白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第23話 善意ほど、扱いを間違える

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第23話 善意ほど、扱いを間違える

 第二王子ルシアンの評価が、静かに揺らぎ始めた頃。

 王都では、もう一つの動きが、水面下で進行していた。

「……今こそ、我々が動くべきではないか」

 そう口にしたのは、
 王妃派貴族筆頭、オルフェン侯爵だった。

 彼は長年、王妃に仕え、
 王家の“調整役”を自任してきた人物だ。

 穏健。
 中立。
 善意。

 ――本人は、そう信じている。


---

「第一王太子は感情で失敗し、
 第二王子は賢さで踏み外した」

 侯爵は、円卓を見渡す。

「だが、
 “母の立場”からであれば、
 話は違う」

 集まった者たちは、
 黙って頷いた。

 誰もが思っている。

(……王妃様なら)

(……母なら)

(……断れない)

 その発想自体が、
 すでに時代遅れだと、
 気づく者はいなかった。


---

 数日後。

 隣国公爵邸に、
 極めて丁寧な書簡が届く。

> 王妃殿下より、
私的な対話の場を設けたいとのご意向です。



 差出人は、オルフェン侯爵。

 文面は、柔らかく、
 どこまでも“配慮”に満ちていた。

「……王妃様、ですか」

 ノエリアは、静かにその名を口にする。

「どうする」

 ヴァルデリオが、いつものように短く問う。

「お断りする理由は……」

 一拍置く。

「ありません」

 即答。

「ただし」

 顔を上げる。

「“私的な対話”は、
 こちらの領内で、
 こちらの条件で」

 ヴァルデリオは、
 ゆっくりと頷いた。

「……了承するだろうか」

「ええ。
 拒否すれば、
 “後ろめたい”と受け取られます」

 その判断が、
 正しすぎた。


---

 会談当日。

 場所は、公爵邸の応接室。

 装飾は控えめ。
 威圧も、過剰な歓迎もない。

 そこへ現れたのは、
 オルフェン侯爵と、
 王妃の名代としての侍女長だった。

「ノエリア様」

 侯爵は、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

「お元気そうで、何よりです」

「ありがとうございます」

 ノエリアは、淡々と礼を返す。

 感情の起伏は、ない。


---

「本日は……」

 侯爵は、慎重に切り出す。

「王妃殿下が、
 母として、
 あなたのことを案じておられます」

「……そうですか」

「突然の婚約破棄、
 環境の変化……」

「そして」

 声を低める。

「“囲われている”という噂」

 ノエリアは、瞬き一つ。

「……ご心配、ありがとうございます」

 その返答に、
 侯爵は内心で安堵した。

(よし……)

(感情は、残っている)

 ――そう、誤解した。


---

「王妃殿下は、
 あなたが“自由に選べているのか”を
 心配されています」

「自由……ですか」

「ええ。
 王家として、
 あなたを守る用意がある、と」

 その瞬間。

 空気が、静かに変わった。

 ノエリアは、
 ほんの少しだけ、
 首を傾げた。

「……“守る”とは」

「?」

「何から、でしょうか」

 侯爵は、一瞬言葉に詰まる。

「それは……
 世間の誤解や……
 立場の弱さから……」

「なるほど」

 ノエリアは、
 穏やかに頷いた。

「では、お尋ねします」

 声は、あくまで柔らかい。

「私は今、
 何かに怯えていますか?」

「……いえ」

「立場は、不安定でしょうか?」

「……いえ」

「意思を、
 否定されたことは?」

「……」

 侯爵は、
 何も答えられなかった。


---

「王妃殿下のご厚意は、
 理解しました」

 ノエリアは、
 静かに続ける。

「ですが」

 一呼吸。

「私は、
 “守られる対象”として
 ここにいるわけではありません」

 その言葉は、
 拒絶ではなかった。

 宣言だった。


---

「……王妃殿下は」

 侯爵が、なおも言葉を探す。

「母として……」

「母として、
 案じてくださるのは、
 ありがたいことです」

 ノエリアは、
 きっぱりと答える。

「ですが」

 視線を上げる。

「私は、
 すでに成人し、
 自分の選択に責任を持つ立場です」

「……」

「“母”という立場を使って、
 私の選択を疑われるのであれば」

 微笑みは、崩さない。

「それは、
 善意ではなく、
 干渉です」

 応接室が、凍りついた。


---

 オルフェン侯爵は、
 この瞬間、悟った。

(……これは)

(……こちらが、
 “悪者”になる流れだ)

 そして、
 その流れは、止められない。


---

「……失礼しました」

 侯爵は、深く頭を下げる。

「我々の配慮が、
 行き過ぎていたようです」

「お気になさらず」

 ノエリアは、
 あくまで穏やかだった。

「善意は、
 扱いが難しいものですから」

 ――それが、
 致命的な一言だった。


---

 会談後。

 王都では、
 即座に話が広がった。

「王妃派が、
 ノエリア様に介入を試みたらしいですわ」

「結果は?」

「……完全に、
 理で返されたとか」

「しかも、
 声を荒げることなく……」

 評価は、瞬時に固まった。


---

「王妃派は……」

「時代を、
 読み違えましたわね」

「“母”を持ち出す相手じゃ、
 なかった」

 それは、
 非難でも嘲笑でもない。

 冷静な分析だった。


---

 一方。

 ノエリアは、
 応接室を出たあと、
 小さく息を吐いた。

(……少し、長かったですわね)

 それだけ。

 疲労も、怒りもない。

「問題は?」

 ヴァルデリオが、短く問う。

「ありません」

 即答。

「ただ、
 善意は……」

 言葉を選ぶ。

「扱いを誤ると、
 刃になります」

 ヴァルデリオは、
 静かに頷いた。

「……君は、
 それを素手で返した」

「?」

「何でもありません」


---

 この日を境に。

 王都では、
 一つの共通認識が生まれた。

「ノエリア・ヴァンローゼは――」

「もう、
 “助ける対象”ではない」

「“説得する相手”でもない」

「……対等に扱わなければ、
 こちらが傷つく」


---

 白い結婚(予定)生活。

 第23日目。

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 何も主張せず、
 何も怒らず、
 また一つ、
 王都の“古い善意”を終わらせた。

 ――通常運転のまま。
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