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第18話 化け物と呼ばれた理由
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第18話 化け物と呼ばれた理由
公爵邸で迎えた最初の夜は、驚くほど静かだった。
広すぎる廊下も、天井の高い部屋も、音を吸い込むように静まり返っている。
ウェイフは、案内された客間の椅子に腰掛け、深く息を吐いた。
豪奢だが、落ち着いた調度。男爵家の「見せるための豪華さ」とは、明らかに違う。
(……ここは、落ち着く)
不思議な感覚だった。
しばらくして、ノックの音が響く。
「入ってもいいかな」
穏やかな声。
アバルトだ。
「はい」
扉が開き、青年は一人で入ってきた。
昼間見たときと変わらない、柔らかな雰囲気。
とても「化け物」と噂される存在には見えない。
「今日は、長い一日だっただろう」
「ええ……少し」
正直に答えると、アバルトは小さく笑った。
「無理をしなくていい。
ここでは、君に“役を演じろ”とは言わない」
その言葉に、胸の奥がわずかに緩む。
「……ありがとうございます」
一瞬、沈黙が落ちた。
アバルトは、窓の外に視線を向ける。
「噂について、聞きたいか?」
唐突だが、逃げない問いだった。
「……はい」
ウェイフは、頷いた。
「三百年生きている化け物。
年を取らない呪われた存在。
人を喰らうとか、血を吸うとか……」
淡々と列挙される言葉。
「……ひどい噂ですね」
「そうだな」
アバルトは、苦笑する。
「だが、完全な嘘でもない」
ウェイフは、背筋を正した。
ここからが、本題だと分かる。
「私は、確かに三百年近く生きている。
そして――年を取らない」
声は、落ち着いている。
事実を述べているだけの声音。
「理由は、呪いだ」
「……呪い」
「若い頃、ある事件に巻き込まれてね。
生き延びる代わりに、時間を止められた」
時間を止められた。
その表現が、妙に現実味を帯びて胸に落ちる。
「老いない。
病にも、簡単には倒れない。
だが――終わりも来ない」
アバルトは、ゆっくりとウェイフを見る。
「周囲の人間は、皆、先に逝く。
友も、家族も、使用人も」
言葉は淡々としているが、
そこに重みがあるのは、嫌でも伝わってきた。
「……それは」
言葉が、続かない。
「だから、人前に出なくなった。
代替わりのたびに、同じ顔の公爵が現れるのは不自然だからね」
「影武者を……」
「そう」
ウェイフは、ゆっくりと理解した。
(……化け物扱いされても、仕方がない部分はある)
だが、それは恐怖の対象ではない。
孤独の結果だ。
「君は……怖くないのか」
アバルトが、静かに問う。
ウェイフは、少し考えた。
「……怖い、というより」
言葉を選ぶ。
「想像できてしまう、という感じです」
孤児院。
置き去り。
失われていく関係。
「周りが先にいなくなるのは……慣れてしまうほど、辛い」
アバルトは、目を見開き――
それから、静かに頷いた。
「君も、似た場所を生きてきたんだな」
同情ではない。
理解だ。
「男爵家では、道具扱いだったと聞いている」
「ええ。
身代わりとして、十分に」
「ここでは、違う」
アバルトは、はっきりと言った。
「君は、私の婚約者だ。
だが、それ以前に――一人の人間だ」
その言葉は、誓いでも命令でもない。
ただの宣言だった。
ウェイフは、胸の奥で、何かがほどけるのを感じた。
「……ありがとうございます」
それ以上、言葉はいらなかった。
アバルトは、立ち上がる。
「今日は、休むといい。
明日、改めて屋敷を案内しよう」
「はい」
扉が閉まり、再び静寂が戻る。
ウェイフは、椅子に深く座り直し、天井を見上げた。
(……化け物)
そう呼ばれた理由は、恐ろしさではなかった。
終わらない時間。
(……でも)
胸の奥で、確信が芽生える。
(……この人は、私を恐れない)
孤児であることも。
身代わりであることも。
そして――
まだ言っていない、自分の“秘密”すらも。
ウェイフは、静かに目を閉じた。
ここは、舞台ではない。
居場所になり得る場所だ。
その可能性を、初めて、はっきりと感じながら。
公爵邸で迎えた最初の夜は、驚くほど静かだった。
広すぎる廊下も、天井の高い部屋も、音を吸い込むように静まり返っている。
ウェイフは、案内された客間の椅子に腰掛け、深く息を吐いた。
豪奢だが、落ち着いた調度。男爵家の「見せるための豪華さ」とは、明らかに違う。
(……ここは、落ち着く)
不思議な感覚だった。
しばらくして、ノックの音が響く。
「入ってもいいかな」
穏やかな声。
アバルトだ。
「はい」
扉が開き、青年は一人で入ってきた。
昼間見たときと変わらない、柔らかな雰囲気。
とても「化け物」と噂される存在には見えない。
「今日は、長い一日だっただろう」
「ええ……少し」
正直に答えると、アバルトは小さく笑った。
「無理をしなくていい。
ここでは、君に“役を演じろ”とは言わない」
その言葉に、胸の奥がわずかに緩む。
「……ありがとうございます」
一瞬、沈黙が落ちた。
アバルトは、窓の外に視線を向ける。
「噂について、聞きたいか?」
唐突だが、逃げない問いだった。
「……はい」
ウェイフは、頷いた。
「三百年生きている化け物。
年を取らない呪われた存在。
人を喰らうとか、血を吸うとか……」
淡々と列挙される言葉。
「……ひどい噂ですね」
「そうだな」
アバルトは、苦笑する。
「だが、完全な嘘でもない」
ウェイフは、背筋を正した。
ここからが、本題だと分かる。
「私は、確かに三百年近く生きている。
そして――年を取らない」
声は、落ち着いている。
事実を述べているだけの声音。
「理由は、呪いだ」
「……呪い」
「若い頃、ある事件に巻き込まれてね。
生き延びる代わりに、時間を止められた」
時間を止められた。
その表現が、妙に現実味を帯びて胸に落ちる。
「老いない。
病にも、簡単には倒れない。
だが――終わりも来ない」
アバルトは、ゆっくりとウェイフを見る。
「周囲の人間は、皆、先に逝く。
友も、家族も、使用人も」
言葉は淡々としているが、
そこに重みがあるのは、嫌でも伝わってきた。
「……それは」
言葉が、続かない。
「だから、人前に出なくなった。
代替わりのたびに、同じ顔の公爵が現れるのは不自然だからね」
「影武者を……」
「そう」
ウェイフは、ゆっくりと理解した。
(……化け物扱いされても、仕方がない部分はある)
だが、それは恐怖の対象ではない。
孤独の結果だ。
「君は……怖くないのか」
アバルトが、静かに問う。
ウェイフは、少し考えた。
「……怖い、というより」
言葉を選ぶ。
「想像できてしまう、という感じです」
孤児院。
置き去り。
失われていく関係。
「周りが先にいなくなるのは……慣れてしまうほど、辛い」
アバルトは、目を見開き――
それから、静かに頷いた。
「君も、似た場所を生きてきたんだな」
同情ではない。
理解だ。
「男爵家では、道具扱いだったと聞いている」
「ええ。
身代わりとして、十分に」
「ここでは、違う」
アバルトは、はっきりと言った。
「君は、私の婚約者だ。
だが、それ以前に――一人の人間だ」
その言葉は、誓いでも命令でもない。
ただの宣言だった。
ウェイフは、胸の奥で、何かがほどけるのを感じた。
「……ありがとうございます」
それ以上、言葉はいらなかった。
アバルトは、立ち上がる。
「今日は、休むといい。
明日、改めて屋敷を案内しよう」
「はい」
扉が閉まり、再び静寂が戻る。
ウェイフは、椅子に深く座り直し、天井を見上げた。
(……化け物)
そう呼ばれた理由は、恐ろしさではなかった。
終わらない時間。
(……でも)
胸の奥で、確信が芽生える。
(……この人は、私を恐れない)
孤児であることも。
身代わりであることも。
そして――
まだ言っていない、自分の“秘密”すらも。
ウェイフは、静かに目を閉じた。
ここは、舞台ではない。
居場所になり得る場所だ。
その可能性を、初めて、はっきりと感じながら。
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