『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第20話 打ち明ける覚悟

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第20話 打ち明ける覚悟

 その日の午後、公爵邸は穏やかな光に包まれていた。
 雲は高く、風は弱い。庭の木々が、ほとんど音を立てずに揺れている。

 ウェイフは、書庫の一角で本を手にしていた。
 内容は、公爵家の歴史――というより、時代ごとの政変をまとめた記録だ。

(……三百年生きている人の視点だと、こうなるのね)

 一つの王朝が栄え、衰え、また別の名に変わる。
 それを「出来事」として淡々と記す文体に、胸が少し締めつけられた。

 ――どれだけの人を、見送ってきたのだろう。

 ページを閉じたところで、足音が聞こえた。

「難しい顔をしているね」

 振り返ると、アバルトが立っていた。
 手には、書類ではなく、湯気の立つ茶器。

「……考え事を」

「いいタイミングだ」

 彼は微笑み、近くの席を指し示す。

「少し、話をしよう」

 テーブルにつき、茶が注がれる。
 香りは穏やかで、心を落ち着かせるものだった。

 しばらく、他愛もない話が続く。
 庭の手入れのこと。
 最近届いた書物のこと。

 沈黙が訪れても、気まずくならない。

(……今なら)

 ウェイフは、胸の奥で決意を固めた。

「公爵様」

「どうした?」

「……一つ、話しておきたいことがあります」

 アバルトは、茶器を置き、真っ直ぐに彼女を見た。

「無理に話す必要はない」

 即座に、そう言った。

「君が話したくないことまで、
 聞き出すつもりはない」

 その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。

「いえ……
 だからこそ、話したいんです」

 一拍置いて、続ける。

「私のことを、全部知ってもらいたい」

 アバルトは、何も言わず、頷いた。

「私は、孤児です」

「……聞いている」

「両親が亡くなったあと、
 親戚に引き取られました」

 言葉を選びながら、淡々と語る。

「でも……
 そこで、気味悪がられて、捨てられました」

 アバルトの眉が、わずかに動く。

「理由は……?」

 問いは、優しかった。

「……私が、普通じゃなかったからです」

 ここからが、本題だ。

 ウェイフは、指先をきゅっと握りしめる。

「私は……
 いくつかの魔法が使えます」

 空気が、静かに張り詰める。

「治癒魔法をはじめ、
 いくつか……」

 視線を下げたまま、続ける。

「幼い頃、それを使ったら……
 化け物だと、言われました」

 声は、震えなかった。
 だが、胸の奥は、確かに痛む。

「それ以来、
 ずっと隠して、生きてきました」

 言い終え、ゆっくりと顔を上げる。

 アバルトの表情を、真正面から見る。

 ――拒絶。
 ――恐怖。
 ――警戒。

 どれかが来ると、覚悟していた。

 だが。

「……なるほど」

 彼は、静かに息を吐いただけだった。

「それで、男爵家でも、
 孤児院でも、使わなかった」

 断定ではない。
 理解だ。

「はい」

「賢明だ」

 その一言に、思わず目を見開く。

「……怒らないのですか」

「なぜ?」

 本気で、分からないという顔。

「三百年生きてきて、
 魔法を使える人間など、珍しくもない」

 さらりと言う。

「問題は、力そのものではない。
 どう扱われるかだ」

 ウェイフの胸が、きゅっと鳴った。

「君は、隠すことを選んだ。
 それは、自分と周囲を守るためだろう」

「……はい」

「それを、責める理由が、どこにある?」

 穏やかな声。

 その瞬間、
 胸の奥に長く居座っていた何かが、静かに崩れた。

「……公爵様は、
 思った通りの方でした」

 思わず、そう口にしていた。

 アバルトは、少し困ったように笑う。

「理想化しすぎだ」

「いいえ」

 首を振る。

「私は……
 人に、こう言われたことがありません」

 力を持つから怖い。
 普通じゃないから気味が悪い。

 そう言われ続けてきた。

「それで……
 もう一つ、大事な話があります」

 アバルトが、僅かに姿勢を正す。

「まだ、あるのか」

「はい」

 ウェイフは、深く息を吸った。

「私の魔法の中に……
 呪いを解くものがあります」

 ――その瞬間。

 アバルトが、勢いよく立ち上がった。

「それは……
 私の呪いも、解けるのか」

 声に、初めて明確な動揺が滲む。

「はい」

 はっきりと答える。

「公爵様に触れたとき、
 呪いの構造が……分かりました」

 沈黙が落ちる。
 重く、張り詰めた沈黙。

「……では」

 アバルトは、拳を握る。

「解いてくれるのか」

 ウェイフは、首を振った。

「いいえ。
 解きません」

「……なぜだ」

 驚きと、焦りが混じる声。

「公爵様は、三百年も生きてこられました」

 静かに、言葉を紡ぐ。

「その呪いを解いたら……
 寿命が、一気に押し寄せます」

 老い。
 終わり。

「私は……
 それを、望みません」

 沈黙。

 アバルトは、やがて、椅子に腰を下ろした。

「……怒っているか?」

 ウェイフは、少し不安になって尋ねる。

「いや」

 彼は、静かに首を振る。

「私も……
 できることなら、君と同じ時間を生きたい」

 その言葉は、重く、そして優しかった。

 ウェイフは、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「……では」

 小さく、微笑む。

「私の寿命が尽きるとき、
 その呪いを解きます」

 未来の約束。

 遠くて、確かな約束。

 アバルトは、ゆっくりと息を吐いた。

「……気の長い話だな」

「ええ」

 ウェイフは、頷く。

「でも……
 待つ価値は、あります」

 二人の間に、穏やかな沈黙が戻る。

 外では、風が木々を揺らし、
 夕陽が庭を染めていた。

 この日、ウェイフはすべてを打ち明けた。
 力も、過去も、覚悟も。

 そしてアバルトは、
 そのすべてを受け止めた。

 ――婚約は、契約ではなくなった。

 同じ時間を生きるための、選択へと変わったのだ。
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