婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第二十話 まほうは、かたちをこわさない

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第二十話 まほうは、かたちをこわさない

 

 朝の光が、店の大きな窓から差し込む。

 まだ開店前の店内は、静かで、
昨日と同じ配置のまま、きちんと整っていた。

 

 棚の上には、
昨日届いたばかりのティーカップが並んでいる。

 形は、どれも同じ。
 色も、落ち着いたまま。

 

 違いは、
見た目では分からない。

 

「……」

 

 タナーは、棚の前に立ち、
一つのカップをそっと手に取った。

 

(かわらない)

 

 そう、思う。

 

(かたちも)
(いろも)
(おもさも)

 

 それでいい。

 

 ――それが、
タナーの答えだった。

 

 そのとき、
アンダーソンが店に入ってきた。

 

「おはようございます、姫様」

 

「おはよう ございます」

 

 アンダーソンは、
棚に並ぶカップを一瞥し、
穏やかに言った。

 

「……どれが、魔法の品でしょうか」

 

 タナーは、
少し考えてから答えた。

 

「……どれ でしょう」

 

「?」

 

「つかって みない と」

「わからない です」

 

 アンダーソンは、
その言葉に、思わず小さく笑った。

 

「なるほど」

 

「姫様らしい」

 

 アンダーソンは、
一つのカップを手に取り、
何度か角度を変えて見た。

 

「……外見からは、
 まったく判断できませんね」

 

「はい」

 

「普通に、かわいいです」

 

 タナーは、
小さくうなずいた。

 

「それで いい です」

 

 しばらくして、
侍女がお茶の準備を整える。

 

 同じ棚から、
二つのカップを選ぶ。

 

 一つは、
まだ魔法を付与していないもの。

 

 もう一つは、
昨夜、タナーが静かに意味を重ねたもの。

 

 どちらも、
見た目は同じ。

 

 お茶が注がれる。

 

 湯気が、
ほわりと立ち上る。

 

 アンダーソンは、
まず魔法のない方を手に取った。

 

「……」

 

 数秒後、
そっと置く。

 

「普通ですね」

 

「はい」

 

 次に、
もう一方を手に取る。

 

「……」

 

 わずかに、
表情が変わる。

 

「……やはり」

 

 声は低く、
確信に近い。

 

「熱が、やさしい」

 

「はい」

 

「それでいて」

 アンダーソンは続けた。

 

「中のお茶は、
 しっかり温かいままです」

 

 タナーは、
静かに答えた。

 

「さめない ように」

 

「……」

 

「でも」

 タナーは、
言葉を重ねる。

 

「さめない って」

「ずっと あつい って こと じゃ ない です」

 

 アンダーソンは、
少し驚いたように目を細めた。

 

「どういう意味でしょう」

 

「……」

 

「のみたい ときに」

「ちょうど いい のが」

「ながく つづく ほうが」

「いい です」

 

 アンダーソンは、
深く息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

 その一言には、
感嘆が含まれていた。

 

「魔法は」

 アンダーソンは言う。

「力を誇示するものだと、
 多くの人は考えます」

 

「……」

 

「ですが」

 続ける。

「姫様の魔法は、
 使う人の時間を、邪魔しません」

 

 タナーは、
少し照れたように言った。

 

「じゃま したら」

「いや です」

 

 その返答に、
アンダーソンは笑った。

 

「確かに」

 

 その日の午後。

 

 帳面が、
また一つ、書き足された。

 

「まほうは
 かたちを こわさない」

 

 その下に、
小さな字で。

 

「こわしたら
 かわいく ない」

 

 タナーは、
それを見て、満足そうにうなずいた。

 

 魔法は、
 足すものではない。

 

 前に出るものでもない。

 

 ただ――
 元からそこにあった“良さ”を、
 静かに支えるもの。

 

 それが、
タナーの付与魔法だった。

 

 夕方。

 

 店の棚に並ぶカップは、
どれも同じ顔で、
穏やかに光を受けている。

 

 誰も、
見ただけでは分からない。

 

 けれど、
手に取った人だけが、
気づく。

 

「……なんだか、いい」

 

 そう言って、
微笑む未来を。

 

 タナーは、
その光景を想像し、
小さく息を吐いた。

 

(これで いい)

 

 派手でなくていい。
 分かりやすくなくていい。

 

 かわいいは、静かでいい。

 

 それが、
この店の、
そしてこの国の、
やさしい魔法だった。
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