の名でございます」

空気が凍る。

王宮側席では、アルヴァリオが険しい顔で腕を組んでいた。

「虚偽だ」

低く吐き捨てる。

議長が視線を向ける。

「反証はございますか、殿下」

「……侍女の言葉だ」

「だが、書庫貸出記録と一致しております」

さらに一枚の書類が提示される。

貸出記録。

写本用紙の消費記録。

侍女の勤務表。

すべてが、同じ日付を指している。

リーナは続ける。

「セシル様は、こう仰いました」

室内が静まる。

「“お姉様は難しいことばかり考えていて退屈ですもの。名義だけ変えればよろしいでしょう?”と」

小さな声だが、はっきりと響く。

セシルの顔が真っ白になる。

「嘘よ!」

思わず叫ぶ。

「そんなこと言ってないわ!」

だがリーナは俯かない。

「申し訳ございません。事実でございます」

「あなたは私に恩があったでしょう?!」

セシルの声は焦りに震えている。

「わたくしは職務を全うしたまででございます」

侍女は深く頭を下げた。

公爵邸。

報告を受け、私は目を閉じる。

「……出ましたか」

「はい。侍女の証言は明確でございます」

執事の声は静かだ。

「圧力はなかったのですか」

「ございません。むしろ王宮側が抑えていた形跡が」

私は微笑む。

「王家内部の問題ですね」

こちらから何も仕掛けていない。

侍女は王宮側の人間。

証言は、王家の内部から出た。

それが意味するものは大きい。

王宮。

セシルは自室に駆け込んだ。

「どうして……!」

机の上の鏡が揺れる。

「お姉様が仕組んだのよ……!」

だが違う。

私は侍女を呼んでもいない。

口止めも、暴露もしていない。

セシルは理解できない。

“何もしない”という戦い方を。

アルヴァリオが部屋に入る。

「落ち着け」

「殿下、あれは嘘ですわよね?」

一瞬の沈黙。

彼は知っている。

あの日、セシルが書庫に通っていたことを。

だが、言えない。

認めれば、自分の責任も露わになる。

「……証拠は揃いすぎている」

低い声。

セシルの瞳が揺れる。

「守ってくださるのでしょう?」

アルヴァリオは答えない。

守るとは、何を指すのか。

真実か。
彼女か。
それとも自分の立場か。

貴族院では、さらに書類が提出される。

写本の筆跡鑑定。

原稿用紙の一致。

侍女の証言は裏付けられていく。

噂は即座に王都へ広がった。

「盗用は事実らしい」
「侍女が証言した」
「王太子妃候補が?」

公爵邸の庭。

私は薔薇に触れる。

風が静かに花弁を揺らす。

「お嬢様、世論は完全に王宮側不利でございます」

「そうでしょうね」

感情はない。

怒りも、優越も。

ただ、事実が並んでいるだけ。

盗んだのは彼女。
守ったのは彼。
沈黙していたのは私。

そして今、証言が加わった。

積み木が、ひとつ落ちた。

王太子と義妹を支えていた“正当性”が。

王宮の夜は、やけに長い。

廊下を歩く重臣たちの声が低い。

「これはまずい」
「殿下は庇い立てするのか」
「王家の信用が……」

信用。

また一枚、削られた。

侍女の小さな証言は、王家の土台に大きな亀裂を入れたのだった。
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