婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第12話 静かな圧力

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第12話 静かな圧力

 その日、大使館の空気は、わずかに張りつめていた。

 フォールス・アキュゼーションは、朝からその違和感を感じ取っていた。廊下を行き交う職員の歩調が早く、視線が慎重になっている。会話は必要最低限で、扉の開閉音さえ控えめだ。

 何かが、外側で動いている。

 それは脅威というより、圧力に近かった。

 午前の想定問答を終え、控室に戻る途中、フォールスは一人の文官に呼び止められた。セルディア王国側の人間だが、これまでの担当者とは違う顔だ。

「フォールス・アキュゼーション様。少しだけ、お時間をいただけますか」

 丁寧な口調。だが、断れる雰囲気ではない。

 案内されたのは、小さな会議室だった。窓はなく、机と椅子が向かい合って置かれているだけ。扉が閉まると、外の気配は完全に遮断された。

 中にいたのは、男が一人。

 年齢は中年。官吏の服装だが、どこか場違いな印象を受ける。

「初めまして。私は、アウレリウム王国より派遣された調整官です」

 その名乗りに、フォールスは内心で警戒を強めた。

 調整官。
 それは、事実を整える役職ではない。
 都合を整える役職だ。

「ご用件は」

 フォールスは、静かに問い返した。

「単刀直入に申し上げます」

 男は、にこやかな笑みを崩さない。

「今回の件、これ以上大事にしない方が、あなたのためではありませんか」

 予想通りの言葉だった。

「私は、すでに追放されています」

「ええ。だからこそです」

 男は、椅子に深く腰掛ける。

「あなたが証言をすれば、確かに王太子殿下は傷を負うでしょう。しかし、その先に何があるか、想像されていますか」

「想像する必要はありません」

 フォールスは、淡々と答えた。

「私は、結果を求めていません。ただ、事実を述べるだけです」

 男は、わずかに眉をひそめた。

「事実、ですか」

 その言葉を、どこか嘲るように繰り返す。

「事実は、立場によって姿を変えるものです。あなたは、すでに“失策の当事者”として記録されています」

「記録は、改竄できます」

 フォールスは、静かに言った。

「ですが、構造は改竄できません」

 男の表情が、一瞬だけ硬くなる。

「あなたは、賢い方だ」

 そう前置きしてから、声を落とす。

「だからこそ、忠告します。証言を撤回すれば、身の安全と、最低限の生活は保証されるでしょう」

「撤回、ですか」

「記憶違いだった、と言うだけでいい」

 フォールスは、少しだけ考える素振りを見せた。

 そして、首を横に振る。

「それは、できません」

 即答だった。

「なぜです」

「私は、記憶違いをしていません」

 男は、深く息を吐いた。

「……あなたが拒めば、別の手段が取られる可能性もあります」

 それは、ほとんど脅しだった。

「ご自由に」

 フォールスは、静かに答える。

「ですが、その場合でも、事実が変わることはありません」

 沈黙が落ちる。

 男は、しばらくフォールスを見つめていたが、やがて立ち上がった。

「後悔しないことを、祈ります」

 そう言い残し、部屋を出て行く。

 扉が閉まった瞬間、フォールスは、ゆっくりと息を吐いた。

 圧力。
 これが、王太子側の最初の一手なのだろう。

 部屋を出ると、廊下の向こうにディヴァイン・プロテクションの姿があった。壁に寄りかかり、腕を組んでいる。

「終わったか」

「はい」

 フォールスは頷く。

「調整官、でした」

 ディヴァインは、短く鼻で笑った。

「想定内だ」

「……まだ、続きますか」

「当然だ」

 即答だった。

「揺さぶり、懐柔、脅迫。順番に来る」

 フォールスは、歩きながら言った。

「それでも、証言は変えません」

「知っている」

 ディヴァインは、横目で彼女を見る。

「だから、守っている」

 その言葉は、短いが重かった。

 部屋に戻り、扉を閉める。

 フォールスは、椅子に腰を下ろし、革袋を手に取った。中の書類を一枚ずつ確かめる。

 紙は、何も語らない。
 だが、嘘もつかない。

 圧力は、これから強まるだろう。
 それでも、揺らぐ理由はない。

 フォールス・アキュゼーションは、静かに視線を上げた。

 自分が支払っている対価は、恐怖ではない。
 沈黙でもない。

 事実を曲げないという選択そのものだ。

 それを貫く限り、
 どれほどの圧力がかかろうとも、
 彼女は証人であり続ける。

 そう、確信していた。
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