本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

文字の大きさ
27 / 39

28話 孤立

しおりを挟む
28話 孤立

 静まり返った大広間ほど、人を追い詰める場所はない。

 王城の謁見の間。
 つい数日前まで、そこは熱気と喧騒に満ちていた。聖女、奇跡、婚約、祝福――誰もが声を張り上げ、未来を語り、己の立場を誇示していた。

 だが今は違う。

 人は集まっている。
 しかし、視線は合わない。

 誰もが、ルートヴィヒ・マシアス王太子から、ほんのわずか距離を取って立っていた。

 物理的には、ほんの数歩。
 だが、その数歩は、決定的な断絶だった。

「……なぜ、誰も口を開かない」

 王太子の声は、広間に虚しく響いた。

 返事はない。

 以前なら、即座に誰かが同意し、擁護し、言い訳を並べただろう。
 だが今、誰も動かない。

 いや――
 正確には、動けないのではない。
 動きたくないのだ。

 王太子は、それをまだ理解していなかった。

「私は、王家の未来のために行動しただけだ!」
「聖女を国の象徴に据えるのは、何もおかしくない!」

 声を荒げれば荒げるほど、周囲の空気は冷えていく。

 貴族たちは互いに視線を交わし、誰ともなく一歩、また一歩と距離を取った。

 その光景を、アルトリア・カストゥスは少し離れた場所から静かに見ていた。

 表情は、いつもと変わらない。
 完璧で、穏やかで、冷静。

 だが内心では、はっきりと理解していた。

 ――終わりましたわね。

 これは裁きではない。
 断罪でもない。

 ただの「結果」だ。

 ルートヴィヒは、自分が何を失ったのかを、まだ正確に把握していない。

 彼は「反論されている」と思っている。
 だが実際には、誰からも相手にされていない。

 それが、孤立の正体だった。

「枢機卿! 教会として、何か言うべきではないのか!」

 苛立ちを隠さず、ルートヴィヒはリシュリュー枢機卿に意味のない救いを求めた。

 だが――
 返ってきたのは、沈黙だけだった。

 リシュリュー枢機卿は視線を伏せ、手元の書類から目を上げない。

 否定もしない。
 肯定もしない。

 ただ、何も言わない。

 その態度が、すべてを物語っていた。

 教会は、降りたのだ。

 勝てない戦に参加しない。
 それが彼らの常識であり、今回も例外ではなかった。

「……なぜだ」

 王太子の声が、わずかに震えた。

 理解できないのだ。
 自分が、誰かを殴ったわけでも、法を破ったわけでもないと思っている。

 だが、アルトリアは知っていた。

 彼は、もっと致命的なことをした。

 ――人を、道具として扱った。

 しかもそれを、
 「善意」や「未来」の名で正当化した。

 貴族社会において、それは最も嫌われる行為のひとつだった。

 なぜなら、
 次に道具にされるのは、自分かもしれないからだ。

 誰も、そんな王太子に肩入れしない。

 広間の空気は、重く、冷たく、そして決定的だった。

 ルートヴィヒは、ようやく異変に気づき始める。

 味方がいない。

 声を上げても、応じる者がいない。

 その事実が、じわじわと胸に染みていく。

「……私は、王太子だぞ」

 かすれた声で呟く。

 だが、その言葉は、もはや効力を持たなかった。

 王太子という肩書きは、
 支持があって初めて意味を持つ。

 今の彼には、それがない。

 アルトリアは、その様子を見届けると、静かに踵を返した。

 もう、彼女がするべきことは終わっている。

 あとは、流れが決める。

 誰も手を下さず、
 誰も声高に糾弾せず、
 それでも確実に――

 ルートヴィヒ・マシアスは、
 孤立していた。

 それは、王太子にとって最も残酷で、
 最も逃げ場のない状況だった。

 そしてこの孤立は、
 次の「王命」へと、静かに繋がっていく。

 誰もが、それを予感していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

完結 私は何を見せられているのでしょう?

音爽(ネソウ)
恋愛
「あり得ない」最初に出た言葉がそれだった

処理中です...