『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

文字の大きさ
39 / 40

第39話 同じ時間を生きるという選択

しおりを挟む
第39話 同じ時間を生きるという選択

 制度案は、正式な承認を待たずして動き始めていた。
 それは、誰かが号令をかけたからではない。

 必要な場所に、必要な書類が回り、
 必要な人間が、必要だと判断した――
 ただ、それだけのことだった。

 試験的に選ばれた三つの施療院では、
 共同調達の準備が進み、
 監査と支援を担う担当者が派遣される。

 まだ不完全で、
 摩擦も多い。

 だが、少なくとも――
 現場は、黙っていなかった。

「……動いてますね」

 書斎で報告書を読みながら、
 ウェイフは静かに呟いた。

「ああ」

 アバルトは、頷く。

「止めようとする声より、
 続けようとする声の方が、
 少しだけ、増えた」

 それは、勝利ではない。
 だが、確かな変化だった。

 夕暮れ時、
 二人は中庭を歩いていた。

 噴水の音が、柔らかく響く。
 ここ数日、
 忙しさに追われて、
 こうして並んで歩く時間は久しぶりだった。

「……疲れていないか」

 アバルトが、ふと尋ねる。

「疲れては、います」

 正直に答える。

「でも……
 後悔は、していません」

 足を止め、
 ウェイフは空を見上げた。

「すべてを救えるわけじゃないと、
 分かりました」

 言葉は、重い。

「制度があっても、
 届かない人はいます」

 沈黙。

「……それでも?」

 アバルトが、静かに促す。

「それでも、
 何もしないよりは、
 ずっといい」

 自分に言い聞かせるように。

「……それが、
 私の選択です」

 アバルトは、しばらく黙ってから言った。

「なら、
 君はもう、
 “守られるだけの婚約者”ではない」

 ウェイフは、視線を戻した。

「では、何でしょう」

 問いは、静かだが、
 確かな重みを持っていた。

 アバルトは、真っ直ぐに彼女を見る。

「……伴に、選ぶ者だ」

 言葉は、簡潔だった。

「君が進む道に、
 私は、
 立場ではなく、意思で並びたい」

 胸の奥が、
 静かに熱を帯びる。

「それは……
 公爵として、ですか」

「いいや」

 首を振る。

「一人の人間として、だ」

 噴水の音が、
 二人の間を埋める。

 ウェイフは、ゆっくりと口を開いた。

「……私には、
 まだ隠していることがあります」

 アバルトの表情は、変わらない。

「無理に話さなくていい」

「いいえ」

 首を横に振る。

「今、
 話したいのです」

 深く息を吸い、
 言葉を続ける。

「私は……
 いくつかの魔法を使えます」

 告白は、
 あっけないほど静かだった。

「幼い頃、
 それを使ったせいで、
 “化け物”と呼ばれました」

 過去が、
 言葉になって流れ出す。

「だから、
 ずっと隠して生きてきました」

 沈黙。

「……それで?」

 アバルトは、
 責めるでも、驚くでもなく、
 続きを待つ。

「その中に、
 呪いを解く魔法があります」

 一瞬、
 空気が張り詰めた。

 アバルトが、
 ゆっくりと立ち上がる。

「……それは」

「はい」

 ウェイフは、
 はっきりと頷いた。

「公爵様の呪いも、
 解けます」

 間を置かず、
 彼は問いかける。

「……なら、
 なぜ、今まで言わなかった」

「怖かったからです」

 正直な答え。

「期待されるのが」

 そして、
 視線を上げる。

「それと……
 もう一つ」

 言葉を選びながら、
 続けた。

「呪いを解けば、
 公爵様は、
 “普通の寿命”に戻ります」

 意味は、
 明白だった。

「三百年分の時間が、
 一気に……」

「はい」

 遮るように、
 答える。

「だから、
 解きません」

 きっぱりと。

 アバルトの目が、
 見開かれる。

「……拒むのか」

「守りたいからです」

 迷いはなかった。

「私の寿命が尽きるときに、
 その呪いを解きます」

「……それまで、
 私は、
 化け物のままだ」

「いいえ」

 ウェイフは、
 小さく微笑んだ。

「私にとっては、
 ずっと前から、
 公爵様です」

 沈黙のあと、
 アバルトは、
 ゆっくりと息を吐いた。

「……私は、
 同じ時間を生きたいと思っていた」

 正直な言葉。

「だが、
 君の時間を奪う形なら、
 それは望まない」

 ウェイフは、
 静かに首を振る。

「奪われていません」

 はっきりと。

「私は、
 自分で選びました」

 選ばれるのではなく。
 与えられるのでもなく。

「同じ時間を生きる、
 というのは」

 一歩、近づく。

「同じ長さである必要は、
 ないのだと思います」

 アバルトは、
 しばらく彼女を見つめ、
 やがて、静かに笑った。

「……君は、
 本当に厄介だ」

「褒め言葉ですね」

「もちろんだ」

 夕暮れの光が、
 二人を包む。

 この先も、
 問題は尽きないだろう。

 制度は揺れ、
 世界は変わらない部分を残す。

 それでも。

 ウェイフは、
 確信していた。

(……私は、
 もう一人じゃない)

 同じ立場ではなく。
 同じ役割でもなく。

 同じ意思で、
 同じ時間を見つめる相手がいる。

 それだけで――
 十分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...