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第16話 処理対象
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第16話 処理対象
その日の夕刻、王宮の奥にある執務棟では、普段よりも灯りが多くともされていた。
夜に向けての作業が長引くことを、最初から織り込んだ配置だ。誰もが理解している。今日は「終わらせる日」なのだと。
イディオット・パーソーン王太子は、ようやく呼び出しを受けていた。
だが、その呼び出しは、彼が想像していたものとは決定的に違っていた。
控えの間に現れたのは、父である国王の近習でも、信頼する重臣でもない。
法務官と記録官。
それだけだった。
「……父上は?」
問いかける声には、苛立ちと不安が混じっている。
だが返ってきたのは、淡々とした答えだった。
「本件は、陛下のご裁可を前提として、すでに処理段階に入っております」
処理。
その言葉が、王太子の耳に引っかかる。
「処理とは何だ。俺は王太子だぞ」
いつもなら、この一言で場は沈黙し、相手は態度を改めた。
だが、今日は違う。
法務官は、視線を上げることなく言った。
「はい。ですから、処理対象として扱われております」
一瞬、意味が理解できなかった。
王太子は、思考が追いつかないまま、言葉を重ねる。
「……俺が、対象?」
「はい」
短い肯定。
感情は、そこに含まれていない。
案内された部屋は、会議室ではなかった。
玉座の間でも、応接間でもない。
書類棚と机だけが並ぶ、事務的な空間。
そこに、国王はすでにいた。
だが、王太子の顔を見ても、表情を動かさない。
「座れ」
それだけだった。
イディオットは、内心で苛立ちを噛み殺しながら椅子に座る。
この扱いはおかしい。
自分は叱られる立場ではあっても、裁かれる立場ではないはずだ。
国王は、机上の書類に目を落としたまま告げる。
「昨夜の舞踏会で、お前は公式の場において婚約破棄を宣言した」
「それがどうした。俺は――」
「最後まで聞け」
低い声が、遮る。
国王は顔を上げないまま続けた。
「婚約は、王家と公爵家の正式な契約だ。
それを、理由も整合性もなく破棄した。
撤回の機会は与えた。お前は拒否した」
一つ一つ、事実が積み重ねられていく。
「結果として、王家は国際的信用を損なう危険に晒され、国内の制度秩序を揺るがせた」
その言葉に、王太子は思わず声を荒げた。
「大げさだ! ただの婚約だろう!」
その瞬間、国王は初めて顔を上げた。
怒りではない。
だが、完全に冷え切った視線だった。
「だからだ」
短い言葉が、重く落ちる。
「お前は、それが『ただの婚約』だと思った。
それが、最大の問題だ」
王太子は、言葉を失う。
国王は続ける。
「この国では、公式の場でなされた発言は、個人の感情ではなく、制度の一部として扱われる。
王太子であれば、なおさらだ」
机上に、一枚の書類が置かれる。
「これは、処分案だ」
王太子は、書類を見ることができなかった。
見た瞬間に、何かが決定的に変わると、本能が告げていたからだ。
「安心しろ。今すぐ結論を出すわけではない」
国王の声は、静かだった。
「だが、お前はもう『守られる立場』ではない。
今は、判断される立場だ」
その言葉が意味するところを、王太子はようやく理解し始めていた。
叱られるのではない。
説教されるのでもない。
分類され、処理される。
それが、公式の世界だ。
同じ頃、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、王都を離れる準備を進めていた。
王宮からの連絡は、もう来ない。
それでいい。
彼女の役目は、完全に終わったのだから。
一方で、イディオット・パーソーン王太子は、ようやく理解し始めていた。
自分が今いる場所は、物語の中心ではない。
制度の歯車の中だ。
そして、歯車に感情はない。
公式は、すでに彼を「処理対象」として回転を始めていた。
その日の夕刻、王宮の奥にある執務棟では、普段よりも灯りが多くともされていた。
夜に向けての作業が長引くことを、最初から織り込んだ配置だ。誰もが理解している。今日は「終わらせる日」なのだと。
イディオット・パーソーン王太子は、ようやく呼び出しを受けていた。
だが、その呼び出しは、彼が想像していたものとは決定的に違っていた。
控えの間に現れたのは、父である国王の近習でも、信頼する重臣でもない。
法務官と記録官。
それだけだった。
「……父上は?」
問いかける声には、苛立ちと不安が混じっている。
だが返ってきたのは、淡々とした答えだった。
「本件は、陛下のご裁可を前提として、すでに処理段階に入っております」
処理。
その言葉が、王太子の耳に引っかかる。
「処理とは何だ。俺は王太子だぞ」
いつもなら、この一言で場は沈黙し、相手は態度を改めた。
だが、今日は違う。
法務官は、視線を上げることなく言った。
「はい。ですから、処理対象として扱われております」
一瞬、意味が理解できなかった。
王太子は、思考が追いつかないまま、言葉を重ねる。
「……俺が、対象?」
「はい」
短い肯定。
感情は、そこに含まれていない。
案内された部屋は、会議室ではなかった。
玉座の間でも、応接間でもない。
書類棚と机だけが並ぶ、事務的な空間。
そこに、国王はすでにいた。
だが、王太子の顔を見ても、表情を動かさない。
「座れ」
それだけだった。
イディオットは、内心で苛立ちを噛み殺しながら椅子に座る。
この扱いはおかしい。
自分は叱られる立場ではあっても、裁かれる立場ではないはずだ。
国王は、机上の書類に目を落としたまま告げる。
「昨夜の舞踏会で、お前は公式の場において婚約破棄を宣言した」
「それがどうした。俺は――」
「最後まで聞け」
低い声が、遮る。
国王は顔を上げないまま続けた。
「婚約は、王家と公爵家の正式な契約だ。
それを、理由も整合性もなく破棄した。
撤回の機会は与えた。お前は拒否した」
一つ一つ、事実が積み重ねられていく。
「結果として、王家は国際的信用を損なう危険に晒され、国内の制度秩序を揺るがせた」
その言葉に、王太子は思わず声を荒げた。
「大げさだ! ただの婚約だろう!」
その瞬間、国王は初めて顔を上げた。
怒りではない。
だが、完全に冷え切った視線だった。
「だからだ」
短い言葉が、重く落ちる。
「お前は、それが『ただの婚約』だと思った。
それが、最大の問題だ」
王太子は、言葉を失う。
国王は続ける。
「この国では、公式の場でなされた発言は、個人の感情ではなく、制度の一部として扱われる。
王太子であれば、なおさらだ」
机上に、一枚の書類が置かれる。
「これは、処分案だ」
王太子は、書類を見ることができなかった。
見た瞬間に、何かが決定的に変わると、本能が告げていたからだ。
「安心しろ。今すぐ結論を出すわけではない」
国王の声は、静かだった。
「だが、お前はもう『守られる立場』ではない。
今は、判断される立場だ」
その言葉が意味するところを、王太子はようやく理解し始めていた。
叱られるのではない。
説教されるのでもない。
分類され、処理される。
それが、公式の世界だ。
同じ頃、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、王都を離れる準備を進めていた。
王宮からの連絡は、もう来ない。
それでいい。
彼女の役目は、完全に終わったのだから。
一方で、イディオット・パーソーン王太子は、ようやく理解し始めていた。
自分が今いる場所は、物語の中心ではない。
制度の歯車の中だ。
そして、歯車に感情はない。
公式は、すでに彼を「処理対象」として回転を始めていた。
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