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第十五話 盗まれた功績
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第十五話 盗まれた功績
王都の空気が、さらに重くなった朝。
公爵邸の書庫には、分厚い革表紙の提案書が整然と並んでいた。
南方港湾整備計画。
東部砦補給網再編案。
商会税制調整草案。
どれも、かつて王太子の名で発表された政策だ。
「お嬢様」
顧問団の一人が、静かに口を開く。
「これをご覧ください」
差し出されたのは、王宮側が保管していた“原本”の写しだった。
私は目を落とす。
一行目。
――提案者:セシル・アーディン。
わずかに、室内の空気が変わる。
「……なるほど」
ページをめくる。
文体。
構成。
財務計算の癖。
注釈の付け方。
どれも、私のものだ。
「日付をご確認ください」
顧問が言う。
私の原案作成日は三ヶ月前。
王宮提出の原本は、その二週間後。
「原案は公爵邸内部文書でした」
「持ち出しは不可能のはずでございます」
執事の声は低い。
だが、私は冷静だった。
「不可能ではありません」
書庫の管理記録を指でなぞる。
「貸出記録を」
侍女が帳簿を持ってくる。
そこに記された名は――
セシル。
三ヶ月前。
理由:姉の勉強を見学したい。
小さなため息が漏れた。
「……勉強、ですか」
王宮。
セシルは不安げに鏡を見つめていた。
「どうしてこんなことに……」
南方計画の再提出を求められ、彼女は資料を探した。
だが内容を説明できない。
数字が読めない。
構造が理解できない。
「以前の案をそのまま……」
と、秘書官に告げた瞬間だった。
秘書官の顔色が変わった。
「その案は、原案が別にございます」
王宮側にも、比較資料が残っていた。
公爵家から提出された初期草案。
書式が一致する。
注釈が一致する。
誤字の位置すら一致する。
違うのは、名義だけ。
「……偶然ですわ」
セシルは必死に笑う。
だが秘書官は言う。
「偶然で一致する量ではございません」
その報告は、即座に貴族院へと回された。
公爵邸。
「王宮から正式照会が来ております」
顧問が告げる。
「原案の提出要請です」
私は頷く。
「提出いたしましょう」
「公表なさいますか」
「いいえ」
静かに答える。
「公表は王宮がなさるべきです」
盗用を訴えない。
糾弾もしない。
ただ、事実を差し出す。
それだけで十分だ。
数日後。
貴族院特別会議。
重臣たちが並ぶ。
中央に並べられた二つの文書。
一つは公爵家原案。
一つは王宮提出案。
同一であることは明白だった。
ざわめきが走る。
「これは……」
「署名だけが違う」
「王太子妃候補の名義だと?」
アルヴァリオの顔が強張る。
「説明を」
国王の声は低い。
セシルは震える。
「わ、わたくしが考えました……!」
「財務構造の説明を」
重臣の問い。
沈黙。
「補給網再編の利点は」
答えられない。
王太子が口を開く。
「……彼女は助言を受けただけだ」
「誰から」
沈黙。
全員の視線が向く。
アルヴァリオは歯を食いしばる。
ヴェルミリアの名は出せない。
出せば、婚約破棄前の依存が露呈する。
「俺が監修した」
その言葉に、場が凍る。
重臣の一人が静かに言う。
「では、殿下が詳細をご説明ください」
アルヴァリオの額に汗が浮かぶ。
彼は理解していない。
条文も、構造も。
沈黙。
その沈黙が、答えだった。
公爵邸の応接室。
私は報告を聞く。
「会議は混乱したまま散会いたしました」
「王太子殿下は」
「明確な説明はできず」
私は紅茶を口にする。
「盗用の責任は?」
「追及が始まるかと」
私は静かに言う。
「感情は不要です」
怒りも、恨みもない。
ただ。
積み上げた功績が、勝手に戻ってくるだけ。
王宮の回廊。
セシルは一人立ち尽くしていた。
「お姉様が、わざと……」
だが違う。
私は何もしていない。
盗んだのは彼女。
名義を変えたのは彼女。
選択したのは、彼女自身だ。
そして王太子は、真実を知りながら守った。
守るべきは国だったはずなのに。
その夜、王都に新たな噂が広がる。
「功績は公爵令嬢のものだった」
「王太子妃候補は盗用」
「殿下は知っていたのでは」
信用は、また削れた。
静かに。
確実に。
崩れ始めた王家の足元が、さらに脆くなる。
そして私は、窓の外の月を見上げる。
奪われたものは、奪い返さない。
事実が戻す。
それだけで十分なのだから。
王都の空気が、さらに重くなった朝。
公爵邸の書庫には、分厚い革表紙の提案書が整然と並んでいた。
南方港湾整備計画。
東部砦補給網再編案。
商会税制調整草案。
どれも、かつて王太子の名で発表された政策だ。
「お嬢様」
顧問団の一人が、静かに口を開く。
「これをご覧ください」
差し出されたのは、王宮側が保管していた“原本”の写しだった。
私は目を落とす。
一行目。
――提案者:セシル・アーディン。
わずかに、室内の空気が変わる。
「……なるほど」
ページをめくる。
文体。
構成。
財務計算の癖。
注釈の付け方。
どれも、私のものだ。
「日付をご確認ください」
顧問が言う。
私の原案作成日は三ヶ月前。
王宮提出の原本は、その二週間後。
「原案は公爵邸内部文書でした」
「持ち出しは不可能のはずでございます」
執事の声は低い。
だが、私は冷静だった。
「不可能ではありません」
書庫の管理記録を指でなぞる。
「貸出記録を」
侍女が帳簿を持ってくる。
そこに記された名は――
セシル。
三ヶ月前。
理由:姉の勉強を見学したい。
小さなため息が漏れた。
「……勉強、ですか」
王宮。
セシルは不安げに鏡を見つめていた。
「どうしてこんなことに……」
南方計画の再提出を求められ、彼女は資料を探した。
だが内容を説明できない。
数字が読めない。
構造が理解できない。
「以前の案をそのまま……」
と、秘書官に告げた瞬間だった。
秘書官の顔色が変わった。
「その案は、原案が別にございます」
王宮側にも、比較資料が残っていた。
公爵家から提出された初期草案。
書式が一致する。
注釈が一致する。
誤字の位置すら一致する。
違うのは、名義だけ。
「……偶然ですわ」
セシルは必死に笑う。
だが秘書官は言う。
「偶然で一致する量ではございません」
その報告は、即座に貴族院へと回された。
公爵邸。
「王宮から正式照会が来ております」
顧問が告げる。
「原案の提出要請です」
私は頷く。
「提出いたしましょう」
「公表なさいますか」
「いいえ」
静かに答える。
「公表は王宮がなさるべきです」
盗用を訴えない。
糾弾もしない。
ただ、事実を差し出す。
それだけで十分だ。
数日後。
貴族院特別会議。
重臣たちが並ぶ。
中央に並べられた二つの文書。
一つは公爵家原案。
一つは王宮提出案。
同一であることは明白だった。
ざわめきが走る。
「これは……」
「署名だけが違う」
「王太子妃候補の名義だと?」
アルヴァリオの顔が強張る。
「説明を」
国王の声は低い。
セシルは震える。
「わ、わたくしが考えました……!」
「財務構造の説明を」
重臣の問い。
沈黙。
「補給網再編の利点は」
答えられない。
王太子が口を開く。
「……彼女は助言を受けただけだ」
「誰から」
沈黙。
全員の視線が向く。
アルヴァリオは歯を食いしばる。
ヴェルミリアの名は出せない。
出せば、婚約破棄前の依存が露呈する。
「俺が監修した」
その言葉に、場が凍る。
重臣の一人が静かに言う。
「では、殿下が詳細をご説明ください」
アルヴァリオの額に汗が浮かぶ。
彼は理解していない。
条文も、構造も。
沈黙。
その沈黙が、答えだった。
公爵邸の応接室。
私は報告を聞く。
「会議は混乱したまま散会いたしました」
「王太子殿下は」
「明確な説明はできず」
私は紅茶を口にする。
「盗用の責任は?」
「追及が始まるかと」
私は静かに言う。
「感情は不要です」
怒りも、恨みもない。
ただ。
積み上げた功績が、勝手に戻ってくるだけ。
王宮の回廊。
セシルは一人立ち尽くしていた。
「お姉様が、わざと……」
だが違う。
私は何もしていない。
盗んだのは彼女。
名義を変えたのは彼女。
選択したのは、彼女自身だ。
そして王太子は、真実を知りながら守った。
守るべきは国だったはずなのに。
その夜、王都に新たな噂が広がる。
「功績は公爵令嬢のものだった」
「王太子妃候補は盗用」
「殿下は知っていたのでは」
信用は、また削れた。
静かに。
確実に。
崩れ始めた王家の足元が、さらに脆くなる。
そして私は、窓の外の月を見上げる。
奪われたものは、奪い返さない。
事実が戻す。
それだけで十分なのだから。
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