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第5話 命の代価
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第5話 命の代価
黒装束の男が森の闇に消えた後も、しばらくの間、誰も動かなかった。
風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが街道に流れる。つい先ほどまで命を奪うか奪われるかの場だったとは思えないほど、静かだった。
フォールス・アキュゼーションは、ゆっくりと息を吐いた。
――生きている。
その事実を、ようやく実感する。
助けに入った男は、剣から手を離し、周囲を一瞥した後、街道の先と森の奥を確認するように視線を走らせた。無駄のない動き。警戒が完全に解けていない。
「……もう行った」
低い声でそう告げる。
フォールスは、男を見た。
年齢は分からない。若くもなく、老いてもいない。表情は乏しく、感情が読み取れない。だが、先ほどのやり取りから察するに、暗殺者と対等以上に渡り合える実力者だ。
「ありがとうございました」
フォールスは、はっきりと礼を述べた。
命を救われたのは事実だ。理由は分からなくとも、それだけは否定できない。
男は、わずかに視線を向けただけで、礼に応じる様子はなかった。
「礼は要らない」
「……では、なぜ?」
問いは、自然に口をついて出た。
男は、数歩近づき、フォールスを見下ろす位置で足を止めた。
「仕事だ」
それだけを言う。
「仕事、ですか」
「そうだ」
簡潔すぎる返答。
フォールスは、違和感を覚えた。
彼は、善意で助けたわけではない。
だが、同時に、敵意も感じられない。
「あなたは……私を、どうするつもりですか」
率直な問いだった。
男は、少しだけ沈黙した後、答えた。
「連れて行く」
「どこへ」
「安全な場所だ」
それが本当かどうか、判断する材料はない。
だが、ここに留まる選択肢も存在しなかった。先ほどの暗殺者が言った通り、殺したと報告されれば、しばらくは追手は来ないかもしれない。だが、それが永遠に続く保証はない。
フォールスは、外套の内側にある革袋を確かめた。
まだ、ある。
これだけは、何があっても手放せない。
「条件を、聞いてもいいですか」
男は、眉一つ動かさなかった。
「条件?」
「あなたは、私の命を買ったと言いました」
フォールスは、はっきりと言葉にした。
男の視線が、初めて真正面から向けられる。
「聞いていたか」
「否応なく」
男は、しばらく彼女を見つめていたが、やがて淡々と告げた。
「その通りだ。お前の命は、もう俺のものだ」
冷たい言い方だった。
フォールスの胸が、わずかにざわつく。
「……対価は?」
「体で払ってもらう」
その言葉は、あまりにも平然と、当然のように放たれた。
一瞬、理解が追いつかなかった。
次の瞬間、血の気が引く。
「それは……」
声が、わずかに震えた。
「奴隷商人、ということですか」
男は、即答しなかった。
その沈黙が、かえって不安を煽る。
フォールスは、唇を噛みしめた。
――命を救われた代償が、これか。
追放され、暗殺されかけ、今度は身体を売れと言われる。あまりにも、皮肉が過ぎる。
「拒否権はない」
男は、淡々と告げる。
「拒めば、ここに置いていく。それだけだ」
脅しではない。
事実の提示だ。
フォールスは、目を閉じた。
置き去りにされれば、再び狙われる。
生き延びられる保証は、ない。
――選択肢は、すでに奪われている。
「……分かりました」
彼女は、そう答えた。
声は静かだった。
「命を助けてもらった事実は変わりません。その対価として、求められるのであれば……受け入れます」
男は、わずかに目を細めた。
「覚悟はあるようだな」
「覚悟というより、現実です」
フォールスは、視線を逸らさずに言った。
「ですが、一つだけ条件があります」
「言ってみろ」
「私の持ち物には、触れないでください」
革袋に、視線を落とす。
「これだけは、どうしても必要です」
男は、その袋を一瞥した後、短く答えた。
「構わない」
意外なほど、あっさりした返答だった。
「では、行くぞ」
男は背を向け、歩き出す。
フォールスは、少し遅れてその後を追った。
助けられた。
だが、自由になったわけではない。
命は繋がったが、代価は支払うことになった。
それでも――
ここで終わるよりは、ましだ。
フォールス・アキュゼーションは、自分にそう言い聞かせながら、見知らぬ男の背を追って歩き出した。
この先に待つものが、
本当に“対価としての体”なのか、
それとも別の何かなのか――
まだ、その答えを知る由はなかった。
黒装束の男が森の闇に消えた後も、しばらくの間、誰も動かなかった。
風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが街道に流れる。つい先ほどまで命を奪うか奪われるかの場だったとは思えないほど、静かだった。
フォールス・アキュゼーションは、ゆっくりと息を吐いた。
――生きている。
その事実を、ようやく実感する。
助けに入った男は、剣から手を離し、周囲を一瞥した後、街道の先と森の奥を確認するように視線を走らせた。無駄のない動き。警戒が完全に解けていない。
「……もう行った」
低い声でそう告げる。
フォールスは、男を見た。
年齢は分からない。若くもなく、老いてもいない。表情は乏しく、感情が読み取れない。だが、先ほどのやり取りから察するに、暗殺者と対等以上に渡り合える実力者だ。
「ありがとうございました」
フォールスは、はっきりと礼を述べた。
命を救われたのは事実だ。理由は分からなくとも、それだけは否定できない。
男は、わずかに視線を向けただけで、礼に応じる様子はなかった。
「礼は要らない」
「……では、なぜ?」
問いは、自然に口をついて出た。
男は、数歩近づき、フォールスを見下ろす位置で足を止めた。
「仕事だ」
それだけを言う。
「仕事、ですか」
「そうだ」
簡潔すぎる返答。
フォールスは、違和感を覚えた。
彼は、善意で助けたわけではない。
だが、同時に、敵意も感じられない。
「あなたは……私を、どうするつもりですか」
率直な問いだった。
男は、少しだけ沈黙した後、答えた。
「連れて行く」
「どこへ」
「安全な場所だ」
それが本当かどうか、判断する材料はない。
だが、ここに留まる選択肢も存在しなかった。先ほどの暗殺者が言った通り、殺したと報告されれば、しばらくは追手は来ないかもしれない。だが、それが永遠に続く保証はない。
フォールスは、外套の内側にある革袋を確かめた。
まだ、ある。
これだけは、何があっても手放せない。
「条件を、聞いてもいいですか」
男は、眉一つ動かさなかった。
「条件?」
「あなたは、私の命を買ったと言いました」
フォールスは、はっきりと言葉にした。
男の視線が、初めて真正面から向けられる。
「聞いていたか」
「否応なく」
男は、しばらく彼女を見つめていたが、やがて淡々と告げた。
「その通りだ。お前の命は、もう俺のものだ」
冷たい言い方だった。
フォールスの胸が、わずかにざわつく。
「……対価は?」
「体で払ってもらう」
その言葉は、あまりにも平然と、当然のように放たれた。
一瞬、理解が追いつかなかった。
次の瞬間、血の気が引く。
「それは……」
声が、わずかに震えた。
「奴隷商人、ということですか」
男は、即答しなかった。
その沈黙が、かえって不安を煽る。
フォールスは、唇を噛みしめた。
――命を救われた代償が、これか。
追放され、暗殺されかけ、今度は身体を売れと言われる。あまりにも、皮肉が過ぎる。
「拒否権はない」
男は、淡々と告げる。
「拒めば、ここに置いていく。それだけだ」
脅しではない。
事実の提示だ。
フォールスは、目を閉じた。
置き去りにされれば、再び狙われる。
生き延びられる保証は、ない。
――選択肢は、すでに奪われている。
「……分かりました」
彼女は、そう答えた。
声は静かだった。
「命を助けてもらった事実は変わりません。その対価として、求められるのであれば……受け入れます」
男は、わずかに目を細めた。
「覚悟はあるようだな」
「覚悟というより、現実です」
フォールスは、視線を逸らさずに言った。
「ですが、一つだけ条件があります」
「言ってみろ」
「私の持ち物には、触れないでください」
革袋に、視線を落とす。
「これだけは、どうしても必要です」
男は、その袋を一瞥した後、短く答えた。
「構わない」
意外なほど、あっさりした返答だった。
「では、行くぞ」
男は背を向け、歩き出す。
フォールスは、少し遅れてその後を追った。
助けられた。
だが、自由になったわけではない。
命は繋がったが、代価は支払うことになった。
それでも――
ここで終わるよりは、ましだ。
フォールス・アキュゼーションは、自分にそう言い聞かせながら、見知らぬ男の背を追って歩き出した。
この先に待つものが、
本当に“対価としての体”なのか、
それとも別の何かなのか――
まだ、その答えを知る由はなかった。
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