婚約破棄はあなたの意思でしたわね? ~王太子を廃嫡に追い込み、義妹を平民に落とした公爵令嬢は新時代の王妃になります~

鷹 綾

文字の大きさ
16 / 34

第十五話 盗まれた功績

しおりを挟む
第十五話 盗まれた功績

王都の空気が、さらに重くなった朝。

公爵邸の書庫には、分厚い革表紙の提案書が整然と並んでいた。

南方港湾整備計画。
東部砦補給網再編案。
商会税制調整草案。

どれも、かつて王太子の名で発表された政策だ。

「お嬢様」

顧問団の一人が、静かに口を開く。

「これをご覧ください」

差し出されたのは、王宮側が保管していた“原本”の写しだった。

私は目を落とす。

一行目。

――提案者:セシル・アーディン。

わずかに、室内の空気が変わる。

「……なるほど」

ページをめくる。

文体。
構成。
財務計算の癖。
注釈の付け方。

どれも、私のものだ。

「日付をご確認ください」

顧問が言う。

私の原案作成日は三ヶ月前。

王宮提出の原本は、その二週間後。

「原案は公爵邸内部文書でした」

「持ち出しは不可能のはずでございます」

執事の声は低い。

だが、私は冷静だった。

「不可能ではありません」

書庫の管理記録を指でなぞる。

「貸出記録を」

侍女が帳簿を持ってくる。

そこに記された名は――

セシル。

三ヶ月前。

理由:姉の勉強を見学したい。

小さなため息が漏れた。

「……勉強、ですか」

王宮。

セシルは不安げに鏡を見つめていた。

「どうしてこんなことに……」

南方計画の再提出を求められ、彼女は資料を探した。

だが内容を説明できない。

数字が読めない。

構造が理解できない。

「以前の案をそのまま……」

と、秘書官に告げた瞬間だった。

秘書官の顔色が変わった。

「その案は、原案が別にございます」

王宮側にも、比較資料が残っていた。

公爵家から提出された初期草案。

書式が一致する。

注釈が一致する。

誤字の位置すら一致する。

違うのは、名義だけ。

「……偶然ですわ」

セシルは必死に笑う。

だが秘書官は言う。

「偶然で一致する量ではございません」

その報告は、即座に貴族院へと回された。

公爵邸。

「王宮から正式照会が来ております」

顧問が告げる。

「原案の提出要請です」

私は頷く。

「提出いたしましょう」

「公表なさいますか」

「いいえ」

静かに答える。

「公表は王宮がなさるべきです」

盗用を訴えない。

糾弾もしない。

ただ、事実を差し出す。

それだけで十分だ。

数日後。

貴族院特別会議。

重臣たちが並ぶ。

中央に並べられた二つの文書。

一つは公爵家原案。
一つは王宮提出案。

同一であることは明白だった。

ざわめきが走る。

「これは……」

「署名だけが違う」

「王太子妃候補の名義だと?」

アルヴァリオの顔が強張る。

「説明を」

国王の声は低い。

セシルは震える。

「わ、わたくしが考えました……!」

「財務構造の説明を」

重臣の問い。

沈黙。

「補給網再編の利点は」

答えられない。

王太子が口を開く。

「……彼女は助言を受けただけだ」

「誰から」

沈黙。

全員の視線が向く。

アルヴァリオは歯を食いしばる。

ヴェルミリアの名は出せない。

出せば、婚約破棄前の依存が露呈する。

「俺が監修した」

その言葉に、場が凍る。

重臣の一人が静かに言う。

「では、殿下が詳細をご説明ください」

アルヴァリオの額に汗が浮かぶ。

彼は理解していない。

条文も、構造も。

沈黙。

その沈黙が、答えだった。

公爵邸の応接室。

私は報告を聞く。

「会議は混乱したまま散会いたしました」

「王太子殿下は」

「明確な説明はできず」

私は紅茶を口にする。

「盗用の責任は?」

「追及が始まるかと」

私は静かに言う。

「感情は不要です」

怒りも、恨みもない。

ただ。

積み上げた功績が、勝手に戻ってくるだけ。

王宮の回廊。

セシルは一人立ち尽くしていた。

「お姉様が、わざと……」

だが違う。

私は何もしていない。

盗んだのは彼女。

名義を変えたのは彼女。

選択したのは、彼女自身だ。

そして王太子は、真実を知りながら守った。

守るべきは国だったはずなのに。

その夜、王都に新たな噂が広がる。

「功績は公爵令嬢のものだった」
「王太子妃候補は盗用」
「殿下は知っていたのでは」

信用は、また削れた。

静かに。

確実に。

崩れ始めた王家の足元が、さらに脆くなる。

そして私は、窓の外の月を見上げる。

奪われたものは、奪い返さない。

事実が戻す。

それだけで十分なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その言葉、今さらですか?あなたが落ちぶれても、もう助けてあげる理由はありません

有賀冬馬
恋愛
「君は、地味すぎるんだ」――そう言って、辺境伯子息の婚約者はわたしを捨てた。 彼が選んだのは、華やかで社交界の華と謳われる侯爵令嬢。 絶望の淵にいたわたしは、道で倒れていた旅人を助ける。 彼の正体は、なんと隣国の皇帝だった。 「君の優しさに心を奪われた」優しく微笑む彼に求婚され、わたしは皇妃として新たな人生を歩み始める。 一方、元婚約者は選んだ姫に裏切られ、すべてを失う。 助けを乞う彼に、わたしは冷たく言い放つ。 「あなたを助ける義理はありません」。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」 婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。 ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。 表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723) 【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19 【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+ 2021/12  異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過 2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過

処理中です...