白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第20話 公式発表という名の終わり

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第20話 公式発表という名の終わり

 王都は、朝から妙に静かだった。

 鐘は鳴っている。
 人も動いている。
 だが、どこか――
 一段階、音量が落ちている。

 それは、王宮内で行われる定例会議の議題が、
前日の夜に“差し替え”られたからだった。

「……本日の議題を、追加します」

 宰相の声は、いつもと変わらない。
 だからこそ、重かった。

「第一王太子アルベリク殿下の
 対外折衝権限について――
 再編を行います」

 会議室に、わずかなざわめきが走る。

 再編。
 それは、降格でも罰でもない。

 だが。

(……削られる)

 全員が、そう理解した。


---

 アルベリク本人は、黙っていた。

 声を上げる理由が、なかったからだ。

(……来たか)

 予兆は、いくらでもあった。

 隣国との交渉が、
 いつの間にか“別ルート”で進んでいたこと。

 書簡の返答が、
 彼を経由せず、直接宰相に届くようになったこと。

 そして何より。

 ノエリアの名が、
 王宮内で“肯定的に”語られるようになったこと。

 それは、皮肉でも嫌味でもない。

 純粋な評価だった。


---

「隣国公爵ヴァルデリオ殿は、
 現状の外交窓口を、
 王太子殿下から外す意向を示している」

 宰相が、淡々と続ける。

「理由は明確だ」

 紙をめくる音。

「――“信頼性の問題”」

 アルベリクは、目を閉じた。

(……信頼)

 責められてはいない。
 罵倒もない。

 ただ、選ばれなかった。

 それだけだ。


---

「代替として、
 第二王子殿下および宰相府が、
 直接の窓口を担う」

「異議は?」

 沈黙。

 反対意見が出ないことが、
 すべてを物語っていた。

 アルベリクは、拳を握らない。

 唇も噛まない。

 ――その必要が、もうなかった。


---

 会議終了後。

 側近が、控えめに声をかける。

「……殿下」

「分かっている」

 アルベリクは、短く答えた。

「これは、妥当な判断だ」

 側近は、言葉を失った。

(……受け入れるのか)

 だが、彼は知っていた。

 今さら、抵抗しても、
 取り戻せるものは何もない。


---

 王都では、その日のうちに噂が流れた。

「第一王太子、
 隣国関連の権限を外されたそうですわ」

「降格ではないけれど……」

「事実上の、戦線離脱ですわね」

 誰も、声を潜めなかった。

 同情も、嘲笑も、ない。

 関心がない。

 それが、最も効いた。


---

 一方。

 隣国公爵邸。

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 いつも通り書斎にいた。

 帳簿を閉じ、
 紅茶を一口飲む。

「……」

 そこへ、控えめなノック。

「どうぞ」

 ヴァルデリオが入ってくる。

「王都から、正式な通知が来た」

「……何か問題が?」

「ない」

 即答。

「第一王太子が、
 対外窓口から外れた」

 ノエリアは、瞬き一つ。

「……そうですか」

 それだけ。

 驚きも、喜びも、ない。

 ヴァルデリオは、その反応を見て、
 ほんの一瞬だけ目を細めた。

「……何も思わないか」

「思う必要が、ありませんわ」

 静かな声。

「それは、
 選ばれなかった結果であって、
 私が関与する話ではありません」

 正論だった。

 あまりにも。


---

「ただ」

 ノエリアは、少しだけ言葉を選ぶ。

「……少しだけ、
 “早かった”とは思います」

「早かった?」

「ええ。
 彼自身が気づく前に、
 周囲が結論を出したように見えますので」

 ヴァルデリオは、しばらく沈黙した。

「……それも、
 彼の選択の結果だ」

「そうですわね」

 ノエリアは、頷く。

 それ以上、言わない。

 同情しないことが、
 最も公平だと知っているからだ。


---

 夜。

 アルベリクは、自室で一人、書類を眺めていた。

 署名は、すでに済んでいる。

 彼自身の手で。

(……終わったな)

 それは、破滅ではない。

 王太子の地位は、まだある。
 立場も、名誉も。

 だが。

(……俺は)

(……選ばれなかった)

 その事実だけが、
 静かに、確実に、残った。


---

 翌朝。

 王都の新聞には、
 小さな記事が載った。

> 外交体制の再編について
王宮は「円滑化のため」と説明。



 ノエリアの名は、出ていない。

 だが。

 誰もが、理解していた。

 大切にされる者のいる場所と、
 そうでない場所の違いを。


---

 公爵邸で。

 ノエリアは、いつも通りの時間に起き、
 いつも通りの朝を迎える。

(……今日も、静かですわ)

 それでいい。

 何かを奪ったわけではない。
 ただ、
 奪われない場所に移っただけ。

 その結果が、
 誰かの立場を削ったとしても。

 それは――
 彼女の罪ではなかった。


---

 白い結婚(予定)生活。

 第20日目。

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 何もしていないまま、
 最大級の“ざまぁ”を完遂した。
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