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第9話 封じたものは、力だけではない
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第9話 封じたものは、力だけではない
小部屋の件から数日が過ぎ、孤児院には再び、いつも通りの時間が流れていた。
騒ぎは起きなかった。噂も立たなかった。
誰も、あの夜のことを口にしない。
それが、かえって印象に残った。
ウェイフは裏庭で、乾いた枝を束ねながら、耳を澄ませていた。
子どもたちの声は低く、落ち着いている。
揉め事は減り、無駄に走り回る姿も少ない。
(……静かだ)
良い意味で、だ。
腹を空かせたままでも、人はここまで穏やかになれるのだと、前世の記憶が淡々と分析する。
年上の孤児が近づいてきた。
手には、乾ききっていない枝。
「……これ、まだだな」
「夕方まで」
ウェイフは短く答え、束ねた枝を脇に置いた。
彼は一瞬、言いかけて口を閉じる。
そして、結局、違う話を選んだ。
「……あの子、歩けるようになった」
「よかった」
それだけで、会話は終わる。
必要以上に踏み込まない。それが、ここでの暗黙の了解になりつつあった。
昼前、裏門の方で音がした。
馬車ではない。人の足音だ。
大人の一人が、子どもたちを一瞥し、視線を外す。
監視の色は薄いが、完全に消えたわけではない。
(……まだ、見られている)
ウェイフは、作業を続けながら、そう判断した。
力を使わなかったことで、疑念は生まれていない。
だが、秩序ができたことで、注目は集まった。
前世の経験が告げる。
疑われないことと、気に留められないことは、別だ。
午後、空が曇り、風向きが変わった。
ウェイフは、山へ行く予定を取りやめ、裏庭での作業を続けることにした。
「今日は、出ない」
そう告げると、不満の声は上がらない。
判断を任せる空気が、すでにできている。
それは、心地よくもあり、重くもあった。
(……立ち位置を、間違えない)
中心に立つのは、必要だからだ。
上に立つためではない。
夕方、年上の孤児が再び声をかけてきた。
「……聞いていいか」
「なに」
「……どうして、あの夜」
言葉が、途中で止まる。
それ以上は、踏み込まない。
ウェイフは、枝を並べる手を止めなかった。
「……理由は、いくつかある」
少し間を置いてから、続ける。
「でも、今は言わない」
それは、拒絶ではない。
事実の提示だ。
年上の孤児は、しばらく黙ってから、頷いた。
「……分かった」
納得ではない。
了承だ。
夜、寝台に横になり、ウェイフは天井を見つめる。
あの夜、使わなかったのは魔法だけではない。
(……感情も)
焦り。
恐怖。
衝動。
それらを、すべて封じた。
前世では、封じすぎた。
何も言わず、何も選ばず、流されるままに生きていた。
(……今回は、違う)
封じたのは、今だけだ。
永遠ではない。
必要な時が来たら、使う。
言う。
選ぶ。
そのために、今は――
力を隠し、感情を整える。
それが、生き残るための準備だ。
隣の寝台から、寝息が聞こえる。
規則正しく、落ち着いた呼吸。
ウェイフは、目を閉じた。
(……守れた)
一人ではない。
皆で、ここまで来た。
それで、十分だ。
外で、風が建物を撫でる。
明日は、天気が崩れるかもしれない。
ウェイフは、次の判断を頭の中で組み立てながら、
静かに眠りについた。
――封じたものは、力だけではない。
だが、未来まで封じたわけではない。
そのことを、彼女は、誰にも言わずに知っていた。
小部屋の件から数日が過ぎ、孤児院には再び、いつも通りの時間が流れていた。
騒ぎは起きなかった。噂も立たなかった。
誰も、あの夜のことを口にしない。
それが、かえって印象に残った。
ウェイフは裏庭で、乾いた枝を束ねながら、耳を澄ませていた。
子どもたちの声は低く、落ち着いている。
揉め事は減り、無駄に走り回る姿も少ない。
(……静かだ)
良い意味で、だ。
腹を空かせたままでも、人はここまで穏やかになれるのだと、前世の記憶が淡々と分析する。
年上の孤児が近づいてきた。
手には、乾ききっていない枝。
「……これ、まだだな」
「夕方まで」
ウェイフは短く答え、束ねた枝を脇に置いた。
彼は一瞬、言いかけて口を閉じる。
そして、結局、違う話を選んだ。
「……あの子、歩けるようになった」
「よかった」
それだけで、会話は終わる。
必要以上に踏み込まない。それが、ここでの暗黙の了解になりつつあった。
昼前、裏門の方で音がした。
馬車ではない。人の足音だ。
大人の一人が、子どもたちを一瞥し、視線を外す。
監視の色は薄いが、完全に消えたわけではない。
(……まだ、見られている)
ウェイフは、作業を続けながら、そう判断した。
力を使わなかったことで、疑念は生まれていない。
だが、秩序ができたことで、注目は集まった。
前世の経験が告げる。
疑われないことと、気に留められないことは、別だ。
午後、空が曇り、風向きが変わった。
ウェイフは、山へ行く予定を取りやめ、裏庭での作業を続けることにした。
「今日は、出ない」
そう告げると、不満の声は上がらない。
判断を任せる空気が、すでにできている。
それは、心地よくもあり、重くもあった。
(……立ち位置を、間違えない)
中心に立つのは、必要だからだ。
上に立つためではない。
夕方、年上の孤児が再び声をかけてきた。
「……聞いていいか」
「なに」
「……どうして、あの夜」
言葉が、途中で止まる。
それ以上は、踏み込まない。
ウェイフは、枝を並べる手を止めなかった。
「……理由は、いくつかある」
少し間を置いてから、続ける。
「でも、今は言わない」
それは、拒絶ではない。
事実の提示だ。
年上の孤児は、しばらく黙ってから、頷いた。
「……分かった」
納得ではない。
了承だ。
夜、寝台に横になり、ウェイフは天井を見つめる。
あの夜、使わなかったのは魔法だけではない。
(……感情も)
焦り。
恐怖。
衝動。
それらを、すべて封じた。
前世では、封じすぎた。
何も言わず、何も選ばず、流されるままに生きていた。
(……今回は、違う)
封じたのは、今だけだ。
永遠ではない。
必要な時が来たら、使う。
言う。
選ぶ。
そのために、今は――
力を隠し、感情を整える。
それが、生き残るための準備だ。
隣の寝台から、寝息が聞こえる。
規則正しく、落ち着いた呼吸。
ウェイフは、目を閉じた。
(……守れた)
一人ではない。
皆で、ここまで来た。
それで、十分だ。
外で、風が建物を撫でる。
明日は、天気が崩れるかもしれない。
ウェイフは、次の判断を頭の中で組み立てながら、
静かに眠りについた。
――封じたものは、力だけではない。
だが、未来まで封じたわけではない。
そのことを、彼女は、誰にも言わずに知っていた。
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