婚約破棄された伯爵令嬢、王の目となる

鷹 綾

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第十七話 裁きの余波

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第十七話 裁きの余波

 スキーム・コンシールの身柄が城門を出たのは、夕刻だった。

 護送の列は簡素だ。過剰な武装も、見せしめの旗もない。だが、その静けさこそが、異様な重みを放っていた。城門の外で偶然それを目にした者は、誰も声を上げなかった。問いも、歓声も、罵声もない。ただ、見送る沈黙があった。

 領民はまだ事情を知らない。
 だが、何かが終わったことだけは、肌で感じ取っていた。

 城内では、後始末が淡々と進められている。鍵の引き渡し、倉庫の封印、代官の一時解任。すべてが事務的で、感情の入る余地はなかった。

「次の代官は、王都から?」

 家宰が、恐る恐る問いかける。

「暫定です」

 ミシェルは、即答した。

「この領地は、しばらく“管理下”に置きます。
 急な改革は、混乱を招くだけ」

 彼女は、机の上の地図を見下ろす。川の流れ、街道、倉庫の位置。数字と同じく、土地もまた嘘をつかない。

「まずは、現状の把握を優先します」

 ノイマンが頷く。

「教会としても、同意見です。
 破門の宣告は、王都で最終判断を」

「ええ。
 ここでは、必要以上の恐怖を残さない」

 恐怖は、すでに十分だった。

 その夜、城下の教会で、司祭が短い祈りを捧げた。

「領主の交代により、不安を抱く者も多いでしょう。
 ですが、神は正義を見捨てません」

 名は出されない。
 罪も語られない。

 それでも、礼拝堂の空気は引き締まった。人々は、裁きが神と王の双方から下ったことを、直感で理解している。

 一方、王都へ向かう馬車の中で、スキームは項垂れていた。

 護送役の騎士は、必要以上に話しかけない。拘束も最低限だ。だが、それがかえって、彼の心を追い詰める。

「……私は、無能ではない」

 独り言のように呟く。

 返事はない。

 彼の中で、敗因を探す思考がぐるぐると回る。帳簿は完璧だったはずだ。人も買収した。証言も抑えた。なのに、なぜ。

「……見られていたのか」

 外から。
 名乗らぬうちに。

 答えは、すでに出ている。
 裁きは、城門の外から始まっていた。

 ミシェルは、城を発つ準備をしていた。荷は少ない。必要な書類だけを選び、残りは王都へ送る手配を済ませる。

「疲れていませんか」

 ノイマンが、穏やかに声をかける。

「いいえ。
 まだ、始まったばかりですから」

 彼女は、窓の外を見た。夕闇の中、城下に灯がともり始めている。人々の生活は、止まらない。止めてはならない。

「……私情は、挟まなかったですね」

 ノイマンの言葉に、ミシェルは一瞬だけ視線を伏せた。

「挟めば、判断が鈍る」

 それだけを言って、顔を上げる。

「それに――」

 少し間を置く。

「彼が裁かれたのは、私を切り捨てたからではない。
 国を、神を、領民を裏切ったからです」

 ノイマンは、深く頷いた。

「その区別がつく限り、
 あなたは巡察使であり続けられる」

 翌朝、城門前に、簡素な馬車が用意された。見送りはない。式典もない。

 ミシェルは、馬車に乗り込む前、城を振り返った。

 かつて婚約者として訪れた場所。
 そして今、裁きの場となった場所。

 感慨はない。
 あるのは、次の任務だけだ。

「次は、どこへ?」

 ノイマンの問いに、ミシェルは短く答えた。

「北の伯爵領。
 噂では、帳簿が“異様に美しい”そうです」

 ノイマンは、苦笑する。

「それは、危険な香りがしますね」

「ええ。
 美しすぎる帳簿は、疑うべきです」

 馬車が動き出す。

 裁きの余波は、すでに王国内を巡っていた。
 次は誰か。
 いつ来るのか。

 答えは、誰にも分からない。

 ただ一つ確かなのは――

 ミッシ・ドミニチの巡察は、
 止まらない、ということだけだった。
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