『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第13話 教えられる礼儀、測られる価値

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 翌朝、ウェイフは鐘の音で目を覚ました。
 孤児院では聞いたことのない、澄んだ金属音。規則正しく、容赦がない。

「起床です」

 扉越しに告げられる声は淡々としていた。
 返事を待たず、足音が遠ざかる。

(……時間管理が、きっちりしてる)

 寝台を降り、用意された服に袖を通す。
 生地は柔らかく、縫製も丁寧だ。だが、動きづらい。
 身体に合わせるのではなく、型に身体を合わせさせる服だと、前世の感覚が告げていた。

 洗面を済ませると、すぐに呼び出しがかかる。
 向かった先は、明るい小広間。壁には鏡が並び、床は磨き込まれている。

「本日から、礼儀作法の教育を始めます」

 教育係は、背筋の伸びた中年の女性だった。
 視線は厳しく、表情は崩れない。

「あなたは男爵家の養女。
 振る舞い一つで、家の面目が左右される立場です」

「……承知しました」

 答えながら、ウェイフは一歩引いた場所に立つ。
 目立たない位置。癖になっている。

「まずは、姿勢」

 言われるがままに背筋を伸ばす。
 鏡に映る自分は、まだぎこちない。

「……悪くないわね」

 教育係は、意外そうに言った。

「孤児にしては、理解が早い」

 褒め言葉の形をしているが、線は引かれている。

(……評価は、常に“孤児基準”)

 ウェイフは、黙って頷いた。

 続いて、歩き方。
 止まり方。
 頭を下げる角度。

 一つ間違えるたび、指摘が飛ぶ。

「違う。
 足運びが早い」

「視線を落としすぎ。
 卑屈に見える」

(……卑屈じゃなく、慎重なだけ)

 内心で訂正しながら、修正する。

 昼前には、ダンスの基礎に移った。
 音楽が流れ、教育係が見本を示す。

「この程度は、貴族の嗜みです」

 ウェイフは、記憶を探る。

(……中学の授業で、やったな)

 ステップを踏み、回る。
 完全ではないが、形は崩れない。

 教育係が、目を細めた。

「……孤児の癖に、そこそこ踊れるじゃない」

 一瞬、空気が止まる。

「でも、調子に乗らないこと。
 レディなら、もっと完璧にこなしなさい」

「……はい」

 言葉は短く返す。
 感情は、表に出さない。

(……“できる”と、目を付けられる)

 前世の経験則が、警告を鳴らす。

 昼食は、一人で与えられた。
 量は十分。味も良い。

 だが、隣の部屋から、笑い声が聞こえる。

 男爵の実の娘だ。
 使用人に囲まれ、楽しそうに食事をしている。

(……線は、最初から引かれている)

 同じ屋敷。
 同じ“娘”という立場。

 だが、扱いは違う。

 午後は、言葉遣いと書き取り。
 古い言い回しを、何度も繰り返す。

「覚えなさい。
 忘れることは、許されません」

 厳しい声。
 だが、理不尽ではない。

(……仕事だ)

 そう割り切る。

 夕方、実の娘が廊下で待ち構えていた。

「……あなたが、例の孤児?」

 近くで見ると、整った顔立ちだ。
 服も、装飾も、明らかに格が違う。

「はい」

 ウェイフは、余計な言葉を足さない。

「ふうん」

 娘は、上から下まで見回し、口角を上げた。

「ちゃんと、役に立ちなさいよ」

 それが、忠告なのか、命令なのかは分からない。
 だが、意味は一つだ。

(……道具)

 夜、部屋に戻ると、どっと疲れが出た。
 柔らかな寝台に身を沈め、天井を見る。

「……うげー……」

 小さく、声が漏れる。

「孤児のほうが……自由でよかった……」

 暖かい。
 満たされている。

 それでも、息が詰まる。

(……でも)

 思考を切り替える。

(……ここで折れたら、終わり)

 礼儀は、覚えれば武器になる。
 言葉遣いは、距離を作れる。

 評価されることも、無視されることも、
 どちらも――使いようだ。

 ウェイフは、深く息を吸い、吐いた。

(……測られているなら、測り返す)

 この屋敷のルール。
 人の立ち位置。
 視線の癖。

 すべて、覚える。

 生き残るために。

 彼女は、目を閉じた。
 礼儀を教えられながら、
 同時に――価値を測られていることを、はっきりと理解しながら。
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