婚約破棄された伯爵令嬢、王の目となる

鷹 綾

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第二話 伯爵位を継ぐということ

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第二話 伯爵位を継ぐということ

 葬列は静かに進んでいた。

 黒布に覆われた棺を先頭に、ドミニク伯爵家の紋章を掲げた旗が、重たい風にわずかに揺れる。鐘の音が一定の間隔で鳴り、領民たちは道の両脇に並んで頭を垂れていた。声を上げて泣く者はいない。ただ、誰もが理解している。ひとつの時代が終わったのだと。

 ミシェルは喪服に身を包み、葬列のすぐ後ろを歩いていた。背筋を伸ばし、視線を落とさず、歩幅も乱さない。その姿に、領民たちは言葉を失う。若い。女だ。だが、誰も軽んじることはできなかった。

 ドミニク伯爵は、善政で知られていた。厳格だが公平で、税を無闇に取り立てず、争いが起これば必ず調停に立った。その姿を、領民たちは幼い頃から見てきた。そして今、その後ろを歩く娘の姿にも、同じ気配を感じ取っていた。

 葬儀が終わると、屋敷には重苦しい静けさが戻った。弔問客が引き、広間に残ったのは、ミシェルと限られた家臣たちだけだった。老執事が一歩前に進み、深く一礼する。

「……これより、家督継承の正式な手続きを行います」

 長机の上には、分厚い書類が整然と並べられている。土地の台帳、税収の記録、軍備の一覧、王への誓約文。伯爵位とは、称号ではない。責任の集合体だ。

 ミシェルは席に着き、一つ一つに目を通していく。読み飛ばしはしない。理解できない点があれば、その場で確認する。家臣たちは、彼女の落ち着きぶりに内心で息を呑んだ。

「この年の収支、理由が曖昧ですわね」

 淡々とした指摘に、会計官が慌てて説明を加える。ミシェルは頷き、書類に印を付けた。

「後で精査します。今は進めましょう」

 手続きが終わり、最後の書類に署名をした瞬間、彼女は名実ともにドミニク伯爵となった。女伯爵――その事実が、重くのしかかる。

 沈黙の中、年配の家臣が口を開いた。

「……失礼を承知で申し上げます。周囲には、奥様が当主となることを快く思わぬ者もおります」

 遠回しな言い方だが、意味は明白だ。女が領主など前例が少ない。弱く見られる。付け込まれる。その可能性は高い。

 ミシェルは、しばし考える素振りを見せてから答えた。

「そうでしょうね」

 声には、動揺も怒りもない。

「ですが、それは理由になりません。父が守ってきた領地を、私が継ぐ。ただ、それだけのことです」

 家臣たちは、改めて頭を下げた。納得というより、覚悟を見たからだ。

 その夜、ミシェルは一人、書斎に残っていた。窓の外では、庭の木々が静かに揺れている。机の上には、父が使っていた古い地図と、使い込まれた帳簿が並んでいた。

 彼女は椅子に腰掛け、地図を広げる。川の流れ、街道、村の配置。すべて頭に入っているはずのものを、もう一度、確認する。伯爵として見ると、景色が変わる。ここが弱点だ。ここは守りやすい。ここは、もし不正があればすぐに歪みが出る。

「……継ぐ、というのは」

 呟きが、静かな書斎に落ちた。

「受け取ることではなく、背負うことなのね」

 その頃、王都では別の動きがあった。王宮の一室で、国王は数名の側近と密談をしていた。机の上には、ドミニク伯爵家に関する報告書が置かれている。

「娘が継いだか」

「はい。滞りなく」

 国王は、短く息を吐いた。

「……忠臣の家だ。だからこそ、目を離すわけにはいかぬ」

 側近の一人が頷く。

「女であることを理由に、軽んじる者も出ましょう。逆に、試そうとする者も」

「それでもだ」

 国王は言い切った。

「彼女は、逃げぬ」

 その言葉には、確信があった。

 一方、コンシール伯爵邸では、スキームが苛立ちを隠せずにいた。ドミニク伯爵の死、そして娘が継いだという報告。婚約を破棄した直後だというのに、胸の奥がざわつく。

「……女伯爵、か」

 嘲るように呟きながらも、彼の指は机を叩いていた。軽んじていい相手ではない。あの娘は、感情で動く女ではない。だからこそ、厄介だ。

 だが彼は、思い直す。

「問題ない。こちらは伯爵だ。しかも、帳簿は整えてある」

 そう、表向きは。

 ミシェルは、書斎の灯りを落とし、立ち上がった。明日から、やるべきことは山ほどある。領内の巡察、家臣の再配置、王都との連絡。

 そして――国王からの召喚。

 彼女はまだ知らない。その呼び出しが、伯爵としての最初の仕事であり、同時に、王国全体を揺らす役目への入口であることを。

 ドミニク伯爵家の当主として。
 そして、まだ名も知らぬ「役目」のために。

 静かに、歯車は噛み合い始めていた。
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