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第3話 説明してはいけない
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第3話 説明してはいけない
王宮の執務室は、朝から重苦しい空気に包まれていた。
アルベリク・フォン・アーデルハイン王太子は、机の前で腕を組み、眉間に深い皺を刻んでいる。
「……なぜだ」
ぽつり、と漏れた声には、苛立ちよりも困惑が滲んでいた。
「俺は、事実を言っただけだろう」
側近たちは、誰も即答しない。
その沈黙が、余計にアルベリクの神経を逆撫でした。
「完璧すぎて可愛げがない。
事実じゃないか。何が問題なんだ」
ついに、年長の側近が一歩前に出た。
「殿下……その“事実”を、どこでおっしゃったかをお忘れですか」
「舞踏会だ」
「公の場です」
「だから何だ」
側近は、一瞬だけ目を閉じた。
「……公の場での発言は、“事実”ではなく“評価”になります」
「評価?」
「はい。そして評価は、記録され、解釈され、広まります」
アルベリクは、露骨に顔をしかめた。
「そんな面倒な話をしているから、誤解が生まれるんだ」
「いえ。殿下」
側近は、はっきりと言った。
「誤解は、生まれておりません」
「……は?」
「殿下の発言は、正確に伝わっております」
机の上に、一枚の羊皮紙が置かれた。
昨夜の舞踏会での発言が、逐一書き留められている。
『完璧すぎて可愛げがない』
『女は少し馬鹿なくらいがいい』
アルベリクは紙を睨みつけた。
「……だから、これは例えだ」
「記録官は、例えを記録いたしません」
「融通が利かなすぎるだろ!」
「職務ですので」
側近の声は、あくまで冷静だった。
「殿下。
現在、最も問題視されているのは――
ノエリア様が反論を一切なさらなかった点です」
「……?」
「反論ではなく、事実のみを述べられました」
アルベリクは、昨夜の光景を思い出す。
棒読みの泣き声。
涙のない擬音。
そして、あの一言。
『何かされていましたら、舌を噛んで死んでいました』
「……過激すぎるだろう」
「殿下。あれは“過激”ではなく、“断定”です」
側近は続けた。
「感情ではなく、事実。
曖昧さを一切排した発言。
貴族社会では、最も信用される言葉遣いです」
「……馬鹿な」
アルベリクは椅子に深く腰掛け、頭を抱えた。
「俺が何を言っても、あれ一言で全部潰れるじゃないか」
「はい」
即答だった。
「だからこそ、殿下は今――
何も言ってはならない立場にいらっしゃいます」
「黙れと言うのか」
「沈黙が、最善です」
だが、その助言は遅かった。
その日の昼。
王太子は自らの判断で、貴族たちを集めることを決めた。
――説明すれば、分かる。
――誤解は、言葉で解ける。
そう信じて。
集まった貴族たちの前で、アルベリクは胸を張った。
「昨夜の件について、説明したい」
ざわり、と空気が動く。
「俺は、彼女を侮辱するつもりなどなかった」
その一言で、空気が一段冷えた。
「彼女は優秀だ。
だが、優秀すぎた。
だから、俺には合わなかった。それだけだ」
貴族たちは黙って聞いている。
――誰も、頷かない。
「それに、誤解されているが……
俺たちの間に、深い関係はなかった」
その瞬間、何人かが視線を交わした。
「……当然だろう?」
アルベリクは、焦りを覚え始めていた。
「彼女があそこまで言った以上、
俺が否定する必要はないはずだ」
沈黙。
やがて、一人の伯爵が、静かに口を開いた。
「殿下」
「何だ」
「そのご説明は……
昨夜のノエリア様の発言を、なぞっただけでは?」
アルベリクは言葉を詰まらせた。
「……だから?」
「つまり殿下は、
彼女の主張を全面的に認めた、ということになりますが」
別の貴族が続ける。
「しかも、その上で
“合わなかった”とおっしゃる」
「それの何が問題だ!」
「……その理由が、殿下の価値観のみだからです」
空気が、完全に決まった。
誰も声を荒げない。
誰も殿下を糾弾しない。
それが、最も痛烈だった。
一方その頃。
ノエリア・ヴァンローゼは、自室で紅茶を淹れていた。
(今日は随分と静かですわね)
カップを持ち上げながら、首を傾げる。
(説明……?
何を説明なさっているのかしら)
彼女は知らない。
自分が何もしていない間に、
王太子が自分の言葉で、
着実に立場を失っていることを。
そして、この日を境に――
王都では、こう囁かれるようになる。
「王太子は、
話せば話すほど、不利になる」
ノエリアは、ただ一口、紅茶を啜った。
(……早く落ち着きませんかしら)
その願いとは裏腹に、
事態はますます加速していくのだった。
王宮の執務室は、朝から重苦しい空気に包まれていた。
アルベリク・フォン・アーデルハイン王太子は、机の前で腕を組み、眉間に深い皺を刻んでいる。
「……なぜだ」
ぽつり、と漏れた声には、苛立ちよりも困惑が滲んでいた。
「俺は、事実を言っただけだろう」
側近たちは、誰も即答しない。
その沈黙が、余計にアルベリクの神経を逆撫でした。
「完璧すぎて可愛げがない。
事実じゃないか。何が問題なんだ」
ついに、年長の側近が一歩前に出た。
「殿下……その“事実”を、どこでおっしゃったかをお忘れですか」
「舞踏会だ」
「公の場です」
「だから何だ」
側近は、一瞬だけ目を閉じた。
「……公の場での発言は、“事実”ではなく“評価”になります」
「評価?」
「はい。そして評価は、記録され、解釈され、広まります」
アルベリクは、露骨に顔をしかめた。
「そんな面倒な話をしているから、誤解が生まれるんだ」
「いえ。殿下」
側近は、はっきりと言った。
「誤解は、生まれておりません」
「……は?」
「殿下の発言は、正確に伝わっております」
机の上に、一枚の羊皮紙が置かれた。
昨夜の舞踏会での発言が、逐一書き留められている。
『完璧すぎて可愛げがない』
『女は少し馬鹿なくらいがいい』
アルベリクは紙を睨みつけた。
「……だから、これは例えだ」
「記録官は、例えを記録いたしません」
「融通が利かなすぎるだろ!」
「職務ですので」
側近の声は、あくまで冷静だった。
「殿下。
現在、最も問題視されているのは――
ノエリア様が反論を一切なさらなかった点です」
「……?」
「反論ではなく、事実のみを述べられました」
アルベリクは、昨夜の光景を思い出す。
棒読みの泣き声。
涙のない擬音。
そして、あの一言。
『何かされていましたら、舌を噛んで死んでいました』
「……過激すぎるだろう」
「殿下。あれは“過激”ではなく、“断定”です」
側近は続けた。
「感情ではなく、事実。
曖昧さを一切排した発言。
貴族社会では、最も信用される言葉遣いです」
「……馬鹿な」
アルベリクは椅子に深く腰掛け、頭を抱えた。
「俺が何を言っても、あれ一言で全部潰れるじゃないか」
「はい」
即答だった。
「だからこそ、殿下は今――
何も言ってはならない立場にいらっしゃいます」
「黙れと言うのか」
「沈黙が、最善です」
だが、その助言は遅かった。
その日の昼。
王太子は自らの判断で、貴族たちを集めることを決めた。
――説明すれば、分かる。
――誤解は、言葉で解ける。
そう信じて。
集まった貴族たちの前で、アルベリクは胸を張った。
「昨夜の件について、説明したい」
ざわり、と空気が動く。
「俺は、彼女を侮辱するつもりなどなかった」
その一言で、空気が一段冷えた。
「彼女は優秀だ。
だが、優秀すぎた。
だから、俺には合わなかった。それだけだ」
貴族たちは黙って聞いている。
――誰も、頷かない。
「それに、誤解されているが……
俺たちの間に、深い関係はなかった」
その瞬間、何人かが視線を交わした。
「……当然だろう?」
アルベリクは、焦りを覚え始めていた。
「彼女があそこまで言った以上、
俺が否定する必要はないはずだ」
沈黙。
やがて、一人の伯爵が、静かに口を開いた。
「殿下」
「何だ」
「そのご説明は……
昨夜のノエリア様の発言を、なぞっただけでは?」
アルベリクは言葉を詰まらせた。
「……だから?」
「つまり殿下は、
彼女の主張を全面的に認めた、ということになりますが」
別の貴族が続ける。
「しかも、その上で
“合わなかった”とおっしゃる」
「それの何が問題だ!」
「……その理由が、殿下の価値観のみだからです」
空気が、完全に決まった。
誰も声を荒げない。
誰も殿下を糾弾しない。
それが、最も痛烈だった。
一方その頃。
ノエリア・ヴァンローゼは、自室で紅茶を淹れていた。
(今日は随分と静かですわね)
カップを持ち上げながら、首を傾げる。
(説明……?
何を説明なさっているのかしら)
彼女は知らない。
自分が何もしていない間に、
王太子が自分の言葉で、
着実に立場を失っていることを。
そして、この日を境に――
王都では、こう囁かれるようになる。
「王太子は、
話せば話すほど、不利になる」
ノエリアは、ただ一口、紅茶を啜った。
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その願いとは裏腹に、
事態はますます加速していくのだった。
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