正解を出さない私たちが、それでも前に進めた理由

鷹 綾

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第27話 問いを預けるという選択

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第27話 問いを預けるという選択

 朝、王宮の中庭に射し込む光はやわらかかった。

 昨日までの張り詰めた空気が、少しだけほどけている。
 だが、完全に緩んだわけではない。

 クロエは、歩きながらその違いを感じ取っていた。

「……問いが、
 私の手を離れ始めている」

 それは、不安ではなかった。
 むしろ——
 静かな実感だった。

     *

 午前、クロエは支援計画を担当する部署から、ある提案を受けた。

 ――現地代表との定期対話の場を、
   王宮主導ではなく、
   共同進行に切り替えたい。

 書面は簡潔だったが、
 その意味は大きい。

「……主導を、
 手放したい?」

 クロエは、報告に来た文官を見た。

「はい」

 彼は、少し緊張しながらも、はっきりと答えた。

「問いを投げる役割を、
 こちらだけが持つのではなく、
 現地側にも、
 同じ重さで預けたいと考えています」

 クロエは、しばらく黙っていた。

     *

 問いを、預ける。

 それは、
 責任を押し付けることではない。
 だが、
 全てを抱え込むこととも違う。

「……どうして、
 そう考えたのですか」

 クロエが尋ねると、
 文官は一瞬、言葉を探した。

「……正直に言います」

 小さく息を吸う。

「問いを持ち続けるのが、
 辛くなったからです」

 その言葉は、
 逃げではなかった。

「でも」

 彼は続ける。

「辛いからこそ、
 一緒に考える相手が、
 必要だと思いました」

 クロエの胸に、
 静かな納得が広がる。

     *

「……わかりました」

 クロエは、ゆっくりと頷いた。

「その提案、
 進めてください」

 文官の表情が、
 わずかに緩む。

「ただし」

 一拍置く。

「問いを預けるということは、
 相手の答えを、
 すぐに否定しない、
 ということでもあります」

「……はい」

「時間が、
 かかるかもしれません」

「……承知しています」

 それでいい、と
 クロエは思った。

     *

 昼過ぎ、
 クロエは中庭の片隅に立っていた。

 文官たちが、
 新しい進行案について、
 小さな輪を作って話し合っている。

 以前なら、
 誰かがクロエを見つけ、
 意見を求めてきただろう。

 だが、
 今日は違う。

 彼らは、
 自分たちで言葉を選び、
 問いを組み立てている。

「……預けた」

 自分が、ではない。
 場が。

     *

 午後、
 地方代表から連絡が入った。

 ――共同進行案について、
   前向きに検討する。
 ――問いを共有する場なら、
   率直な話ができる。

 短い文面だったが、
 そこには、
 これまでになかった温度があった。

「……問いは、
 持ち主を変える」

 だが、
 消えるわけではない。

     *

 夕刻、
 アストールと回廊を歩く。

「今日は、
 少し、軽そうだな」

「……はい」

 クロエは、正直に答えた。

「問いを、
 一人で抱えていないから」

「逃げたか」

「いいえ」

 即答。

「預けました」

 アストールは、
 短く息を吐く。

「違いが、
 わかっているなら、
 問題ない」

     *

 夜。

 クロエは自室で、
 机の上のメモを整理していた。

 以前は、
 問いがびっしりと並んでいた紙。

 今日は、
 いくつかの問いの横に、
 小さな印がついている。

 ――共同
 ――現地
――次回確認

「……全部を、
 自分で持たなくていい」

 問いは、
 誰かに預けても、
 軽くはならない。

 だが——
 歪まない。

     *

 灯りを落とす前、
 クロエは窓を少しだけ開けた。

 夜風が、
 静かに部屋を通り抜ける。

「……問いを預けるという選択」

 それは、
 信じるという行為に、
 少し似ている。

 相手が、
 同じ問いを、
 同じ重さで扱ってくれると、
 信じること。

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