正解を出さない私たちが、それでも前に進めた理由

鷹 綾

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第26話 止まらない問い

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第26話 止まらない問い

 朝の空気は、前日よりも少しだけ澄んでいた。

 決めないことを決めた翌日。
 王宮は混乱しているかと思えば、意外にもそうではなかった。

 むしろ——
 皆、静かだった。

 クロエは回廊を歩きながら、その沈黙の質が変わっていることを感じ取っていた。

「……問いが、
 止まっていない」

 昨日までの沈黙は、答えを待つ沈黙だった。
 だが今は違う。

 考え続けるための、沈黙。

     *

 午前、クロエは支援計画の進捗報告を受けていた。

 形式ばった会議ではない。
 立ったまま、書類を挟んでの短い確認。

「……現地との連絡頻度を、
 一段階、上げました」

 若い文官が報告する。

「昨日の“固定しない判断”を受けて、
 こちらからも、
 問いを投げ返しています」

「……反応は」

「戸惑いは、あります」

 正直な答え。

「ですが……
 “聞いてもらえている”
 という印象は、
 強くなったようです」

 クロエは、静かに頷いた。

     *

「……質問が、
 増えています」

 別の文官が、少し困ったように続ける。

「これまでなら、
 答えを出して終わっていたことを、
 “どう考えているのか”
 聞かれるようになりました」

 それは、
 負担でもある。

 だが——。

「……悪い変化では、
 ありません」

 クロエは、そう言った。

「問いが増えるのは、
 関心が戻ってきた証です」

 文官たちは、
 少しだけ、肩の力を抜いた。

     *

 昼過ぎ、クロエは中庭を歩いていた。

 数名の文官が、
 立ったまま資料を見比べ、
 低い声で議論している。

「……ここの数字、
 前回と意味が違う」

「いや、
 前提条件が変わってる」

 クロエは、近づかない。
 声もかけない。

 だが、
 彼らの問いが、
 以前よりも深くなっていることは、
 すぐにわかった。

「……答えを、
 探していない」

 正確には——
 「一つの答え」を。

     *

 午後、クロエは一通の書簡を受け取った。

 差出人は、先日、明確な判断を求めてきた地方代表。

 封を切り、読む。

 ――即答を求めたことを、撤回する。
 ――状況が変わり続ける中で、
   固定された答えが、
   必ずしも救いにならないことは理解した。
 ――だが、問い続けてほしい。

 クロエは、しばらくその文面を見つめていた。

「……問い続けてほしい」

 答えではなく。
 沈黙でもなく。

     *

 夕刻、アストールと回廊を歩く。

「今日は、
 何も決めなかったな」

「……いえ」

 クロエは、首を振る。

「決め続けることを、
 続けました」

「言葉遊びに聞こえる」

「……そうかもしれません」

 小さく笑う。

「でも、
 問いを止めないというのは、
 結構、体力が要ります」

 アストールは、短く息を吐いた。

「逃げるほうが、
 楽だ」

「はい」

「だが、
 君は逃げていない」

 それは、
 評価ではなく、
 確認のような口調だった。

     *

 夜。

 クロエは自室で、
 机の上に広げた白紙を見つめていた。

 今日は、
 結論を書かない。

 代わりに、
 問いを書き留める。

 ・何を優先しているのか
 ・何を切り捨てられないのか
・何が、まだ見えていないのか

 一つ書くたびに、
 答えが増えるわけではない。

 だが——
 視界は、確実に整理されていく。

「……問いは、
 止まらないほうがいい」

 止まった瞬間、
 それは、
 誰かの都合の良い答えに、
 置き換えられてしまう。

 クロエは、ペンを置いた。

     *

 灯りを落とす前、
 ふと、鏡に視線を向ける。

 覗き込まない。
 確認もしない。

 ただ、そこにある存在として、
 受け止める。

「……私は、
 答えを出す人間じゃない」

 でも——。

「……問いを、
 手放さない人間では、
 いたい」

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