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第2話 公爵令嬢を名乗る義妹
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第2話 公爵令嬢を名乗る義妹
ヴァルモン公爵邸の主階段は、朝の光を受けて白く輝いていた。
大理石の床。
壁には代々の当主の肖像画。
重厚な絨毯が真っ直ぐに敷かれ、その先には大広間へ続く扉がある。
かつて、この階段を降りる人物は決まっていた。
ヴァルモン公爵家の当主か、その嫡女。
つまり、本来ならばオルタンスであるはずだった。
しかし今、その階段を堂々と降りてくるのは別の人物だった。
セレスティーヌ・ベルフォール。
オルタンスの義妹である。
金色の髪をゆるく巻き、淡い水色のドレスを身にまとっている。
その装いは流行の最先端で、宝石も惜しげなく散りばめられていた。
まだ朝だというのに、まるで舞踏会に出るかのような華やかさだ。
セレスティーヌは鏡に映る自分を見て満足そうに微笑んだ。
「ねえ、お母様。このドレス、やっぱり素敵でしょう?」
その横には母親のマルグリットが立っている。
「ええ、とてもよく似合っているわ。さすがはヴァルモン公爵家の令嬢ね」
その言葉に、セレスティーヌは誇らしげに顎を上げた。
「でしょう?」
二人の周囲では使用人たちが忙しく動いている。
しかし、その表情にはどこかぎこちなさがあった。
本来ならば、この場所で「公爵家の令嬢」と呼ばれるのは別の人物だ。
それを皆知っている。
だが、誰も口には出さない。
階段の上から、その光景を静かに見ている人物がいた。
オルタンスである。
彼女は手すりの影に立ち、しばらく義妹の様子を眺めていた。
セレスティーヌは完全にこの屋敷の主人の娘として振る舞っている。
そして父――ギヨーム・ド・ヴァルモンも、それを止めることはない。
むしろ誇らしげに見守っている。
「セレスティーヌ」
父の声がした。
「今日は昼からルーアン侯爵家の茶会だろう?」
「ええ、お父様」
セレスティーヌは嬉しそうに振り向いた。
「侯爵夫人がぜひ来てほしいって。王宮の舞踏会の話も聞けるそうよ」
父は満足そうに頷く。
「そうか。ヴァルモン公爵家の令嬢として恥のない振る舞いをしてこい」
その言葉を聞いて、使用人の何人かが一瞬だけ目を伏せた。
だが、セレスティーヌは気づかない。
「もちろんよ、お父様」
彼女は軽やかに笑った。
「だって私、将来は王都でも一番の公爵令嬢になるんですもの」
その言葉に、マルグリットも誇らしげに頷く。
オルタンスはそれを黙って見ていた。
怒りは浮かばない。
悲しみもない。
ただ、静かな観察者のように。
やがてクロエが小声で言った。
「お嬢様……」
オルタンスは視線を外さず答える。
「何かしら」
クロエは困ったように眉を寄せた。
「あの方、また“公爵令嬢”と名乗って……」
その声には明らかな不満が混じっていた。
クロエだけではない。
屋敷の古くからの使用人の多くは、今の状況を苦々しく思っている。
本物の継承者が離れに押し込められ、外から来た娘が堂々と名乗っているのだから。
だが、オルタンスは穏やかに言った。
「事実とは違いますね」
「はい」
「けれど、本人が信じているのなら……止める理由もありません」
クロエは驚いた。
「ですが……」
「いずれ分かることです」
オルタンスは静かに言った。
「自分の立場が何であるのか」
その声は冷たいわけではない。
ただ、感情がないだけだった。
階段の下では、セレスティーヌが使用人に指示を出している。
「馬車の準備は? 遅れるのは嫌よ」
「すぐにご用意いたします」
「それから、このリボン、王都で流行ってる形に結び直して」
まるでこの屋敷の主人のような振る舞いだった。
やがてセレスティーヌは父の腕を取った。
「お父様、王宮の舞踏会ではどんなドレスを着ればいいと思う?」
父は笑った。
「最高のものを仕立てればいい。ヴァルモン公爵家の名にふさわしいものをな」
セレスティーヌは目を輝かせた。
「じゃあ、宝石もたくさんつけたいわ!」
「好きにしなさい」
父はあっさり言う。
その会話を聞きながら、オルタンスはゆっくりと踵を返した。
クロエが慌ててついてくる。
「お嬢様、本当にこのままで……」
オルタンスは歩きながら答えた。
「ええ」
「舞踏会は近いですから」
クロエはその言葉に小さく震えた。
何かが起こる。
そんな予感がした。
廊下の窓から差し込む光が、オルタンスの横顔を照らす。
その表情は穏やかだった。
まるで、すべてが予定通りに進んでいるかのように。
そして彼女は静かに言った。
「人は、自分の身分以上の衣装を欲しがるものです」
一瞬の沈黙。
「けれど」
オルタンスの声はどこまでも落ち着いていた。
「それを着てよいかどうかは、別の話です」
ヴァルモン公爵邸の主階段は、朝の光を受けて白く輝いていた。
大理石の床。
壁には代々の当主の肖像画。
重厚な絨毯が真っ直ぐに敷かれ、その先には大広間へ続く扉がある。
かつて、この階段を降りる人物は決まっていた。
ヴァルモン公爵家の当主か、その嫡女。
つまり、本来ならばオルタンスであるはずだった。
しかし今、その階段を堂々と降りてくるのは別の人物だった。
セレスティーヌ・ベルフォール。
オルタンスの義妹である。
金色の髪をゆるく巻き、淡い水色のドレスを身にまとっている。
その装いは流行の最先端で、宝石も惜しげなく散りばめられていた。
まだ朝だというのに、まるで舞踏会に出るかのような華やかさだ。
セレスティーヌは鏡に映る自分を見て満足そうに微笑んだ。
「ねえ、お母様。このドレス、やっぱり素敵でしょう?」
その横には母親のマルグリットが立っている。
「ええ、とてもよく似合っているわ。さすがはヴァルモン公爵家の令嬢ね」
その言葉に、セレスティーヌは誇らしげに顎を上げた。
「でしょう?」
二人の周囲では使用人たちが忙しく動いている。
しかし、その表情にはどこかぎこちなさがあった。
本来ならば、この場所で「公爵家の令嬢」と呼ばれるのは別の人物だ。
それを皆知っている。
だが、誰も口には出さない。
階段の上から、その光景を静かに見ている人物がいた。
オルタンスである。
彼女は手すりの影に立ち、しばらく義妹の様子を眺めていた。
セレスティーヌは完全にこの屋敷の主人の娘として振る舞っている。
そして父――ギヨーム・ド・ヴァルモンも、それを止めることはない。
むしろ誇らしげに見守っている。
「セレスティーヌ」
父の声がした。
「今日は昼からルーアン侯爵家の茶会だろう?」
「ええ、お父様」
セレスティーヌは嬉しそうに振り向いた。
「侯爵夫人がぜひ来てほしいって。王宮の舞踏会の話も聞けるそうよ」
父は満足そうに頷く。
「そうか。ヴァルモン公爵家の令嬢として恥のない振る舞いをしてこい」
その言葉を聞いて、使用人の何人かが一瞬だけ目を伏せた。
だが、セレスティーヌは気づかない。
「もちろんよ、お父様」
彼女は軽やかに笑った。
「だって私、将来は王都でも一番の公爵令嬢になるんですもの」
その言葉に、マルグリットも誇らしげに頷く。
オルタンスはそれを黙って見ていた。
怒りは浮かばない。
悲しみもない。
ただ、静かな観察者のように。
やがてクロエが小声で言った。
「お嬢様……」
オルタンスは視線を外さず答える。
「何かしら」
クロエは困ったように眉を寄せた。
「あの方、また“公爵令嬢”と名乗って……」
その声には明らかな不満が混じっていた。
クロエだけではない。
屋敷の古くからの使用人の多くは、今の状況を苦々しく思っている。
本物の継承者が離れに押し込められ、外から来た娘が堂々と名乗っているのだから。
だが、オルタンスは穏やかに言った。
「事実とは違いますね」
「はい」
「けれど、本人が信じているのなら……止める理由もありません」
クロエは驚いた。
「ですが……」
「いずれ分かることです」
オルタンスは静かに言った。
「自分の立場が何であるのか」
その声は冷たいわけではない。
ただ、感情がないだけだった。
階段の下では、セレスティーヌが使用人に指示を出している。
「馬車の準備は? 遅れるのは嫌よ」
「すぐにご用意いたします」
「それから、このリボン、王都で流行ってる形に結び直して」
まるでこの屋敷の主人のような振る舞いだった。
やがてセレスティーヌは父の腕を取った。
「お父様、王宮の舞踏会ではどんなドレスを着ればいいと思う?」
父は笑った。
「最高のものを仕立てればいい。ヴァルモン公爵家の名にふさわしいものをな」
セレスティーヌは目を輝かせた。
「じゃあ、宝石もたくさんつけたいわ!」
「好きにしなさい」
父はあっさり言う。
その会話を聞きながら、オルタンスはゆっくりと踵を返した。
クロエが慌ててついてくる。
「お嬢様、本当にこのままで……」
オルタンスは歩きながら答えた。
「ええ」
「舞踏会は近いですから」
クロエはその言葉に小さく震えた。
何かが起こる。
そんな予感がした。
廊下の窓から差し込む光が、オルタンスの横顔を照らす。
その表情は穏やかだった。
まるで、すべてが予定通りに進んでいるかのように。
そして彼女は静かに言った。
「人は、自分の身分以上の衣装を欲しがるものです」
一瞬の沈黙。
「けれど」
オルタンスの声はどこまでも落ち着いていた。
「それを着てよいかどうかは、別の話です」
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