『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾

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第8話 白い結婚の条件

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第8話 白い結婚の条件

 アンクレイブ公爵領、正門。

 石造りの城門をくぐった瞬間、
 エミーラ・ローゼンベルクは、心の中で静かに評価を下していた。

(……無駄がない)

 装飾は最低限。
 警備の配置は合理的。
 使用人たちの動きに、余計な緊張や怠慢が見られない。

「お嬢様、こちらへ」

 案内役に導かれ、応接室へ向かう。

 その歩みの先で――

「ようこそ、アンクレイブ公爵領へ」

 低く、落ち着いた声。

 エミーラは足を止め、正面を見た。

 そこに立っていたのは、
 噂通りの男だった。

 銀灰色の髪。
 感情の読めない青い瞳。
 整った顔立ちだが、微笑みはない。

(……冷徹公爵)

 だが同時に、
 “威圧するための無駄な圧”も感じられなかった。

「初めまして。
 エミーラ・ローゼンベルクです」

 彼女が一礼すると、男も同じ深さで頭を下げる。

「ゼファー・アンクレイブだ」

 その所作は、
 対等な相手に向けられるものだった。

 ――少しだけ、胸の奥が軽くなる。

「移動でお疲れだろう。
 だが、その前に一つ」

 ゼファーは、応接室の席を示した。

「婚姻条件の最終確認を行いたい」

「望むところですわ」

 即答すると、
 彼の眉が、わずかに動いた。

(……迷いがない)

 それは、ゼファーにとっても確認だった。


---

 二人は向かい合って座る。

 間に置かれたのは、
 例の“白い結婚契約書”。

「条件は、書面の通りだ」

 ゼファーは淡々と告げる。

「互いに干渉しない。
 寝所は別。
 感情的義務は発生しない」

「はい」

「三年後、
 双方の合意がなければ解消する」

「承知しています」

 エミーラは、一つだけ付け加えた。

「その際、
 理由の説明義務はありませんわよね?」

「ない」

 即答。

 エミーラは、満足そうに頷いた。

「完璧ですわ」

 その言葉に、
 今度はゼファーが一瞬、考えるような沈黙を挟んだ。

「……一点、確認したい」

「どうぞ」

「君は、なぜこの条件を
 “理想的”だと言い切れる?」

 探るような問い。

 エミーラは、少しだけ考え、
 そして正直に答えた。

「私は、誰かの期待に応え続ける人生に
 疲れてしまいました」

 声は、穏やかだった。

「ここでは、
 “愛される役”を演じる必要がない。
 それが、何よりありがたいのです」

 ゼファーは、何も言わなかった。

 ただ、彼女を見ていた。

 ――理解。

 同情でも、軽視でもない。

「……合理的だ」

 それが、彼の結論だった。

「私も、感情に振り回される関係は望まない」

 そして、静かに続ける。

「だが」

 エミーラの視線が、上がる。

「能力を持つ者を、
 無視するつもりもない」

 一瞬。

 空気が、わずかに変わった。

「君が望むなら、
 公爵領の運営に関与してもらう」

「……よろしいのですか?」

「条件に明記してある」

 ゼファーは、淡々と答えた。

「使わない能力は、
 浪費だ」

 エミーラは、思わず微笑んだ。

「では――」

 彼女は、契約書に手を伸ばす。

「この白い結婚、
 お引き受けいたします」

 ペンが走る。

 続いて、ゼファーも署名した。

 それで終わり――のはずだった。

 だが、席を立つ直前。

「一つだけ」

 ゼファーが、声をかけた。

「この関係は、
 契約だ」

「ええ」

「だが、少なくとも」

 彼は、エミーラを真っ直ぐに見た。

「君を、
 不当に扱うことはない」

 エミーラは、一瞬驚き、
 そして、静かに頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 それは、契約書には書かれていない、
 けれど――

 この白い結婚が、
 “安全な場所”であることを示す、
 確かな言葉だった。


---
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