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第11話 公爵家の主人
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第11話 公爵家の主人
リナがジオニック公爵家の屋敷で暮らし始めてから、すでに十日ほどが過ぎていた。
生活は相変わらず豪華だった。
朝になればメイドが来て、着替えを手伝う。
食事はいつも豪勢で、温かい料理が次々と運ばれてくる。
新しいドレスも宝石も、次々と届けられる。
だが――
リナは外に出ることができなかった。
屋敷の門は常に閉ざされている。
護衛が立ち、勝手に出ることは許されていない。
リナはそれでも、自分に言い聞かせていた。
(きっと心配してくれているだけ)
アドリアンは優しい。
そう思いたかった。
その日の午後。
リナは廊下を歩いていた。
屋敷はとても広く、まだ知らない場所も多い。
大理石の床。
高い天井。
壁には立派な絵画。
ふと、奥の扉が開いた。
中から出てきたのは、年配の男性だった。
背筋の伸びた老人。
灰色の髪。
厳しい顔つき。
彼はリナを見ると、足を止めた。
「……君が」
低い声。
「リナか」
リナは慌てて頭を下げた。
「は、はい」
老人はじっとリナを見る。
その視線は冷たかった。
「なるほど」
短く呟く。
「平民の娘か」
リナは何も言えない。
老人は少しだけ鼻で笑った。
「噂通りだな」
そのとき、後ろから声がした。
「父上」
アドリアンだった。
彼はゆっくり歩いてくる。
老人は振り向いた。
「戻っていたのか」
アドリアンは軽く頷く。
「今朝戻りました」
老人――
ジオニック公爵は腕を組んだ。
「話は聞いている」
「平民の娘を屋敷に住まわせているそうだな」
アドリアンは落ち着いた声で答える。
「ええ」
「彼女は特別です」
公爵はリナをもう一度見た。
「特別?」
「ただの平民にしか見えんが」
リナは肩をすくめた。
アドリアンは少しだけ眉を動かす。
「父上」
「彼女は私の愛する人です」
公爵の目が細くなる。
「愛?」
その言葉を繰り返すと、ゆっくり首を振った。
「くだらん」
リナは思わず顔を上げた。
公爵は淡々と言う。
「貴族が平民を愛する?」
「そんな話、子供の物語だ」
アドリアンは黙っている。
公爵は続ける。
「だが」
「お前はジオニック公爵家の後継だ」
「好きにするがいい」
リナは少し驚いた。
公爵は反対しないのだろうか。
だが、次の言葉は冷たかった。
「ただし」
公爵はリナを見た。
「勘違いするな」
リナの胸が少しだけざわつく。
公爵は言う。
「お前は客ではない」
「ましてや公爵家の一員でもない」
リナは息を飲んだ。
公爵はゆっくり言葉を続ける。
「お前は」
「アドリアンの“趣味”だ」
廊下の空気が凍った。
リナは言葉を失う。
アドリアンは静かに言った。
「父上」
公爵は肩をすくめる。
「事実だろう」
「平民を屋敷に置く理由など、それしかない」
リナの指が小さく震えた。
公爵はそれを見て、少しだけ笑った。
「安心しろ」
「私は反対はしない」
「家の恥にならない程度ならな」
そしてアドリアンを見る。
「責任は取れ」
「それだけだ」
そう言うと、公爵は歩き去った。
廊下には静寂が残った。
リナは俯いていた。
アドリアンは少し困ったように言う。
「気にするな」
「父は昔気質なんだ」
リナは小さく答える。
「……はい」
アドリアンは優しく微笑む。
「君は私が守る」
その言葉は、以前と同じだった。
だが――
リナの胸には、先ほどの言葉が残っていた。
「趣味」
リナは自分の手を見つめた。
豪華なドレス。
宝石。
この屋敷。
すべて与えられている。
それでも。
その瞬間、初めて思った。
(……私)
(ここにいていいのかな)
遠くで、屋敷の門が閉まる音がした。
リナがジオニック公爵家の屋敷で暮らし始めてから、すでに十日ほどが過ぎていた。
生活は相変わらず豪華だった。
朝になればメイドが来て、着替えを手伝う。
食事はいつも豪勢で、温かい料理が次々と運ばれてくる。
新しいドレスも宝石も、次々と届けられる。
だが――
リナは外に出ることができなかった。
屋敷の門は常に閉ざされている。
護衛が立ち、勝手に出ることは許されていない。
リナはそれでも、自分に言い聞かせていた。
(きっと心配してくれているだけ)
アドリアンは優しい。
そう思いたかった。
その日の午後。
リナは廊下を歩いていた。
屋敷はとても広く、まだ知らない場所も多い。
大理石の床。
高い天井。
壁には立派な絵画。
ふと、奥の扉が開いた。
中から出てきたのは、年配の男性だった。
背筋の伸びた老人。
灰色の髪。
厳しい顔つき。
彼はリナを見ると、足を止めた。
「……君が」
低い声。
「リナか」
リナは慌てて頭を下げた。
「は、はい」
老人はじっとリナを見る。
その視線は冷たかった。
「なるほど」
短く呟く。
「平民の娘か」
リナは何も言えない。
老人は少しだけ鼻で笑った。
「噂通りだな」
そのとき、後ろから声がした。
「父上」
アドリアンだった。
彼はゆっくり歩いてくる。
老人は振り向いた。
「戻っていたのか」
アドリアンは軽く頷く。
「今朝戻りました」
老人――
ジオニック公爵は腕を組んだ。
「話は聞いている」
「平民の娘を屋敷に住まわせているそうだな」
アドリアンは落ち着いた声で答える。
「ええ」
「彼女は特別です」
公爵はリナをもう一度見た。
「特別?」
「ただの平民にしか見えんが」
リナは肩をすくめた。
アドリアンは少しだけ眉を動かす。
「父上」
「彼女は私の愛する人です」
公爵の目が細くなる。
「愛?」
その言葉を繰り返すと、ゆっくり首を振った。
「くだらん」
リナは思わず顔を上げた。
公爵は淡々と言う。
「貴族が平民を愛する?」
「そんな話、子供の物語だ」
アドリアンは黙っている。
公爵は続ける。
「だが」
「お前はジオニック公爵家の後継だ」
「好きにするがいい」
リナは少し驚いた。
公爵は反対しないのだろうか。
だが、次の言葉は冷たかった。
「ただし」
公爵はリナを見た。
「勘違いするな」
リナの胸が少しだけざわつく。
公爵は言う。
「お前は客ではない」
「ましてや公爵家の一員でもない」
リナは息を飲んだ。
公爵はゆっくり言葉を続ける。
「お前は」
「アドリアンの“趣味”だ」
廊下の空気が凍った。
リナは言葉を失う。
アドリアンは静かに言った。
「父上」
公爵は肩をすくめる。
「事実だろう」
「平民を屋敷に置く理由など、それしかない」
リナの指が小さく震えた。
公爵はそれを見て、少しだけ笑った。
「安心しろ」
「私は反対はしない」
「家の恥にならない程度ならな」
そしてアドリアンを見る。
「責任は取れ」
「それだけだ」
そう言うと、公爵は歩き去った。
廊下には静寂が残った。
リナは俯いていた。
アドリアンは少し困ったように言う。
「気にするな」
「父は昔気質なんだ」
リナは小さく答える。
「……はい」
アドリアンは優しく微笑む。
「君は私が守る」
その言葉は、以前と同じだった。
だが――
リナの胸には、先ほどの言葉が残っていた。
「趣味」
リナは自分の手を見つめた。
豪華なドレス。
宝石。
この屋敷。
すべて与えられている。
それでも。
その瞬間、初めて思った。
(……私)
(ここにいていいのかな)
遠くで、屋敷の門が閉まる音がした。
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