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第27話 試す者たちの焦り
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第27話 試す者たちの焦り
社交会から戻った翌朝、公爵邸の空気は、わずかに張り詰めていた。
昨日までと同じ静けさのはずなのに、どこか違う。
それは、外の世界が一歩近づいた気配だった。
ウェイフは、朝の回廊を歩きながら思う。
(……見られる立場が、変わった)
以前は「確かめられる側」だった。
だが今は――
確かめた結果を、周囲が持ち帰る段階に入っている。
朝食の席で、影武者の老人が報告書を差し出した。
「昨夜から今朝にかけて、動きが増えた」
「どういう動きですか」
ウェイフは、静かに問い返す。
「“あの場で何があったのか”を、
あちこちで聞き回っている」
アバルトが、短く鼻を鳴らした。
「自分の目で見たものを、
自分で信じられない連中だ」
報告書には、具体的な内容が並んでいる。
— 公爵家は思ったほど弱くない
— 婚約者は、操られている様子がない
— 反論せず、問い返してきた
どれも、否定ではない。
だが、噂を信じていた者ほど、戸惑いが大きい。
「……試す側が、混乱している」
ウェイフが言うと、老人は頷いた。
「そうだ。
だから次は、もっと露骨になる」
予想は、すぐに現実になった。
昼前、来客があった。
今回は、遠縁でも挨拶でもない。
「公爵家に、共同事業の提案がある」
名乗ったのは、中央でも発言力のある伯爵だった。
表情は穏やかだが、視線は冷静に計算している。
「内容を聞こう」
アバルトが応接の間に通す。
伯爵の提案は、一見すると悪くない。
資金提供と引き換えに、公爵家の名義を借りたいというものだ。
「……条件として」
伯爵は、言葉を選びながら続ける。
「婚約者様には、
事業の顔として、少々お立ちいただきたい」
ウェイフは、即座に理解した。
(……試金石)
利用価値があるかどうかを、
表に出して測ろうとしている。
アバルトは、表情を変えない。
「その条件は、誰の発案だ」
「……私です」
「なら、答えは簡単だ」
きっぱりと言う。
「断る」
伯爵は、わずかに眉を動かした。
「理由を、伺っても?」
「彼女は、道具ではない」
短く、はっきりと。
沈黙が落ちる。
「……噂と違うな」
伯爵が、ぽつりと呟いた。
「噂は、
君たちが作ったものだろう」
アバルトは、冷淡に返す。
伯爵は、苦笑した。
「なるほど。
これは……失礼した」
彼は、深く頭を下げて去っていった。
応接の間に残った三人。
影武者の老人が、肩をすくめる。
「分かりやすいな」
「はい」
ウェイフも、静かに同意した。
「利用できるかどうか、
直接、確かめに来た」
「そして、失敗した」
アバルトの声は、淡々としている。
だが、そこで終わりではない。
午後、別の報告が届いた。
「社交会に出席していた貴族の一部が、
“婚約者に直接会いたい”と」
「……試し続けるつもりですね」
「焦っているんだ」
アバルトは、静かに言う。
「噂が崩れ始めた以上、
自分の判断が間違っていた可能性に、
向き合わなければならない」
それを恐れている。
「だから、
もう一度、確かめようとする」
ウェイフは、ゆっくりと息を吐いた。
(……孤児院でも、同じだった)
強い立場の者ほど、
自分が正しいと信じたがる。
夜、書庫で帳面を開きながら、ウェイフは考える。
(……彼らは、私を見ていない)
見ているのは、
自分たちの判断の正しさだ。
だからこそ――
こちらが揺れなければ、
彼らの足元が崩れる。
窓の外、夜風が静かに吹く。
ふと、アバルトの言葉を思い出す。
「私は、君を縛らない」
それは、守りであり、
同時に――
覚悟を問う言葉だった。
ウェイフは、帳面を閉じる。
(……試されているのは、私じゃない)
試す者たちのほうが、
今、試されている。
その事実に気づいたとき、
彼らは、さらに焦るだろう。
そして――
焦りは、必ず失策を生む。
ウェイフは、静かに灯りを落とした。
次に来る波を、
迎え撃つ準備は、すでに整っていた。
社交会から戻った翌朝、公爵邸の空気は、わずかに張り詰めていた。
昨日までと同じ静けさのはずなのに、どこか違う。
それは、外の世界が一歩近づいた気配だった。
ウェイフは、朝の回廊を歩きながら思う。
(……見られる立場が、変わった)
以前は「確かめられる側」だった。
だが今は――
確かめた結果を、周囲が持ち帰る段階に入っている。
朝食の席で、影武者の老人が報告書を差し出した。
「昨夜から今朝にかけて、動きが増えた」
「どういう動きですか」
ウェイフは、静かに問い返す。
「“あの場で何があったのか”を、
あちこちで聞き回っている」
アバルトが、短く鼻を鳴らした。
「自分の目で見たものを、
自分で信じられない連中だ」
報告書には、具体的な内容が並んでいる。
— 公爵家は思ったほど弱くない
— 婚約者は、操られている様子がない
— 反論せず、問い返してきた
どれも、否定ではない。
だが、噂を信じていた者ほど、戸惑いが大きい。
「……試す側が、混乱している」
ウェイフが言うと、老人は頷いた。
「そうだ。
だから次は、もっと露骨になる」
予想は、すぐに現実になった。
昼前、来客があった。
今回は、遠縁でも挨拶でもない。
「公爵家に、共同事業の提案がある」
名乗ったのは、中央でも発言力のある伯爵だった。
表情は穏やかだが、視線は冷静に計算している。
「内容を聞こう」
アバルトが応接の間に通す。
伯爵の提案は、一見すると悪くない。
資金提供と引き換えに、公爵家の名義を借りたいというものだ。
「……条件として」
伯爵は、言葉を選びながら続ける。
「婚約者様には、
事業の顔として、少々お立ちいただきたい」
ウェイフは、即座に理解した。
(……試金石)
利用価値があるかどうかを、
表に出して測ろうとしている。
アバルトは、表情を変えない。
「その条件は、誰の発案だ」
「……私です」
「なら、答えは簡単だ」
きっぱりと言う。
「断る」
伯爵は、わずかに眉を動かした。
「理由を、伺っても?」
「彼女は、道具ではない」
短く、はっきりと。
沈黙が落ちる。
「……噂と違うな」
伯爵が、ぽつりと呟いた。
「噂は、
君たちが作ったものだろう」
アバルトは、冷淡に返す。
伯爵は、苦笑した。
「なるほど。
これは……失礼した」
彼は、深く頭を下げて去っていった。
応接の間に残った三人。
影武者の老人が、肩をすくめる。
「分かりやすいな」
「はい」
ウェイフも、静かに同意した。
「利用できるかどうか、
直接、確かめに来た」
「そして、失敗した」
アバルトの声は、淡々としている。
だが、そこで終わりではない。
午後、別の報告が届いた。
「社交会に出席していた貴族の一部が、
“婚約者に直接会いたい”と」
「……試し続けるつもりですね」
「焦っているんだ」
アバルトは、静かに言う。
「噂が崩れ始めた以上、
自分の判断が間違っていた可能性に、
向き合わなければならない」
それを恐れている。
「だから、
もう一度、確かめようとする」
ウェイフは、ゆっくりと息を吐いた。
(……孤児院でも、同じだった)
強い立場の者ほど、
自分が正しいと信じたがる。
夜、書庫で帳面を開きながら、ウェイフは考える。
(……彼らは、私を見ていない)
見ているのは、
自分たちの判断の正しさだ。
だからこそ――
こちらが揺れなければ、
彼らの足元が崩れる。
窓の外、夜風が静かに吹く。
ふと、アバルトの言葉を思い出す。
「私は、君を縛らない」
それは、守りであり、
同時に――
覚悟を問う言葉だった。
ウェイフは、帳面を閉じる。
(……試されているのは、私じゃない)
試す者たちのほうが、
今、試されている。
その事実に気づいたとき、
彼らは、さらに焦るだろう。
そして――
焦りは、必ず失策を生む。
ウェイフは、静かに灯りを落とした。
次に来る波を、
迎え撃つ準備は、すでに整っていた。
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