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第24話 触れない、という選択
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第24話 触れない、という選択
王都の会議室は、珍しく静まり返っていた。
怒号もない。
皮肉もない。
議論すら、ほとんどない。
ただ一つの議題だけが、
重く机の中央に置かれている。
「……ノエリア・ヴァンローゼについて」
宰相が、淡々と口にした。
それだけで、数名の貴族がわずかに背筋を伸ばす。
以前なら、
その名は“扱いやすい令嬢”を意味していた。
だが今は違う。
触れると、こちらが削られる名前だ。
---
「これまでの経緯を整理します」
宰相は、書類を一枚ずつめくる。
「第一王太子による直接的介入――失敗」
「第二王子による間接的誘導――逆効果」
「王妃派による善意の説得――自爆」
事実だけが、並ぶ。
感情は、入らない。
「……結論は?」
誰かが、小さく問う。
宰相は、間を置かず答えた。
「何もしない」
沈黙。
だが、それは否定ではなかった。
---
「干渉すれば、線を引かれる」
「説得すれば、理で返される」
「善意を示せば、
こちらの価値観が問われる」
宰相は、静かに言葉を重ねる。
「我々が彼女に勝てない理由は、
力でも地位でもありません」
一拍。
「彼女が、
我々を必要としていない」
その一言で、
全員が理解した。
---
貴族社会では、
必要とされない存在に
居場所はない。
だがそれは、
必要としない側が
優位に立つという意味でもある。
「……では」
年配の貴族が、ゆっくりと口を開く。
「彼女を、
“王都の案件”から外す、と」
「そうです」
宰相は、頷いた。
「公式にも、非公式にも」
「関与しない」
「利用しない」
「評価しない」
それは、
政治的な敗北宣言に近い。
だが同時に、
最も被害が少ない撤退でもあった。
---
「……賢明ですな」
誰かが、そう呟いた。
皮肉ではない。
本心だった。
---
一方。
この決定がなされたことを、
ノエリア本人は、まだ知らない。
隣国公爵邸の書斎で、
彼女はいつも通り、
帳簿を整理していた。
「……この数字、
やはり無駄がありますわね」
小さく独り言を言い、
修正案をメモする。
政治の大きな流れが、
自分を避ける方向へ
舵を切ったことなど、
知る由もない。
だが。
影響は、確かに現れていた。
---
数日後。
「……最近、
王都からの書簡が減りましたね」
メイド長が、
慎重に口にする。
「そうですか?」
ノエリアは、
顔を上げることもなく答える。
「特に、不便は感じませんが」
「……ええ」
メイド長は、
それ以上、何も言えなかった。
それが、
彼女の強さだ。
---
同じ頃。
王都では、
明確な“方針転換”が
裏で共有されていた。
「ノエリア・ヴァンローゼに関する案件は、
基本、扱わない」
「名前を出す必要がある場合は、
事実のみ」
「感情、評価、期待は――
一切、付け加えない」
理由は、誰も口にしない。
だが、
全員が理解している。
(……触れると、
こちらが負ける)
---
第一王太子アルベリクは、
その方針を聞いて、
苦く笑った。
「……そうか」
もう、怒りもない。
「それが、
一番、正しい」
彼は、
ようやく気づいていた。
彼女は、
王都の枠で
測れる存在ではなかった。
---
第二王子ルシアンも、
同じ判断に至る。
「……賢いな」
自嘲気味に呟く。
「手を出さない、
という選択を
取れる者が、
最後に勝つ」
そして、
自分は一歩、遅れた。
---
王妃派のオルフェン侯爵は、
報告書を読み、
深く頭を垂れた。
「……善意が、
最も危険だったか」
その反省は、
決して表には出ない。
だが、
彼の派閥は、
二度とノエリアの名を
口にしなくなった。
---
隣国公爵邸。
ノエリアは、
夕方の庭園を歩いていた。
日差しは柔らかく、
風も穏やか。
ヴァルデリオが、
隣を歩く。
「……王都が、
静かだな」
「ええ」
ノエリアは、
特に意味を込めずに答える。
「平和で、
何よりですわ」
ヴァルデリオは、
その言葉を噛みしめるように、
小さく頷いた。
(……彼女は)
(……自分が
“触れない対象”に
なったことすら、
気にしていない)
それが、
最も恐ろしく、
最も尊い。
---
その夜。
ノエリアは、
日記を開いた。
『最近、
余計な話が減った。』
一行、空ける。
『静かで、
とても過ごしやすい。』
それだけ書いて、
ペンを置く。
満足そうに。
---
白い結婚(予定)生活。
第24日目。
王都は、
ノエリア・ヴァンローゼに
触れないという決断を下した。
そして彼女は、
その決断を知らないまま、
今日も変わらず、
自分の人生を生きている。
――それが、
最大の勝利だと、
誰よりも理解していないまま。
--
王都の会議室は、珍しく静まり返っていた。
怒号もない。
皮肉もない。
議論すら、ほとんどない。
ただ一つの議題だけが、
重く机の中央に置かれている。
「……ノエリア・ヴァンローゼについて」
宰相が、淡々と口にした。
それだけで、数名の貴族がわずかに背筋を伸ばす。
以前なら、
その名は“扱いやすい令嬢”を意味していた。
だが今は違う。
触れると、こちらが削られる名前だ。
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「これまでの経緯を整理します」
宰相は、書類を一枚ずつめくる。
「第一王太子による直接的介入――失敗」
「第二王子による間接的誘導――逆効果」
「王妃派による善意の説得――自爆」
事実だけが、並ぶ。
感情は、入らない。
「……結論は?」
誰かが、小さく問う。
宰相は、間を置かず答えた。
「何もしない」
沈黙。
だが、それは否定ではなかった。
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「干渉すれば、線を引かれる」
「説得すれば、理で返される」
「善意を示せば、
こちらの価値観が問われる」
宰相は、静かに言葉を重ねる。
「我々が彼女に勝てない理由は、
力でも地位でもありません」
一拍。
「彼女が、
我々を必要としていない」
その一言で、
全員が理解した。
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貴族社会では、
必要とされない存在に
居場所はない。
だがそれは、
必要としない側が
優位に立つという意味でもある。
「……では」
年配の貴族が、ゆっくりと口を開く。
「彼女を、
“王都の案件”から外す、と」
「そうです」
宰相は、頷いた。
「公式にも、非公式にも」
「関与しない」
「利用しない」
「評価しない」
それは、
政治的な敗北宣言に近い。
だが同時に、
最も被害が少ない撤退でもあった。
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「……賢明ですな」
誰かが、そう呟いた。
皮肉ではない。
本心だった。
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一方。
この決定がなされたことを、
ノエリア本人は、まだ知らない。
隣国公爵邸の書斎で、
彼女はいつも通り、
帳簿を整理していた。
「……この数字、
やはり無駄がありますわね」
小さく独り言を言い、
修正案をメモする。
政治の大きな流れが、
自分を避ける方向へ
舵を切ったことなど、
知る由もない。
だが。
影響は、確かに現れていた。
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数日後。
「……最近、
王都からの書簡が減りましたね」
メイド長が、
慎重に口にする。
「そうですか?」
ノエリアは、
顔を上げることもなく答える。
「特に、不便は感じませんが」
「……ええ」
メイド長は、
それ以上、何も言えなかった。
それが、
彼女の強さだ。
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同じ頃。
王都では、
明確な“方針転換”が
裏で共有されていた。
「ノエリア・ヴァンローゼに関する案件は、
基本、扱わない」
「名前を出す必要がある場合は、
事実のみ」
「感情、評価、期待は――
一切、付け加えない」
理由は、誰も口にしない。
だが、
全員が理解している。
(……触れると、
こちらが負ける)
---
第一王太子アルベリクは、
その方針を聞いて、
苦く笑った。
「……そうか」
もう、怒りもない。
「それが、
一番、正しい」
彼は、
ようやく気づいていた。
彼女は、
王都の枠で
測れる存在ではなかった。
---
第二王子ルシアンも、
同じ判断に至る。
「……賢いな」
自嘲気味に呟く。
「手を出さない、
という選択を
取れる者が、
最後に勝つ」
そして、
自分は一歩、遅れた。
---
王妃派のオルフェン侯爵は、
報告書を読み、
深く頭を垂れた。
「……善意が、
最も危険だったか」
その反省は、
決して表には出ない。
だが、
彼の派閥は、
二度とノエリアの名を
口にしなくなった。
---
隣国公爵邸。
ノエリアは、
夕方の庭園を歩いていた。
日差しは柔らかく、
風も穏やか。
ヴァルデリオが、
隣を歩く。
「……王都が、
静かだな」
「ええ」
ノエリアは、
特に意味を込めずに答える。
「平和で、
何よりですわ」
ヴァルデリオは、
その言葉を噛みしめるように、
小さく頷いた。
(……彼女は)
(……自分が
“触れない対象”に
なったことすら、
気にしていない)
それが、
最も恐ろしく、
最も尊い。
---
その夜。
ノエリアは、
日記を開いた。
『最近、
余計な話が減った。』
一行、空ける。
『静かで、
とても過ごしやすい。』
それだけ書いて、
ペンを置く。
満足そうに。
---
白い結婚(予定)生活。
第24日目。
王都は、
ノエリア・ヴァンローゼに
触れないという決断を下した。
そして彼女は、
その決断を知らないまま、
今日も変わらず、
自分の人生を生きている。
――それが、
最大の勝利だと、
誰よりも理解していないまま。
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