白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第25話 頼る、という選択肢

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第25話 頼る、という選択肢

 ノエリア・ヴァンローゼは、自分が「頼らない人間」であることを、よく理解していた。

 誰かに何かを任せない、という意味ではない。
 責任を独占するわけでもない。

 ただ――
 判断を他人に預けない。

 それが、彼女の生き方だった。


---

 その日、彼女は書斎で資料を読み込んでいた。

 隣国領内の交易路再編に関する提案書。
 数字も論理も整っているが、一点だけ、引っかかる。

(……理屈は合っていますが)

 ペン先が、止まる。

(この前提、
 “短期的安定”を優先しすぎていますわね)

 長期で見れば、別の選択肢がある。

 だが。

(……実務的な影響は)

 一人で考え込む。

 いつもなら、ここで結論を出す。
 誰にも聞かず、誰にも預けず。

 ――だが、今日は。

 ふと、思った。

(……一応、
 聞いてみてもよいのでは?)

 その考えに、
 自分自身が少し驚く。


---

 ノエリアは、席を立った。

 廊下は静かで、
 いつもの公爵邸の空気。

 執務室の扉の前で、
 一瞬だけ、足を止める。

(……確認するだけですわ)

 言い訳をしてから、ノックした。

「……どうぞ」

 ヴァルデリオの声。

 中に入ると、彼は書類に目を通していた。

「何かあったか」

「ええ」

 ノエリアは、即答する。

 ――ここで、
 曖昧にしない。

「少し、
 確認していただきたい点があります」

 ヴァルデリオは、
 手を止めた。

「……珍しいな」

「そうでしょうか」

「君から、
 “確認してほしい”と
 言われるのは」

 一拍。

「初めてだ」

 ノエリアは、
 その言葉を否定しなかった。

「……そうかもしれません」


---

 彼女は、
 問題の資料を机に置く。

「こちらです」

 ヴァルデリオは、
 黙って目を通す。

 数分。

 その間、
 ノエリアは口を挟まない。

 説明しない。
 誘導しない。

 判断を、委ねる。

 ――それが、
 彼女にとっては
 小さな勇気だった。


---

「……なるほど」

 ヴァルデリオが、口を開く。

「短期では、
 悪くない」

「ええ」

「だが、
 五年後の余白がない」

 ノエリアは、
 小さく息を吐いた。

(……同じ結論)

 だが、それは重要ではない。

「別案は?」

「こちらだ」

 彼は、
 別の書類を取り出す。

「初動は重いが、
 柔軟性が残る」

 ノエリアは、
 資料を見比べる。

(……判断は、
 私と同じ)

 それでも。

 胸の奥に、
 奇妙な安心感が広がる。


---

「……ありがとうございます」

 その言葉が、
 自然に口から出た。

 ヴァルデリオは、
 一瞬だけ目を細める。

「礼を言われるほどのことではない」

「いえ」

 ノエリアは、
 きっぱりと答える。

「“判断を共有した”ことに対してです」

 その表現に、
 彼は何も言わなかった。

 ただ、
 小さく頷いた。


---

 執務室を出たあと。

 ノエリアは、
 廊下を歩きながら考える。

(……判断は、
 変わりませんでした)

 結果も、
 想定通り。

 それなのに。

(……一人で決めたときより、
 少しだけ、
 楽ですわね)

 それは、
 “甘さ”とは違う。

 重さを分けた感覚。


---

 一方。

 執務室に残ったヴァルデリオは、
 しばらく机を見つめていた。

(……頼られた)

 それだけで、
 特別な意味を持つ。

 だが。

(……大げさに受け取るな)

 彼は、自分に言い聞かせる。

 急げば、
 壊れる。

 彼女は、
 自分のペースでしか、
 歩かない。


---

 夕方。

 ノエリアは、
 メイド長から声をかけられた。

「本日は、
 少し表情が柔らかいですね」

「……そうでしょうか」

「ええ」

 メイド長は、
 穏やかに微笑む。

「何か、
 よいことが?」

 ノエリアは、
 一瞬考えてから答えた。

「……確認を、
 一つ済ませただけです」

 それ以上は、言わない。


---

 夜。

 ノエリアは、
 日記を開く。

『今日、
 少しだけ人に頼った。』

 一行空ける。

『結果は、
 変わらなかった。』

 さらに一行。

『だが、
 判断が軽くなった。』

 ペンを止める。

(……悪くありませんわね)

 そう思ったことを、
 特別視しない。

 それが、
 ノエリア流の前進だった。


---

 同じ夜。

 ヴァルデリオは、
 窓の外を眺めていた。

(……彼女は)

(……自分から、
 一歩だけ踏み出した)

 それを、
 引き寄せる気はない。

 ただ、
 隣に立つ。

 それで十分だ。


---

 白い結婚(予定)生活。

 第25日目。

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 初めて“自分から頼る”という選択をした。

 恋ではない。
 依存でもない。

 ただ――
 信頼の重さを、
 少しだけ分けた。

 その一歩が、
 どこへ続くのか。

 彼女自身が、
 まだ知らないまま。


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